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一行目探偵  作者: てこ/ひかり
第一幕
3/37

四千年前殺人事件

「犯人は貴方ですね、奥さん」


 探偵が静かにそう告げると、それまで祈るように彼を凝視していた女性が、ゆっくりと瞳を閉じた。やがて犯人と名指しされた彼女はふう……っと小さく息を吐くと、観念したように首を垂れ呟いた。

「مع السلامة」


彼女の罪の告白に、周囲はどよめく。どうやら一件落着のようだ。

「なんてことだ……まさかそんなトリックが……」

「何て奇妙奇天烈摩訶不思議な女なんだ……」

 探偵の推理が終わると、待機していた警察が犯人を取り囲んだ。部屋の片隅で固唾を飲んでその様子を見守っていた女子高生が、嬉しそうに探偵の元へと駆け寄った。


「やりましたね先生! また一行目で事件を解決してしまったんですね!」

「助手君。『で』じゃない。『が』だ」

 長身の探偵が、呆れた表情で少女を見下ろした。


「ところで先生。犯人は最後なんて言ったんですか?」

「フフフ……要約するとだな、『観念しました。さすが名探偵・真田一行目先生。やはり貴方には何もかもお見通しなのですね』ってところだ」

「要約の方が長くなってません?」


 不思議そうに首をかしげる小柄な少女の頭をポンポンと撫でて、名探偵・真田一行目は上の方を見上げながら得意げに笑った。


□□□


「かんぱーい!!」


 その日、二人は事件解決のお祝いに、近くの割烹料理店を訪れていた。

 ここのところ何かと金欠の真田だったが、今回ばかりはそんな心配も無用のようだった。何せこの事件を解決すれば、依頼人から莫大な追加報酬をもらえる予定なのだ。一週間前に探偵事務所にやってきた依頼人は、見たこともないカラフルな民族衣装を着た、中々怪しげな人物だったが、金に困っていた真田はこの依頼をあっさり快諾した。そしてあっさり解決してしまうのだから、やはり名探偵と自ら名乗るだけのことはある。小綺麗な個室で、運ばれてきた熱々のホッケを頬張りながら助手が尋ねた。


「それにしても先生、今回の事件。被害者も加害者もどこか異国めいていたというか、絶対日本人じゃないですよね? ほぼ九割言葉通じてなかったし」

「嗚呼。今思うとボディランゲージと一方的な日本語のゴリ押しだけで、よく解決できたもんだ。人間、何とかなるもんだな。彼らはきっとエジプトとか、アラビア系の人間なんだろう」

 助手が首をかしげた。

「うーん。それ以上に何か振る舞いが異質というか。犯人なんか連行される時もずっとツタンカーメンのお面被ってたし。ただ単に外国人って以上に変な人達でした」

「そうだな……面白い話をしよう。君は『トローンマン』というのを知っているか?」

「ドローン……少年?」

「違う!」

 真田が口からホッケを発射した。


「『トローンマン』というのは、紀元前四世紀前に生きていた男性の遺体だ。一九五〇年、デンマークのユトランド半島で遺体として発見された彼は、そのあまりの保存状態の良さから『最近の殺人事件の被害者なんじゃないか?』と疑われたほどだったんだ」

「なるほど」

「その原因は湿地帯に沈んでいたため。『トローンマン』の正体は自然と屍蝋化し腐らないでいた、超古代人の『湿地遺体』だったというわけさ」

「へええ……。でも、それと今回の事件に何の関係が?」

 助手の不思議そうな顔に、真田は追加で頼んだ麦酒を一気に飲み干して、にやりと笑みを返した。

「つまり、今回の事件の関係者はもしかしたら外国人じゃなくて、超古代人だったんじゃないか……という話さ」

「はぁ?」


「思い出してみろ。彼奴らのいた現場のことを。どこか古い遺跡を思い出させるような異質な建物に、よく分からない言語。今回の依頼人だって、怪しげな男だったじゃないか。きっと何らかの形で冷凍保存されていた彼らが、現代に蘇って殺人事件の続きを始めたんだ」

 饒舌に語る酩探偵を、呆れた顔で助手が眺めた。

「先生。相当酔ってますね。大体何故彼らが、数千年の眠りから覚めてまで人を殺さなきゃならないんですか」

「ハッハッハ。まぁ、ロマンじゃないか。数千年前の遺体と容疑者を、現代の私達が解決するなんて」

「ありえないですよ。それより依頼人からの追加報酬はまだなんですか? ここで待ち合わせているんでしょう?」

「失礼。もう来ている」

「うおッ!?」


 いつの間にか横に座っていた民族衣装の肌黒い人物に、真田が飛び上がった。依頼人だ。さっきまではいなかったはずなのに、どうやってここに座っているのだろうか。助手が口からホッケを発射した。

「ミスターサナダ。事件を解決していただきどうもありがとうございました」

「ど……どうも」

「流石名探偵。おっしゃるとおり、彼らは四千年前のここで殺人事件を犯したのです」

「はぁ?」

 真田は首をかしげた。突然現れた彼の言葉が、一切理解できないようだった。

「私、実はタイムパトロールのアローンマンというものです」

「え?」

 男が差し出した見慣れない名刺を受け取り、真田は酔った頭をより一層混乱させた。


「一体……?」

「彼らは四千年後…つまり六〇一×年の人間なのです。彼らはこの時代で言うところのマフィア、ギャングです。過去に遡れば法を逃れると知った彼らは、あろうことか『時空殺人法』が曖昧になっている二〇〇〇年代にまでタイムスリップし、そこで証拠隠滅も兼ねて殺人を犯したのです」

「はぁ」

「ウカツに我々が顔を出せば、危うく歴史の流れを変えてしまうところでした。ありがとうサナダ先生。貴方が未来を救った!! 貴方は時をかける名探偵だ!!」

「そうなんですか……」


 アローンと名乗った男はひたすら涙を流し真田に頭を下げると、しばらくして襖を開けて普通に店を出て行った。唖然とする真田は一歩も動けず、同じくぽかんと口を開けたままの助手と目を合わせた。

「追加報酬……」

「……四千年払いなんですかね?」


□□□


 その後依頼人が見つかることはなかった。名刺に書いてあった住所は、調べてみると木星あたりだった。店の代金はローンで払うことになった。もちろん追加報酬が支払われることはなかった。こうして名探偵・真田一行目の四千年『前』の殺人事件は、騒がしく幕を閉じたのであった。

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