二人三脚殺人事件 前編
「助手君が……幽霊……?」
微笑みかける夜霧に、真田はぽかんと口を開けた。
「何言ってるんだ……? そんなはずは……」
「あれ? 気づいてなかった? そっか、君は少し霊感はあるみたいだけど、見極めは不慣れなんだろうね」
少し目を丸くしながら、心霊探偵は納得したように頷いた。
「普通の人間と同じように幽霊が見えていて、気づいてなかったんだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
真田は慌てて彼女を制した。確かに以前、彼は第六感持ちの夜霧に『君には霊感がある』と言われたことがあった。実際彼は寺の周りをうろつく老人の霊と遭遇し、その老人が幽霊だと全く気がつかなかった一件がある。
「だからって助手君が幽霊って……そんなバカな……」
「だって君、あの子が全部トリックも犯人も暴いてくれてたじゃないか」
「何?」
呆然とする真田を前に、夜霧が肩をすくめた。
「あの子が幽霊だから。被害者の霊に話聞いたり、通常は入れない鍵付きの部屋から証拠を持ち出して来たり……それで真田君は、誰よりも早く事件を解決できた。だろ?」
「……何だって?」
夜霧の言葉に、真田は思わずよろめいた。
「私ら心霊探偵の間じゃ、君達なかなかいいコンビだって有名だったよ。だから、『推理役』がいないのは珍しいな、と思って。ていうかあの子いなくて君、一人で捜査大丈夫なの?」
「私は……」
からかうような笑みを浮かべる夜霧に、真田は応える気力もなく、ただただその場に立ちすくんだ。
確かに真田には、あまり事件解決『前』の記憶がなかった。てっきりスピード解決しすぎて、記憶がついていけてない、くらいに考えていたのだが……。実際にどうやって『具体的』な証言や証拠を集めていたかまでは、彼は今、上手く思い出すことができなかった。そう……今思えば、大抵は助手の何気ない言葉や持ってきたものがヒントになり、事件を解決してきた気がする。そのことに愕然としながら、真田はそのまま床に倒れこむように尻餅をついた。夜霧が慌てて手を差し伸べた。
「おいおい、本当に大丈夫かい?」
「ありえない……そんな……信じられない……」
怪訝な表情を浮かべる夜霧を、真田は焦点の合わない目で見つめ返した。かつて助手君と二人で解決した事件の記憶を呼び起こしながら、真田は頭を振った。
「いつからだ……?」
「え?」
「まさか最初から……いや、そんなはずはない……。幽霊に保険会社が動くはずはない……」
「どうしたんだい? 何かあった?」
徐々に不安そうに顔を曇らせる夜霧に、真田はそれよりさらに深刻な表情で答えた。
「助手君が……いなくなったんだ」
「!」
真田は尻ポケットから、先ほどの黒い【二人三脚】のカードを取り出した。夜霧はそれを手に取ると、興味深そうに眺めた。
「これ……【謎】のカード……」
「嗚呼。とある路地裏でな、売り子から買ったんだ。助手君に会いたくなったら、その場所に行ってみるといい、って」
「!」
夜霧は目を丸くして、カードを捲った。そこには、事件が起こる場所……もしくは、すでに起こった場所かもしれない……がシンプルに記載されているだけだった。
「【殺害現場】……? これだけじゃ何のことか分からないけど、行って確かめろってことなのかな?」
「嗚呼。最初は何の冗談かと思ったが……」
真田は夜霧の手の中からカードを抜き取ると、眉をひそめた。
「助手君が幽霊なのだとしたら……彼女が殺された場所に行け、ということなんだろう」
「あの子……殺されてたのかい? てっきり私は、事故か何かで亡くなった幽霊なのかと……」
夜霧は口元に手をやった。真田は深くため息をついた。
「だが問題は……彼女が【いつ殺されたのか】がイマイチ分かってないってことだ。事務所には毎日のように顔を出していたから……彼女はずっと普通の人間だと思ってた」
「私と初めて会った時は、すでにあの子は幽霊だったけど……探してみるかい? 私、車出すよ」
「いいのか?」
真田は驚いて顔を上げた。夜霧が少し照れたように笑った。
「当たり前だろ。この前二人には助けてもらったんだから、少しは恩返しさせてくれよ。それに君、あの子なしじゃ何だか不安だからさ」
「……すまない」
神妙な声で頭下げる真田に、夜霧は少し乱暴に肩を叩いた。
□□□
「一体彼女は【いつ】【誰に】殺されたんだろう?」
「…………」
夜霧が運転する車の中で、真田は黙って事件簿を覗き込んだ。大きめのファイルに、真田と助手の二人で解決してきた事件の詳細が、時系列はバラバラに整理されまとめられている。その一つ一つには、助手が勝手に名付けた個性的な事件の題名が記載されていた。【七年連続殺人事件】や、【再三再四殺人事件】と書かれた書類を読みながら、真田は小さくため息をついた。
「分からない……正直、全然気づいてなかった」
「その事件簿って、君が書いてるの?」
「いや……これは助手君が書いてくれてたんだ。そもそも幽霊に筆が持てるかどうか、私にはよく分からんが……」
「強い念力や霊力で、物理的にものに触れたり動かす幽霊はいるよ。だからこそ、私ら心霊探偵の敵に成り得るんだけどね。幽霊が現世にノータッチなら、別に脅威でも何でもない」
「触れる、か……」
真田は口元に手を当て、深く考え込むように目を伏せた。
「今思えば……助手君は確かに、私以外の人間とはほとんど会話することがなかった。もしかして、彼女の声が聞こえていたのは私だけだったのか……?」
「…………」
「なんてこった……だったら私はずっと現場で独り言を喋っていたことに……」
頭を抱える一行目探偵に、夜霧は半ば呆れ顔でハンドルを切った。
「ちゃんと読み返して、思い出してくれよ。二人で解いた事件の中に、何か【例外】はなかったかい?」
「【例外】……」
「他の事件とは違う、あの子の身に何かが起こった特別な事件……。もしかしたら君はあの子の死を見つめたくなくて、記憶に蓋をして……。心が悲鳴を上げないように、思い出さないようにしているのかもしれない」
塞ぎ込む真田に気を使いながら、夜霧が慎重に言葉を選んだ。真田はゆっくりと顔を上げた。ヘッドライトに照らされたアスファルトを見つめながら、彼は探偵帽を深く被りなおし、静かに呟いた。
「……そうだな、少し推理してみよう」




