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一行目探偵  作者: てこ/ひかり
第二幕
24/37

訪れてみれば殺人事件

「犯人はこの中にはいない……」

「こんなところで何してるんですか? 先生?」


 扉の向こうでブツブツと独り言を呟く探偵を見かけて、学生服姿の少女がひょっこり顔を覗かせた。次の瞬間、少女の顔に戦慄が走り、人気のないビルに悲鳴が響いた。


「キャアアアアアッ!!」

「お、落ち着け。落ち着け岡君!」


 慌てて探偵が制するも、生憎女子高生の悲鳴は止まらなかった。それもそのはず、彼女が部屋の中で見たのは、真新しい死体だったのだ。


「せ、先生……! それ……!?」

「嗚呼。厄介なことに、今回は私が第一発見者になってしまった」


 長身の探偵は、困り顔で後ろ髪をボリボリ掻きながら、ひどく面倒臭そうに呟いた。ようやく落ち着きを取り戻した少女が、恐る恐る床に寝そべる『それ』を覗き込んだ。


「昨日の夜怪しい電話に呼び出され、知らないビルを訪れてみればこのザマだ。見てくれ、これ」

「!」


 そう言って、探偵は右手に持っていたものを掲げた。鮮血がこびり付いた出刃包丁……それを見て、少女は今一度大きく息を飲んだ。返り血に染まった探偵がゆっくりと部屋を振り返った。繁華街からは少し離れた、昼間から夜中まで一日中人通りの少ない狭い路地。その一角に、二人が今いるビルはひっそりと立っていた。白を基調とした八畳の空き部屋に、生々しい赤い血がそこかしこに飛び散っている。恐怖と驚きに顔を歪めたまま固まっている被害者から目を背け、少女は弱々しく尋ねた。


「じゃ、じゃあ先生……今回の事件は……!?」

「……残念ながら、まだ解決していない。だが安心しろ、策はある」

「え!?」


 戸惑う少女に、探偵はニヤリと笑った。

「聞いたことあるだろう? 『犯人は必ず、現場に戻ってくる』。ここで待っていれば、きっと真犯人はノコノコと顔を現すに違いない。という訳で私は昨晩から、ずっとここで張り込みをしているんだ」

「そんな悠長な……」

 のんびりとした物言いの探偵に、少女は呆れた。


「それで、誰かやってきたんですか?」

「うーむ。それがおかしなことに、君が初めての来訪者だ」

「…………」

「だがおかしいな? そういえば、何故君はこの場所が分かったんだ? 何故私がこのビルにいると知っている?」

「え……えっと、それは……」

 歯切れが悪くなる少女に、探偵はさっきとは打って変わって険しい表情で詰め寄ってきた。


「この場所は誰にも……誰も知ってはいないはずだ。真犯人以外はな。『犯人は必ず現場に戻ってくる』……。この理論が正しければ、この殺人事件を起こしたのは……」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 何時になく鬼気迫る表情の探偵に、今度は少女が慌てる番だった。


「何言ってるんですか!? 私ですか!? そんな……だったら先生だって、本当は真犯人なんじゃないんですか!?」

「な!?」

 彼女の思わぬ反論に、探偵がギョッとして身を強張らせた。少女が矢つぎ早に捲し立てた。

「第一発見者が実は真犯人だった、なんてのも定番ですよね!?」

「うーむ……確かに、それを言われると痛いと少し思っていたところだ」

「そもそも状況的には、先生の方がよっぽど怪しいじゃないですか! 何で返り血浴びてるんですか!? それに、凶器まで手にとって……現場を荒らすなって、私は真田先生からいつもキツく言われてるんですよ!?」

「こ、これは……」

「おかしいですよ……警察は呼んだんですか? 先生こそ、本当に誰かに電話で呼び出されたんですか……?」

 だんだんと、少女の声がか細くなっていく。何かに気づいたかのように、ジリジリと一歩一歩下がって行く彼女を見て、

「チッ」

 探偵は冷たい目で見下ろしながら、舌打ちした。どうやらここまでだと悟った彼は、もう一度悲鳴を上げられる前に目撃者を始末してしまおうと、右手に持った凶器を振り上げた。


「キャアアアアアア!!」

「逃すか!!」


 逃げる少女の首根っこを捕まえ、後ろから羽交い締めにする。少女の首筋目掛け、鮮血を纏った出刃包丁が今一度猛威を振るおうとしたその瞬間。


 突然、部屋の扉が向こうから開かれた。


「!」

「お前は……!」

 逆光を浴び、思わず目を細める二人に、向こうから現れた人物が開口一番こう言い放った。


「私の助手に随分と荒い真似をしてくれるな、新井探偵。いや、新井容疑者、と呼ぶべきかな?」

「真田……!」

「真田先生!」


 扉の向こうにいたのは、真田一行目。彼の同業者で、同じ名探偵専門学校を卒業した同期だった。さらに新井探偵が目を凝らすと、真田の後ろには大勢の警察官が待ち構えていた。呆然とする新井を、雪崩込んできた屈強な男達が一瞬で玄関にねじ伏せた。


「ぐぁっ……!」

「先生! もう! 遅いですよ!」


 恐怖から解放された少女が、涙目になりながら真田の元へと駆け寄って行った。地べたに頬を擦り付けながら、探偵……今や現行犯として確保された新井は、目を見開いてそれを眺めるしかできなかった。


「バカな……! 真田……貴様、何故私がここに来ると……!?」

「簡単なことだ、新井先生。『犯人は必ず現場に戻ってくる』……学生時代から、ずっと君が言っていたことじゃないか。念のため私の助手に偵察に行かせたら、案の定だ」

「くっ……!」


 扉の向こうで逆光の陰になりながら、真田が少し悲しそうに笑った。


「それにしても、伊達に続き同期からまたしても逮捕者が出るとはね」

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