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五 大友氏と大内氏、それもまた大分なり

 府内より南方の地――藤北(ふじきた)

 いつもと変わらぬ長閑(のどか)な雰囲気を切り裂くように、馬の蹄音(ひづめおん)が響き渡った。


 二頭の早馬が猛然と駆け抜けていき、一目散に藤北館(ふじきたやかた)へと向かっていく。


 見慣れぬ騒々しい光景に村人たちは何事かとざわめき立っては、舞い上がる砂塵の先の早馬を目で追いかけていった。


 ~~~


 藤北館(ふじきたやかた)の寝間……家臣の一人が親家の寝所へと近づき伝える。


「殿、府内より使者が参られたのですが……如何いたしますか?」


「府内から?」


 親家は今だ体調がすぐれずに起き上がるのも、ままならない状態である。

 しかし、府内からの使者……つまり、御屋形様(大友義鑑)からの使者とならば、そうも言ってはいられない。


 使者といえど主君・大友義鑑の代理であり、御屋形様と謁見(えっけん)するように礼節を尽くさなければならない。

 先の十時(ととき)たちのように、寝間にて布団に入ったまま面会をするのは失礼を通り越して無礼である。


「あい解った、通しておいてくれ。すぐにこちらも用意して向かう」


(かしこ)まりました」


 家臣は(うけたま)りて早々に退出すると、親家の傍にいた膨よかな体型をした女性が礼服を持ってきており着替えの介添をする。


「すまんな、お(こう)


 お孝と呼ばれた女性は親家の後妻(後の養孝院(ようこういん))。


「いえいえ。御前様(おまえさま)、無理はなさらずに。しかし、何の報せもなく府内から使者が参られるとは……只ならぬことが起きたのだと存じ上げます」


「ああ、解っておる」


 見舞いではないというのは重々承知であるが、なぜ訪問してきたかは予想だに出来ない。

 なにはともあれ、話しを聞くしかなかった。


 礼服に着替え終わると、近習たちが親家を支えて、ゆっくりと広間へと移動していく。

 よろめきながらも進んでいく親家の後ろ姿を、お孝は優しく見守った。



 ~~~



 広間の下座にて既に使者の二人が座しており、また部屋の端には戸次親延(親家の叔父)などの戸次家に仕える重臣たちも座して、親家を待っていた。


 誰一人口を開かず、静黙(せいもく)な空間が続く中、暫くすると近習たちに身体を支えられた親家がやってきた。


 表情に苦しさを出来る限り出さないように取り繕りつつ、上座に腰を落とすと、頭を下げては簡略な挨拶を述べた。


 使者の一人は若者だったが、もう一人の方は顔まで覆う頭巾で顔を隠したままで身元を推測は出来ない。

 府内(大友義鑑)からの使者とはいえ、家長(かちょう)との謁見では顔を晒すべきだと戸次家臣たちは不快に思うも、誰からも指摘の声は上がらなかった。


 大友家と戸次家。

 同じ祖を持つ一族でありながらも、本家と庶家の間には大きな差があるのだ。


「府内より遠路遥々お訪ねいただきまして恐悦至極にございます。角隈石宗(つのくま せきそう)殿」


 まずは親家が挨拶をした。

 若い方の使者は自分の名を呼ばれて、内心驚いてしまう。


「確か…二~三度ほどお会いしただけなのに、顔と名前をお覚え頂けておりましたか。戸次丹後守(べっきたんごのかみ)殿」


「角隈殿のお噂は予予(かねがね)。若いながらも御屋形(義鑑)様の信頼が厚いと聞き及んでおります」


「いえいえ、戸次丹後守(べっきたんごのかみ)殿。この度は急な訪問にも関わらず、お目通り叶い感謝いたします。改めてご挨拶を。角隈石宗(つのくま せきそう)と申します」


 角隈石宗。

 二十代半ばの年頃であり、兵法や占術、気象予測を熟知しており、武家や朝廷(幕府)の仕来(しきた)りや礼儀作法も精通している。

 大和国の吉野山で僧をしていたらしく、大友義鑑が京へ上洛した時に出会い、勧誘されて仕官したという。


 僧が、それほどの深い知識や作法を何処で学び修了したのかは、(いしにえ)からより寺院は朝廷や幕府などと時の権力者と繋がりを持っている。そういった中で角隈石宗も自然と学んだのだろう。


 ただそれだけではなく、優秀で明晰(めいせき)な人物だというのは、ここ藤北……というより戸次親家の耳には届いていた。

 クセの強い大友家臣たち宿老(しゅくろう)加判衆(かばんしゅう)からも評判も高いと聞く。


 外様(とざま)ながらも大友義鑑の近習を務めているのは、それほどの才幹(さいかん)のある人物だと見込まれている証明だ。


 挨拶と世間話もそこそこに角隈はさっそく本題に入ろうとする。


「戸次殿、早速で申し訳ありませんが人払いをお願いできますでしょうか?」


 来て早々に部外者を遠ざけようと申し付けるのには、内密な話し……特別な話しがあるものだと察するものの、戸次家の家臣たちは自分たち戸次家を(ないがし)ろにしているように低く扱われていると受け取ってしまうものだ。


「角隈殿、来て早々にそれは失礼ではなかろうか?」


 家臣の一人から鬱積(うっせき)の声が上がる。

 事前の通達も無しに使者が参じるのは、よほどの急を要してのこと。それは理解できるが、


「失礼は重々承知の上でございます。しからば、察していただけないでしょうか」


 角隈の背後に居る、頭巾で顔を覆い隠している使者が無粋に発言した。

 その声に親家と親延が何かを察するものの、他の家臣たちは別の反応を示す。


 主君・大友義鑑の使者とは言え、ここは戸次家。客人らしく(わきま)えるべきだと、いきり立とうとする家臣たちを遮るように親家の口が開く。


「承知しました。叔父上(親延)殿、すまないが人払いを」


「うむ。(みな)のもの、当主の命だ。出るぞ」


 親延が(ただち)ちに立ち上がり、退出していく姿に促さられては他の達も続いていく。

 家長の親家や次位の親延に命じられては否応なしに従うしかなかった。


 (ふすま)が閉じて、広間には親家と角隈、そして顔を隠した使者の三人だけとなった。

 人気(ひとけ)がなくなったのを見計らって、親家が尋ねる。


「して、お話というのは……」


「それはわしから話そう、親家」


 顔を隠した使者はおもむろに頭巾を取り、素顔をさらした。

 使者の正体に親家は推測をしていた通りだったが肝を潰させる。


 その正体は豊後国を統治する大友家の当主…大友義鑑だった。


「……やはり、御屋形(大友義鑑)様でしたか。府内へお呼びしていただければ、這いつくばっても(さん)じましたのに」


 この時代、大友家ほどの大名の主君が家臣の館に赴くのはありえないことだ。

 親家は姿勢を正しては、改めて頭を下げようとするが、義鑑は手の平を向けて静止させた。


 義鑑は親家の顔をじっと凝視する。

 化粧で顔色を誤魔化しているが、それでも隠しきれないほどに体調が思わしくないのを察する。


「……まだ身体の方は優れないのか?」


「大変申し訳ございません。養生をしているのですが……」


「お主が正月の評定始(ひょうじょうはじめ)に出仕できなかった程だ。是非もない。だが、そんなお主に頼みたいこと……いや、あの日の“約束”を果たしにきた」


「あの日の、約束を?」


「豊前国の馬ケ嶽城(うまがたけじょう)を知っているな」


 義鑑の言葉に親家は一瞬身体が身震いしてしまう。


「……当然でございます。かつて戸次家が(まか)さられていた城……。して、その馬ケ嶽城に何がございましたか?」


「その馬ケ嶽城にて大内の者が多数の兵や武器を集めていると、宇佐神宮の使者より密告があった。救援の申し出……というより、放逐(ほうちく)の願い出だ。だが、大友にとっても宇佐を大内の手中に収められてしまったら周囲の豪族たちが大内に糾合(きゅうごう)あるいは同調しては蜂起(ほうき)し、やがて豊後に攻め寄せてくる可能性が考えられる。そうなる前に盤上を叩き潰す他は無い」


「叩き潰す……ということは、大内と(いくさ)に……」


 ふと親家は疑問に思う。

 戸次家に参陣を求めるのならば、義鑑の花押を印した文を使者が持って召集をかければいい。有無を言わさず戸次家を始めとする大友派の同心(どうしん)(いくさ)に馳せ参じるだろう。

 わざわざ主君・大友義鑑が、ここ藤北までに訪れるほどの理由は――。


「だが、お主も知っての通り、今我が正室に大内義興(おおうち よしおき)殿の娘を迎えている。下手に事を荒立ててしまえば、大内との仲に亀裂が入ってしまい、地方の戦いだけではなく、再び大きな戦になってしまうだろう」


 親家は察する。

 大友家と大内家は遥か昔より争いを繰り広げていた間柄。


 つい十何年前でも足利幕府での将軍の後継争いの際に、義鑑の祖父である大友親治は足利義澄(あしかが よしずみ)を擁したが、大内義興が支持した足利義尹(あしかがよしただ)(後に義稙(よしたね)と改名)が権力争いに勝利し、大内は幕府での権力と実権を握ったのである。


 大友家は幕府での立場は悪くなったが、義鑑の父・義長が執り成しては大内との関係改善に奔走し、ついには大内義興の娘を義鑑の正室へと迎えさせることに成功した。


 こうして、今は大内家より妻を(めと)り、仮初(かりそ)めであっても良好関係を築けてきた。

 その関係が壊れてしまっては義鑑の祖父・親治や父・義長の苦労が水泡と帰してしまう。


 それに大名となる二つの大きな家が争いとなると、あの源平合戦のような大きな戦乱となり、また応仁(おうにん)の時代が訪れてしまう可能性もあった。


 此度(こたび)の騒動は、簡単に言い変えれば宇佐神宮と大内家の縄張り争いなのかもしれない。

 大友としては大義名分で地域安定の為に兵を動員しても良いだろうが、裏に大内が本当に手を引いていたら、大内本家と戦に発展しまう可能性を捨てきれなかった。

 他にも混乱に乗じて豊後に燻っている不穏分子……大神派の氏族が反旗を翻すかもしれない。


 下手に“大友”として兵を動かせないのだ。

 だからこそ――



(とむら)い合戦」



 そう角隈が呟くと、親家は全て察した。


 豊前国の馬ケ嶽城(うまがたけじょう)は、先の足利将軍の後継争いにて大友家と大内家で(いくさ)を繰り広げた数ある一つの戦場となった場所。


 当時、馬ケ嶽城(うまがたけじょう)を守備していたのは、戸次親家の祖父“戸次親貞”だ。


 戸次親貞は大内に攻められて敗北してしまい、自害して果てた。

 そう、馬ケ嶽城(うまがたけじょう)は戸次家にとって因縁深い地。


 大友家と大内家の複雑な事情があるにしても、なぜ豊前国より遠く離れた地にいる戸次家に討伐軍を命じられたのは疑問だった。

 馬ケ嶽城の近くを治める大友派の国人衆や同心衆…田北氏、吉弘氏、木付氏に討伐令を発した方が良い。地形の利や距離的にも最善策だろう。



 馬ケ嶽城の奪取。

 それは戸次家の宿命と云えよ。


「つまり“私怨(しえん)”で戸次家が独断で軍(兵)を(おこ)したということにしたいのですね」


 義鑑と角隈は黙した。

 その無言の返答で、大友家当主の意図を汲み取るには充分だった。


 大友と大内の代理戦争を受け持てと。


 しかし、これから戸次家単独で軍を興そうにも武器や兵馬、兵糧など何もかも不足しているが、悠長に準備をしている時間も無い。


「あー、これは独り言なのだが、各箇所の倉にて武器庫や兵糧庫の錠を、なぜかかけ忘れているかもしれん。その隙に勝手に盗まれてしまっては、どうしようもないな」


「ええ、ましてや見張り番が居眠りをしてしまったら、目も当てられませんね」


 義鑑と角隈が芝居を打つように大きな声の独り言だった。

 密に支援してくれるということだ。


 親家は咳きをした。

 体調は優れない今の自分が(いくさ)の指揮を執るのは難しいだろう。


 だが、戸次家の当主として、覚悟を決めなければならない。


 いや……覚悟なら、とうに出来ている。

 あの日、あの時から既に――


「戸次家十三代目当主、戸次丹後守親家。しかと御屋形様(おやかたさま)の命を承り……いえ、あの時の“約束”を果たして参ります」


 親家の真剣の眼差しに、義鑑は優しく微笑みを浮かべた。

 主君と家臣……その関係以上の絆を角隈石宗は感じとった。その二人の間に割って入るのは(はばか)られるが、時間は無い。


「御屋形様」


「ああ、解っている。では、あとは親家……戸次家に任せる」


「戸次丹後守殿、私たちは一旦府内に戻りまして、使者たちに用意の旨をお伝えしておきます」


 角隈が話す間に、義鑑は立ち上がりて再び頭巾で顔を覆い隠した。

 ここ藤北には内密で訪れている。もし、義鑑が府内を不在しているのがバレたら大騒ぎになるだろうし、大内の内通者に勘ぐられてしまうだろう。

 早々に府内に戻らなければならなかった。


「なにもおもてなしが出来ず、申し訳ございません」


御成(おなり)ではないのだ、気にするな。はよ戻らんと、替え玉として置いてきた斎藤が発覚されてしまうかもしれん、まあ、此度の件が片付いたら、別府に湯治でも行って、共に酒でも飲もうではないか」


「ええ、楽しみにお待ちいただければと」


 親家は見送りをしようとしたが、義鑑は手の平を向けて静止させる。

 親家の体調を気遣っての所作でもあったが、早々に立ち去るので見送りの必要無しでもあった。


「今のわしは、ただの使者だ」


 義鑑と角隈石宗は足早に退出していったのと同時に、親家は襖の奥で控えていた叔父の戸次親延(べっき ちかのぶ)を呼んだ。


「叔父上殿、皆のものを集めてくだされ。戸次家、戸次一族の命運をかけた評定をいたします」


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