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立花道雪遺香~鎮西の片田舎で生まれた没落武士が天下の雄将へと成し遂げる行く末を見届けようと思う~  作者: 和本明子
一章 立花(戸次)道雪の初陣 大永6年(1526年)

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拾弐 密談、府内にて

 戸次軍が大神村を()ち、立石(たていし)(現在の大分県杵築市山香町)へ向かっていくのを見届けていた、物陰(ものかげ)に身を隠して大神村の村民に変装していた斥候(せっこう)は、自分の馬に(またが)り、戸次軍とは反対の方向――府内(ふない)方面へと駆け出していった。


 府内・上原館(うえのはるやかた)


 太陽が空の真上に位置する時分(じぶん)、上原館の庭園の隅にて先の大神村よりやってきた斥候は草むらに身を隠したまま、角隈石宗に戸次軍の動向(どうこう)を伝えていた。


「……そうか、ご苦労であった。追って沙汰を申し渡す。それまで暫し身体を、ゆるりと休めておいてくれ」


 間者は黙したまま、音を立てずに退(しりぞ)いた。


「さて……」


 角隈もその場を後にして、上原館の奥の間――

 家人(かじん)でも滅多に立ち入らない部屋へ、先ほどの間者のように存在を消しては、息を潜めつつ人目につかないように向かう。

 部屋の(ふすま)を自分だけが通れる幅だけ()けると瞬時に入室して閉じた。


「角隈か?」


 部屋に入った途端に呼びかけられた。

 その声は、この屋形(やかた)(あるじ)……大友義鑑(おおとも よしあき)が、胡座(あぐら)をかいて座していた。


左様(さよう)でございます、御屋形(義鑑)様」


首尾(しゅび)の方はどうだ?」


「全ては滞りなく。こちらの想定通りに大神村にて木付方(きつきがた)と合流しまして、立石の方へと向かっております」


「うむ。参与してくれた木付の者たちは如何ほどだ?」


「百人ほどとのことです」


「百人か……まずまずだな。戸次たちは夕刻までには立石に着く頃合いか……」


 義鑑は自分の直下に広げていた豊前・豊後の地図に目を向けて、戸次軍に見立てた兵棋(へいぎ)(駒)を立石の方に置いた。


「して、敵方(てきがた)動向(どうこう)は?」


二日(ふつか)前の様子(ようす)となりますが、斥候(せっこう)からの報告では馬ケ嶽城(うまがだけじょう)の方で、確かに武装した者たちを多く目にしており、武具や兵糧を集めているのは確かのようです。ですが、その時点では特に練兵などの動きは無いようです」


「そうか。宇佐神宮の申立(もうした)て(馬ケ嶽城の戦支度(いくさじたく))は本当だとして、敵方には、まだこちらの動き(戸次軍)に気取(けど)られていないと見るべきか」


「かも知れませんが、府内(ここ)にいる大内の手の者(内通者)に戸次の出軍(しゅつぐん)は知られている頃でしょうから、馬ケ嶽城の耳に届くのも時間の問題でしょう」


「ふーやだやだ。身近に内通者(ないつうしゃ)が居るのは。まあ、腹に居る(むし)を飼い慣らさなければならないのが大名たる使命でもある訳よ」


「心中お察しいたします」


「まあ、出軍が馬ケ嶽城の(やから)の耳に届いたとしても、万全(ばんぜん)で無いまま戸次たちと対峙(たいじ)になれば良い」


如何(いか)にも。兵と武具を集めたのなら、大半は寄せ集めでしょうから、戸次との(いくさ)や、宇佐、豊後に侵攻するにしても、まずは練兵を積まなければ使い物にならないでしょう。やはり戸次親家殿に出軍要請してから、僅か三日ほどで出軍を成し遂げたのが功を(そう)していますね」


親家(ちかいえ)が積み重ねてきた“戸次”だからこその御業(みわざ)よ……。して、角隈。その親家の様態(ようたい)は?」


「正式の見舞いで行かせた使者の話しでは、手前共(てまえども)がお会いした時よりも加減(かげん)がよろしくないようです」


「そうか……」


 義鑑は寂しそうな表情を浮かべ、地図の藤北(ふじきた)の地に視線を移した。だが今は親家を案じるよりも、大友家の今後の方が重要だ。

 そう義鑑の心中を感じたからこそ、角隈石宗が次なる手を催促をする。


御屋形(義鑑)様、こちらからの援軍の出陣は如何いたしましょうか?」


 大友家で軍備を執り行っていると府内に潜り込んでいる大内の内通者に知られては下手な騒ぎになるだろう。

 極力、大友家が動いているということは隠さなければならない。戸次家独断で軍を(おこ)させた意味がなくなる。とはいえ、ただ傍観(ぼうかん)して良い訳ではないが、内密に準備をするとなると、どれだけ時間を費やすか。


「それも長増(ながます)に任せている」


「長増……吉岡左衛門大夫よしおかさえもんのたいふ殿にですか」


 義鑑と角隈石宗の間に割って入るように部屋の小窓から大きな怒鳴り声が轟いた。


『なんだ、これは! 庭に槍が落ちているぞ!!』


 その声に思わず体を震わせるほど驚嘆(きょうたん)した義鑑と角隈石宗は恐る恐ると小窓から外の様子を伺うと、中庭にて貫禄(かんろく)のある壮年の男性が落ちていた槍を拾い上げて、近くにいた若い家人(かにん)に叱りつけていた。


「噂をすれば長増か」


 吉岡長増……二十代後半の年頃であるが、厳粛な雰囲気を発するほどに(いかめ)しい顔つきをしていた。

 家来は自分が落とした訳ではないが、吉岡長増が宿老(大友家では家老のことを宿老と呼称されていた)であるが為、口答えも言い訳も出来ず、(おび)えながら直立不動のままに相対していた。


『誰が落としたか、なおし(仕舞い)忘れた知らんが、最近たるんのではないのか? だが、良い機会だ。今から(くら)の中を確認して、全ての武具を洗い出して整理した方が良いな。他にも無くなっている武具があるかもしれんしな』


『ええ、今からですか!?』


『そうだ。どうせ手隙だろう。こういう時にやった方が良いだろう。御屋形(大友義鑑)様には(それがし)が話しをつけておく。他の殿中衆(でんちゅうしゅう)(大友家に仕える家来)にも伝えて、さっさとやっておけ』


 若い家人は渋々とその場を立ち去っていき、吉岡長増は槍を肩に抱えると、ふと大友義鑑たちが覗いている小窓の方に視線を向けては、何か合図を示すように口元が緩んで見せた。


 義鑑は「くっくく」と一笑する。


「流石は長増よ。あの槍はあやつが前もって落として仕込んでいたのだろう」


「なるほど……御屋形様や宿老殿が手引したのならば戦支度(いくさじたく)と思われますが、あのように武具の整理として表立ってやれば、内通者には幾分かは誤魔化せますね……」


 角隈石宗は冷静沈着を心がけているが、吉岡長増が実施した(はかりごと)に舌を巻くと共に羨望が沸き立ってしまう。


 大友家中で此度(こたび)の合戦の詳細を知っているのは、宿老(年寄衆・加判衆)でもごく少数。その一人が吉岡長増だった。


 大友義鑑は藤北から戻った直後、吉岡長増にこれまでの経緯を打ち明けると、長増は瞬時に状況を汲み取り、計策をしたのである。


 先の木付方(きつきがた)との合流地を大神村にと指示したのは、吉岡長増の提案だった。


 宇佐神宮と大神氏に(ゆかり)がある地(大神村)で戦支度をしていたと知れ渡れば、宇佐神宮の信奉者が蜂起(ほうき)し、戸次家などの一部が乗じて軍を(おこ)したと、(よう)は大内の内通者や世間(せけん)に戸次の出軍が大友主導でないと認識させる為だ。


 また後々、戦乱を鎮圧(ちんあつ)する為に出兵させる口実を得たとしても、間際まで兵を動かせない中、ある程度の態勢(たいせい)を整える為に先程の方便(ほうべん)で武具を(そろ)えさせているのだ。


「吉岡左衛門大夫殿の手腕、御見事(おみごと)でありますな。すぐさま様々な状況を加味して、適切な一手をお打ちになられる。(わたくし)などまだまだです」


「角隈よ、吉岡長増(あやつ)傑物(けつぶつ)よ。長増が出仕(しゅっし)した時、親父殿(大友義長)はあやつを奥の番、御台番を飛び越えさせて聞次(ききつぎ)に取り立ててから、三十路足らずで宿老に参与させたほどの逸材よ。追々(おいおい)、あやつと肩を並べるほどになってくれよ、角隈」


「ご期待に添えるよう精進いたします」


 角隈石宗の才覚(さいかく)を見込まれて大友義鑑に勧誘された身であるが、大友家臣団の中では若輩者だと痛感してしまう。


 吉岡長増。

 大友家を支える大黒柱の宿老筆頭として政務と軍務を取り仕切り、遺憾なく手腕(しゅわん)を振るうのだが、それはまだ先の話し。


「さて、一先(ひとま)ずは引き続き隠密に準備を進めておき、戸次や斥候(せっこう)から何か一報(いっぽう)が届き次第、動けるようにしておけ」


(かしこ)まりました」


 大友義鑑は改めて地図に視線を移し……立石村、そして豊前・宇佐神宮を見据えたのであった。


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