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一行目探偵  作者: てこ/ひかり
第二幕
33/37

むしろ犯人を殺人事件

「犯人はお前だな、この野郎!」

「ヒィィッ!?」


 そう言い放つと、いきなり探偵は目の前に立っていた男に殴りかかった。そのすぐそばで彼女が披露する推理に聞き惚れていた”弟子”の真田は、慌てて二人を止めに入った。


「師匠! 止めてください! 師匠!」

「離せ真田! こいつは人を殺したんだぞ!? 許してたまるか!」

 およそ女性らしからぬドスの効いた声で凄まれ、背筋を震わせながら、それでも真田はその腕を離さなかった。一瞬の隙をついて女流探偵の拘束から逃れた男は、何とも情けない声を上げその場にへたり込んでしまった。


「てめぇ何座り込んでんだ! ぶっ殺すぞこの野郎!」

「師匠! それはおかしい! 探偵が『ぶっ殺す』はおかしいです!!」

「あぁ!?」

「ヒィィ……! あ、あんたら……! さっきから俺を犯人だって決めつけてるけど……!」


 男は完全に怯えながらも、何とか震える声を絞り出した。


「そうに決まってんだろうがてめぇ!!」

「しょ……証拠はあるのか!? 俺が犯人だっていう、確かな証拠は!?」

「証拠だぁ!?」


 長身の女性は眉を釣り上げると、壁に立てかけられていた日本刀を手に取った。


「んなもん、あるか!!」

「何ィ!?」

「この嵐で、警察の到着すら何時になるか分からねえ! 確実な証拠なんて、そんなもん待ってたら犠牲者が増えっちまう……。だからその前に、私がお前をここでぶっ殺す!」

「頭おかしいんじゃねーのかテメーの師匠!?」

「師匠! ダメです! 明智師匠!」


 驚愕する男を否定することも出来ず、真田は必死に明智と呼んだ探偵と日本刀を奪い合った。まさかこんな閉ざされた孤島で、自らの師匠を犯罪者にするわけにはいかない。しかし、真田の制止を振り切った彼女は怒りの形相で、目の前の男に刀を振り下ろした。


「ぎゃあああああああ!!」

「死ねぇえええええ!!」

「う……うわああああああ!!」


 およそ探偵とは思えない掛け声が響き渡り、部屋の中を三者三様の絶叫が駆け巡った。


「はぁ……はぁ……!」


 男の息遣いが聞こえてきて、真田は恐る恐る閉じていた目を開いた。男は目にたっぷり涙を浮かべ、ズボンに染みを作ってへたり込んでいた。その顔のほんの数センチ右の壁に、鍛え上げられた日本刀が銀色の光を放ち突き刺さっていた。柄を握っていた長身の探偵が舌打ちした。


「チッ……外したか。真田、てめえが邪魔するから……」

「待ってくれ! わ、悪かった! 俺が犯人だ! だから許してくれ!!」


 もう一度壁から日本刀を抜き取ろうとする探偵を見て、へたり込んでいた男は慌てて泣き喚いた。


「あ?」

「俺が犯人だ! あんたの言う通りだ、だから殺さないでくれ!」

「お前が犯人だぁ?」

「そうだ……悪かった……」

「そんな証拠がどこにある?」

「何だって!?」


 犯人と真田は同時に叫んだ。探偵は罪を告白し涙ながらに許しを請うた男と、ついでに弟子の真田も睨みつけた。


「確かにお前が犯人なら、明日警察に身柄を引き渡す必要はあるが……。だったらその証拠を、探して私に見せてみろよ」

「俺が!?」


 探偵は背中に担いでいた麻酔銃型時計のスコープを覗き込み、時刻を確認した。


「タイムリミットは明日警察がこの島に着くまでだ。それまでに自分が犯人だという確かな証拠が上げられなかったら……やっぱり私がお前を殺す」

「く、狂ってる……」


 残念なことに女探偵の目はどこまでも真剣で、銃口を向けられた男は思わず絶句した。


「おい真田!」

「は、はい!」


 突然殺意を剥き出しにした探偵に睨みつけられ、真田は緊張のあまり背筋をピンと伸ばした。


「お前、この男を見張ってろ。少しでも妙な真似をしたら……叩っ斬れ」

「ええぇ……そんな……」


 日本刀を投げ渡され、真田は泣きそうな顔でそれをキャッチした。探偵は胸ポケットから手錠を取り出すと、寝転んでいる男に近づき、手と足それぞれ三錠づつかけた。


「これでよし。じゃあ私はそこらへんでブラブラしてっから……」


 犯人の拘束を終えると、女流探偵は満足そうに立ち上がった。


「お前らはせいぜい頑張って証拠を探してくるように」

「…………」

「…………」


 呆然とする男と真田を残し、探偵はさっさと部屋を出て行った。二人は顔を見合わせた。どちらも同じように疲れ切っている。その顔は、お互い見てはいけないものを見てしまったかのように青ざめていた。


 それから若かりし頃の真田の、犯人とともに証拠探しをする夜は始まった。


□□□


「こんばんは。夜分遅くに申し訳ございません。私木村と申します」

「あら……木村さん、どうしたの? 手錠なんかつけて」

「実は私……妻の小百合殺しの犯人として、例の女探偵にとっ捕まってしまいまして」

「まぁ! 貴方が犯人だったなんて! なんてな極悪非道な男なの!」

「ええ。それで実は、その罪を妻の友人である美幸さんに擦りつけようと、貴方の部屋に凶器を隠しておいたんです。申し訳ないんですけど、諸事情でそれ、返してもらってもいいですか?」

「まぁ、そう言うことなら……どうぞ」


 扉の前で疑問符を浮かべていた女性は、木村の話に納得がいったのか二人を部屋に招き入れた。手錠をかけられた犯人の木村に変わって、早速真田が『凶器探し』を始めた。部屋を物色する青年を見下ろしながら、木村が壁に寄りかかってため息をついた。


「……ったく。お前の師匠、どう考えてもおかしいだろ。何で犯人の俺が、自分で隠した凶器を自分で探さなくちゃいけないんだよ。それは探偵の仕事だろ」

「なんかすいません」

「『犯人をみすみす殺しちまったら、探偵失格』なんじゃねえのかよ。何で自ら進んで探偵が殺しにかかってんだ」

「だから師匠は……彼女は『謎を解決させることに取り憑かれた』鬼というか悪魔というか……とにかく、関わらない方が身のためですよ」

「…………」


 至って真面目な表情で真田に見つめられ、木村はブルっとその体を震わせた。膝をつきベッドの下や机の引き出しを覗き込んでいた真田が、犯人に尋ねた。


「で? どこに凶器隠したんですか?」

「嗚呼。それは風呂場だよ」

「風呂場?」


 木村は部屋の奥に設置されていた、簡易のシャワールームを顎で指した。真田がそちらを覗き込むと、ちょうど部屋主が汗を流した後だったのか、ノズルからは熱いお湯が流れっぱなしだった。シャワールームの中に溜まった湯気が、真田の顔面目がけて一気に襲いかかってきた。


「あら? ごめんなさい……私、お湯出しっぱなしだったかしら?」


 不思議そうに首を傾げる女性に、木村が自慢げな声を上げた。


「いや。それは美幸さんじゃねえ。俺がわざと流しっぱなしにしたんだ。凶器に使ったのは氷で作った『自然のナイフ』さ。風呂場に投げ込んじまえば、証拠隠滅になるってわけよ」

「なるほど……凶器の隠し場所は犯人の皆さん苦労されてますからね。でもこれって……」

「?」

「逆に……予想以上に証拠隠滅しすぎちゃって、師匠に見せるものもなくなっちゃいましたね」

「あ……」


 真田の指摘に、木村の顔がさあっと引いていった。


「で……でも、警察が来てくれたらきっと死体に付着した水分とか、DNA鑑定とかしてくれるから……そしたら証拠は上がるだろ?」

「ダメですよ! 警察の到着なんて待ってたら、師匠に殺されちゃいますよ!」

「そんなバカな……!」

「聞こえてるぞ」

「うわあ!」

「し、師匠!」


 二人の元にゆらりと影を揺らめかせやって来たのは、他ならぬ明智探偵その人だった。全然似合ってない猫耳のヘッドフォンから聞いたこともない音楽をガンガンとかき鳴らし、見るからに酩酊状態の彼女がゆっくりと二人に近づいて来た。ボサボサの長い黒髪をだらりと前に垂らし、髪の隙間から血走った目を鋭く光らせたその様子は、さながらホラー映画に出てくる幽霊そのものだった。犯人と弟子の顔に戦慄が走った。


「証拠は……見つかったのか……?」

「いえ……あの、必ず見つけますから!」

「もうちょっと待って下さい! 俺が犯人なことは間違いないんです! だから……」

「フン。おい真田。『サッちゃん』を貸せ」

「?」


 完全に目の座った女探偵に、真田は背中に冷や汗を感じつつ首をかしげた。


「『殺ッちゃん』だよ。お前が今持ってるその刀だ」

「え? 日本刀にあだ名つけてるんですか?」

「うるせえ! さっさと寄越せ!」

「う……うわあああああああ!!」


 抱きかかえた日本刀に飛びつこうとする探偵に、真田は思わず彼女を突き飛ばした。細身の女探偵が、フローリングの床で全身をしこたま強打した。


「ぐあっ!!」

「逃げて! 犯人の木村さん!」

「無理だよォ! 足に手錠ついてるし……!」

「くそ!!」


 泣きそうになる木村を狭いシャワールームに押し込み、真田は一緒に中に入って扉を閉めた。


「こうなったら、籠城するしかない……!」

「てめえ! コラ真田! 開けろ! 『殺ッちゃん』を返せこのヤロー!!」


 痛みを物ともせずすぐさま起き上がった探偵が、ぼやけた半透明の向こうからガンガンと扉を叩き始めた。薄い扉一枚隔てた向こうにいる化け物に、犯人と真田は完全に震え上がった。この勢いでは、最早扉を壊されるのは時間の問題だった。 


 狭いシャワールームの中で、犯人の木村が泣きじゃくった。


「くそ……こんなことなら、小百合を殺さなきゃよかった……!」

「そうですよ! 木村さん、何で人殺しなんか……」

「うるせえ! 男と女にゃ色々あんだよ……!」


 そう言って鼻を噛む男の耳元を、真田はじっと見つめた。


「それ……」

「あ?」

「そのイヤリング……女物ですか?」

「あ? 嗚呼……小百合を殺した時にな、コイツはちょっと前の女との……いや、もういい。とにかくこれだけは、俺は取り返さなきゃいけなかったんだ」

「それですよ!」

「ん?」


 首をかしげる犯人の木村に、真田はぱあっと顔を輝かせた。


「それこそ、証拠になります!」

「そうか!」

「殺された小百合さんが肌身離さずつけていたイヤリングを、堂々と自分の耳元につけている犯人……これで行きましょう!」


 木村は感心したようにイヤリングに触れた。


「確かに、これなら証拠になり得るかもな……盲点だったぜ。さすがは探偵見習いってとこか」

「あはは……でも木村さん、問題はここからですよ」


 犯人に褒められ若干顔を赤らめながら、真田は扉を振り返った。相変わらず扉は、激しく向こうから『グー』で殴り続けられ、ところどころ彼女の拳から滲み出た血がガラスにへばり付いているのが見えた。スプラッタ映画の一場面を思い出しながら、真田が小声で囁いた。


「問題は……果たして今の師匠に日本語が通じるかどうか……」

「嗚呼。俺たちのこの会話も、全然聞こえてないみたいだしな……」

「木村さん。僕が日本刀で威嚇するんで、慎重に扉を開けてください。もし師匠がそれでも会話に応じないときは……」

「…………」

「その時は木村さん、僕も一緒です」

「……すまねえな」


 極限状態の中、何かを確認し合った二人は、顔を突き合わせ頷き合った。


「じゃあ……行きましょう」

「嗚呼。準備はいいな……」


 コクリと真田は頷き、生唾を飲み込んだ。手錠をかけられた木村が、ゆっくりと扉を開きかけた、その時だった。


「そこまでだ!」


 突然、扉の向こうから鋭い声が飛んで来た。恐る恐る二人がシャワールームから顔を覗かせると、女探偵が大勢の機動隊に羽交い締めされているのが見えた。


「離せ! 離せこのヤロー!」

「大人しくしろ! 明智ヒカル! 脅迫及び殺人未遂で現行犯逮捕する!!」


 遅ればせながら、ようやく警察の登場だ。窓の向こうはいつの間にか、朝の日差しが差し込んでいた。トレンチコートを着たマフィア風の若い刑事が、必死に女探偵に叫んでいる。真田と犯人の木村は助かったことを知り、お互い顔を見合わせて喜んだ。機動隊のヘルメットに御構い無しに頭突きを食らわせにいく女探偵は、頭から血を流しながら、手と足にそれぞれ手錠を五錠づつかけられていた……。


□□□


 帰りの船の中、真田は身柄を拘束された女探偵・明智の様子を覗きにきた。船底に降りると、鉄格子の向こう側で目をギラつかせる彼女の様子が見て取れた。『まるで飢えた獣のようだ』、と真田は思った。半ば呆れながら、彼は縛られた師匠に話しかけた。


「師匠……もう……毎回毎回、なんでこんな無茶するんですか? そりゃあ犯人は劇的にスピード逮捕されましたけど、師匠まで捕まっちゃ意味ないですよ」

「甘ったれたこと言ってんじゃねえ、バカ」


 女探偵は瞬き一つすらせず、真田をじっと見据えた。


「どいつもこいつも悠長に構えすぎだろ。推理ショーだか何だか知らねえけどよ、人が殺されてるんだぜ? 次の犠牲者をみすみす出しちまったら、それこそ『探偵失格』だろうが」

「それはそうですけど……師匠のやり方はちょっと強引すぎると思います……」


 完全武装の『ぶっ殺す』探偵として名を馳せた先輩に、まだ学生である真田は小声で反論した。


「僕……まだ師匠から教わることいっぱいあるんです。だから、あんまり無茶しないでください」

「フン」


 ようやく明智は目を閉じ、そっぽを向いてしまった。真田ため息をつき、上に帰ろうとすると、明智が彼に声をかけてきた。


「おい真田」

「?」

「お前もし……犯人が誰かまだ分からない、証拠もない。だけど何となく次の犠牲者を狙っていることは分かってる。そんな時、お前ならどうするんだ?」

「え……それは……」


 突然の問いかけに、真田は言葉に詰まった。


「お前も探偵学校卒業したら、弟子なり助手なり取ることになるだろうが……そいつに何て教えるんだ? もし殺人鬼の次の標的が、自分の邪魔をする探偵自身やその弟子だったとしたら?」

「…………」


 困惑の表情を浮かべる真田に、この日初めて明智は笑みを浮かべて見せた。


「そん時は……てめえの助手だけは守ってやれよ、真田」

「…………」


 それっきり、彼女は暗がりに身を溶かし、陸に着くまで一言も喋らなかった……。


□□□


「……分かりました、師匠……」


 真田が目を覚ますと、見慣れた事務所の天井が目に飛び込んできた。どうやら眠り込んでいたらしい。身を起こすと、窓の外はすでにネオンが光り輝き、事務所の中はすっかり暗くなっていた。変な体勢のままソファに長時間横になっていたせいか、やけに首筋が痛む。何だかとても懐かしい夢を見ていた気がするが、一体どんな内容だったのか、自分がどんな寝言を言っていたのか……結局真田が思い出すことはなかった。

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