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一行目探偵  作者: てこ/ひかり
第一幕
4/37

再三再四殺人事件

「犯人は貴方ですね、奥さん」


 探偵がそう告げると、彼女は大きく目を見開いた。居間に集まった大勢の視線が、一斉に探偵の人差し指の先の人物に向けられる。一瞬、時間が止まったかのように動きを止めた彼女も、やがて観念したかのように深くため息をついた。見ず知らずの探偵から『お前が犯人だ』と告げられたにも関わらず、その表情はむしろ穏やかで、隠し持った罪悪感を吐き出すことに喜びを感じているようにさえ写った。

「そうよ……私が彼を殺したの」

 静かに呟かれた罪の告白に、そこにいた全員に衝撃が走った。


「ま……まさかあんなトリックが……!」

「何て荒唐無稽な女なんだ……!」

 ギャラリー達が、探偵の披露した推理が当たっていたことを知り、口々に驚きの声を上げた。蜂の巣を突いたような騒ぎの中、探偵は勝利の一時を心の奥で噛み締めていた。やがて項垂れる彼女を警察が取り囲む。見事事件を解決に導いた長身の男は、それを見届ける前にふらりと部屋の隅に身を寄せた。壁に寄りかかる彼に、人混みの向こうから学生服姿の少女が駆け寄ってきた。


「やりましたね真田先生! またしても一行目で事件解決ですね!」

「嗚呼。油断するな助手君。大抵この後横槍が入るんだ」

 慌てて周囲を警戒しだす助手を見つめながら、真田と呼ばれた探偵はニヤリと笑った。


□□□


「一体動機は何だったんですか? 何故貴方があれほど愛した夫を……」

「それは……実は」

「ちょっと待ってください、警部」

 マフィア顔の強面警部の問いかけに、罪を認めた女性が口を開こうとしたその時。鑑識の若手が現場に走りこんできて、何やら警部の耳元で囁き出した。

「何だって? うむ……うむ……。そうか、なるほど……」

 皆の注目が集まる中、強面警部の顔色がみるみる険しくなっていった。助手が真田に耳打ちした。

「一体どうしたんですかね?」

「うーむ、分からん。私の推理は絶対に間違ってないはずだが……」


 先ほど得意げに推理を披露したばかりの真田が、顔を曇らせた。鑑識との密談が終わると、警部はわざとらしく一つ咳払いをして、皆の中心で右手を掲げて見せた。

「失礼。鑑識の調査の結果、今回の事件は自殺ということで結論が出た」

「何ですって!?」

 居間に集まった人物達の中で、誰よりも大きな声を上げ驚いたのは真田だった。自分の推理は正しいと、よほど確信を持っていたのだろう。実際、彼が名指しした容疑者は罪を自供したのだから、突然の警察の手のひら返しには納得いかないに違いなかった。


「ちょっと待った。いくら何でもそれはおかしい」

「どういうことですか?」

 全員が戸惑いの渦に巻き込まれる中、探偵の隣から、被害者の友人の一人が警部に向かって異論を唱えた。童顔の友人が苦しそうに声を絞り出した。

「だって……」

「?」

「だって、彼奴を殺したのは俺なんだ。確かに俺は、彼が寝ている隙に、俺がこっそり近づいて鈍器で殴ったんだ。間違いない」

「何ですって!?」

 思いがけない友人の告白に、またも周囲がざわめいた。友人の男性は観念したように天を仰ぎ、晴れ晴れとした表情で『さあ俺を逮捕しろ』と言わんばかりに両手を前に差し出している。まさか犯人を取り違えたのでは……という疑いの目線が、嫌というほど真田に突き刺さった。


「そんなはずないわ。確かに確かにあの人は私が殺しました。間違いありません。ですよね探偵さん」

「え? ……えぇ、まぁ……」

 自分こそが犯人だと主張する友人に、真田に指名された女性も負けじと言い返す。やがて旧犯人と新犯人が、我こそは真なりとでも言いたげにお互いを睨み合った。


「犯人は私よ!」

「いいや、犯人は俺だ!」

 助手の少女が真田を見上げて囁いた。

「先生、これは一体なんですか? 一体何を張り合うことがあるんでしょうかね……?」

「分からん。私の推理は間違ってないはずだ。共犯だとか、お互いを庇おうとしている訳でもないのに……彼らは何故わざわざ自分の罪を認めるんだ? 」

「それは先生、探偵がそんな台詞言っちゃいけません」


 ぽかんと口を開ける真田を、助手が小声で咎めた。突如犯人が二人になって途方に暮れていた探偵達の後ろから、今度は殺された主人の長男が手を上げた。


「二人共盛り上がってるとこ悪いけど、真犯人は僕だよ。僕がお父さんをナイフで突き刺したんだ」

「君は引っ込んでなさい!  話がややこしくなる」

「そうよ。なによナイフで刺したくらい。私なんか劇薬をお水に盛ってやったんだから」

 やがて大広間は、俺が主人を一番憎んでいた、私が誰よりも残虐に殺してやった、という熱い犯人同士の戦いで、収集がつかなくなった。散々主張が出尽くした頃、強面の警部が両手を上げて三人の犯人達を制した。


「分かりました。ではこういうのはどうでしょう。最初に奥さんが毒を持った。だがご主人は辛うじて生きていた。そこにご友人が現れ、後ろから鈍器で殴った。それでもご主人は奇跡的に生き残っていた。だが息子さんがそれを見つけ、後ろからナイフで突き刺した」

「なるほどそのパターンか」

「まぁいいでしょう」

「だがそれでも、それでもご主人は生きていた。そして自分の身の回りにはもはや守ってくれる味方などいないと悟り、彼は自殺してしまった。確かご主人は子沢山で、十三人のお子さんがいらしたんでしたな?」

「ええ」

「そうか! 流石に彼奴もあと十二回の攻撃に耐える自信がなくなったって訳だ!」

「しぶとい男だったわね」


□□□


 こうして、納得した様子の三人は、強面の警部と一緒に意気揚々と連行されていった。パトカーのサイレンとともに遠ざかっていく彼らの姿を見送りながら、助手が真田に尋ねた。


「何だったんですかね……?」

「分からん……」

「……先生は何回まで攻撃に耐える自信がありますか?」

「私か? 私は攻撃などされない。何故なら私には信頼する味方なんていないからな……ぐあ!!」

 助手の肘鉄が見事に脇腹にクリーンヒットし、真田は一撃でその場に崩れ落ちた。

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