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一 雷鳴と稲光

 今で言う九州の福岡県北部の地域が“筑前国”と呼ばれていた時代。


 時は天正四年(1576年)。


 アジア大陸の明国や朝鮮、ヨーロッパの南蛮との貿易で栄えた港町・博多より北東の位置に、小高く広大な山群……立花山がそびえ立っていた。


 古代よりクスノキが生い茂る立花山は七つの峰を持ち、井楼せいろう山、北西に松尾岳、その西の白岳と全ての峰付近に瓦葺きの屋敷ややぐら土塁どるいが築かれている。


 立花山全体を要塞と化した山城は筑前最大規模。この地に築かれたので立花山城と称されており、九州屈指の難攻不落の堅城として知れ渡っていた。


 最高峰の井楼山には、その名の通り一際高い井楼櫓せいろうやぐらが建てられている。そこで見張り番をしていた者が、どんよりとした灰色の雲が覆われている空を見上げていた。


 雲間からゴロゴロと鳴る音に気付き、一雨が来る気配を感じ取ると、櫓下に居た者へ「雨が降りそうだ。女中たちに教えてやれ」と伝えていた。


 一方、立花山城の本丸にある評定の間では、外の曇天のような重々しい雰囲気の中、城主と重臣たちが評議を行っていた。


 参加者の“大人”たちの誰もが、厳つい顔つきに身体中に刀や矢の傷が刻まれており、歴戦の猛者であると一目で解るほどに相応しく、只ならぬ威圧を放っていた。並大抵の人間ならば場の空気にあてられて、萎縮するしか出来ないだろう。


 そんな厳粛な場で不相応な……年端もいかない二人の子供が物怖じもせず列席しており、大人たちの話しを真剣に聞いていた。


 あまつさえ、その内の一人の子供はまだ十歳も満たない女子で、それにも関わらず、上座に座していたのである。


 男尊女卑の時代であり、ましてや評議に子供が参加しているだけでも異様な光景ではあるが、この立花山城では普通のことであった。


 なぜなら、少女の名は立花誾千代たちばな ぎんちよ。立花山城の城督であり、一番偉い方だからだ。


 もう一方の子供……少年ではあるが、既に元服してもおかしくない容姿……大人びていた。少年は下座の隅の方に座し、話しよりも各々の顔色を伺っていた。


 さて、誾千代の隣には剃髪をした老年の男性が腕組みをしていた。誾千代の祖父ではなく、実父……戸次鑑連べっきあきつら。またこの時、名を戸次道雪(べっきどうせつ)と号していた。


 道雪は重々しい雰囲気を纏わせており、この場にいる中で誰よりも甚大な佇まいがあった。


「秋月の様子はどうだ?」


 と道雪の近くにいる顔が傷だらけの中年の男性……由布が申すと、すぐさま壮年の男性……薦野が答える。


「今のところ大人しくしておりますが、秋月の手の者が龍造寺と接触している機会が増えているそうです。もしかしたら龍造寺と示し合わせて、挟撃する手筈を整えているのかもしれません。引き続き警戒した方が良いかと存じますが……如何でしょうか、大殿?」


 参加者たちは城主である誾千代よりも道雪に向けて意見を述べては、判断を伺っていた。


 道雪は床に置かれている九州の全体が描かれた地図を眺めつつ、九州の南方……薩摩(今でいう鹿児島)の方に視線を向ける。


「秋月や龍造寺の動きも気になるが……島津も気になる。木崎原の戦いから数年……日向も落ち着いており、本格的に動いてきてもおかしくない頃合いだろう」


「島津がですか!?」


「だが侵攻するにしても、島津が大友領内に侵攻することはないだろう。斎藤殿からも島津の方でも大友と一戦するには慎重派が多いと聞いている。島津が攻めるとしたら、まずは龍造寺の方だろう」


「しかし、島津と龍造寺が手を組み、我が方へと攻めてくるとも考えられますが……」


「あのアクの強い者同士が手を組める訳がない。それに龍造寺と島津で縁組の話しも出ていないところ、同盟もなかろう。遅からず、島津は龍造寺を攻めるだろう」


 情勢を語る大人たちの内容に、誾千代たち子供はしっかりと理解していた。


 誰が自分たちの敵であり、気をつけるべきなのかを把握しておかなければならない。この時代では当然の心構えであり、評議に参加している賜物でもあった。


 一通り話しが終えた時だった――


 ピカッと眩い閃光が奔った直後に、空間を裂くような激しい雷鳴が轟いたのである。

 近くに落雷したのだろう。流石の厳つい猛者たちも突然の衝撃と爆音に身体を震わせて驚き、動揺してしまう。


 次々と雷光が迸り、ゴロゴロと雷鳴が轟き、やがて滝のように雨が降り注いだ。

 空が光る度に城の女中や近習たちが悲鳴をあげて、ひどく怯えているのが伝わってくる。


 しかし、大人でさえも雷の威に恐怖する中、二人の子供は平然としていたのである。特に女子である誾千代が全く動じない姿に少年の父である……高橋鎮種たかはししげたねは関心してしまう。


 鎮種は立花の家臣でなく、ここより南の太宰府にある岩屋城と宝満城の二城を任せられた城主であり、此度の評議に招かれた客将であった。


「誾千代さまは雷が怖くないのですかな?」


 鎮種の何気ない問いに、誾千代は自信満々に答える。


「雷神さまよりもお強い父上が側にいるからです。雷神さまも我が父に怖れて、雷を鳴り響かせているだけ。たとえもし雷神さまがここにやってきたとしても、父上が追い払ってくれますでしょう」


 他愛もない内容に道雪や重臣たちは笑みを浮かべてしまう。


――雷神・道雪――


 その異名を知る者としては、確かにそうだと納得した。だが、少年の方は少しだけ眉根を寄せた。

 その素振りに気付いた訳ではないが、


「しかし、彌七郎も先程から雷に驚きもしていないではないか。何故、平然としていられるのだ?」


 今度は道雪が訊ねた。

 他の大人たちも彌七郎と呼ばれた少年の平然とした態度に気付いており、一同は彌七郎の方へと顔を向ける。


「雷はただ眩い光を発し、大きい音を鳴らすだけに過ぎません。直に雷が打たれたとすれば大事ですが、滅多なことでは人に雷は落ちたりしません。落ちたりしないものに、何を怯える必要がありますでしょうか」


 理路整然とした答弁に、彌七郎の父・鎮種は黙して聞き取り、周囲の家臣たちは元服前なのに肝が据わっていると彌七郎を内心で賛称した。特に由布と薦野は彌七郎に熱い眼差しを向けていた。


「ところで戸次さま、先ほどのお話で雷神さまよりお強いと誾千代さまが仰っておられましたが、それは一体どういうことなのでしょうか?」


 彌七郎は先ほどの誾千代が言った内容に気になっていた。


――雷神より強い。


 確かに戸次道雪の武勇・武功は父の鎮種から聞き及んでおり、足が不自由であるにも関わらず、鋭敏で勇ましさは絶倫(群を抜いて優れている)だと教えられているが、雷神よりも強いという由縁に疑問を感じていた。


 そこへ鎮種が察して言う。


「そうか彌七郎は、道雪殿の雷切の話しを知らぬか?」


「雷切?」


「昔、道雪殿は雷神さまを切り伏せたことがあるのだよ」


「雷神さまを……切り伏せた!? それは本当なのでしょうか?」


 鬼などの魑魅魍魎が存在すると思われていた時代。桃太郎の鬼退治や酒天童子といったお伽話がまことだと信じられ、雷神が存在してもおかしくない認識はあった。


 直接本人へ真意を問い正すように……道雪へ好奇心溢れる羨望の眼差しを向けた。


 道雪は口元を緩ませて、


「誾千代や、雷切丸を持ってきてくれないか」


 そう言いつけると、誾千代は「はい」と返事をした後、言われた通りに床の間の刀掛け台より一本の太刀を携えて、丁寧に道雪に手渡した。


 道雪は座したままで鞘から抜くと、鋭く照り輝やいた大きく反った刀身を見せつけた。


「この刀は、元々の名は千鳥であったが、わしが雷神を切り伏せてやったのを機に雷切丸と名付けたのだ。ほれ、ここを見よ。雷神を切った名残だ」


 道雪が指差した箇所……刃の先端部分に点々と白濁の痕が在った。明らかに直刃の波紋とは違う模様だと伺い知る。


 刀身の美しさは武士の誉れであり誇りでもある。それなのに歪な痕を、あえて残しているというのは、雷神を切った証明をわざわざ残しているのだ。


 道雪は目を細めて刀身を眺めつつ、しみじみと感じ入る。


「この痕を見る度に雷を受けた古傷が痛み、あの時を思い出すのう……。そうだな、評議も早く終わったことだし、良い機会だ。わしが雷神と戦った時の話しをしてやろう。あれは……わしが親守ちかもりと名乗っていた頃で、軍場いくさばから故郷、藤北に帰った時だった――」


 道雪は懐かしさと若き頃の苦い思い出を噛みしめるように語りだしたのであった。


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