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一行目探偵  作者: てこ/ひかり
第一幕
1/37

七年連続殺人事件

「犯人は貴方ですね、奥さん」


 男が開口一番そう告げると、女の表情は奇妙に歪み、やがてがっくりと項垂れた。時計の針は、もうすでに零時を回っている。窓を叩く雨粒の音が、静まり返った部屋の中でやけに大きく響いた。大広間に集められた宿泊客達は、皆固唾を飲んで輪の中心にいる男と、項垂れた女の様子を見守っていた。


「何でわかったの、探偵さん……?」

 先に口を開いたのは、女の方だった。

 七年前から老舗旅館で起き続けた、奇々怪界な猟奇殺人事件。彼女の言葉は、自分がその犯人だと認めるものだった。息を飲む者、眉を釣り上げる者、軽く悲鳴をあげる者。女の言葉に様々な反応が人々の輪に波紋していく中、真ん中にいた探偵の男はボサボサの髪の毛を掻き毟った。自分の推理が見事的中したことへの喜びだろうか。彼は嬉しそうに人知れず肩を震わせた。


「そんな……まさか七年連続で同じトリックを使うだなんて……!」

「なんて大胆不敵な女なんだ……!」

 『まさか』という人物が犯人だったせいか、皆が一斉に驚きの声を上げ女に視線を送った。やがて女は、その驚愕な手口、自分が何故犯行に至ったのか……などをポツリ、ポツリと語り出した。彼女にとっては、その事件の犯人として今一番注目の時を迎えているのだろう。スポットライトを浴びた犯人の邪魔をしないように、探偵は黙ってその輪の中からそっと抜け出した。


□□□


「先生!」

 大広間の扉を開けると、赤い絨毯の引かれた廊下の向こうから、若い少女が探偵の元に駆け寄ってきた。艶のある黒い髪に、小柄な背丈。嬉しそうに破顔させて近づいてくるその姿は、まるで小型犬のようだった。

「やりましたね先生! また一行目で事件を解決してしまったんですね!」

「嗚呼」

 先生と呼ばれた探偵が、しかめっ面をしてみせる。

「助手君。キミはまた、『てにをは』を間違えているぞ。この私『が』、事件を解決したんだ。一行目『が』」

「さすがです先生!」


 探偵の言葉を無視し、嬉しそうに顔を綻ばせる学生服姿の少女に、彼は呆れた表情でため息をついた。にこにこと可愛らしい笑顔を浮かべていた少女だったが、ふと何かに気がついたように目を伏せ、やがてポツリと呟いた。


「でも……今回は解決までかなり時間がかかってしまいましたね。多くの犠牲者を出してしまいました……」

「……仕方ないさ。私じゃなければ、もっとかかっていただろうよ。名探偵・真田一行目でなければな」


 『真田一行目』と名乗った男は、幾分悔しさを言葉に滲ませ、草臥れた目でぼんやりと上の方を見上げ笑った。


□□□


「真田先生、事件を解決していただいてありがとうございました」

 それから次の日。警察の取り調べが終わった後、真田と助手の少女が現場の老舗旅館を発とうとしていたところ、後ろから声をかけられた。声の主は、殺戮の舞台となった旅館の女将だった。玄関先で靴を履いていた真田が声のする方を振り返ると、妙齢の女将が床に指をつき、二人に深々と頭を下げていた。


「女将さん、どうか顔を上げてください。私にしてみれば、実に簡単な事件でしたよ」

「七年かかりましたけど……あいたっ!」

 真田は余計な口を挟んだ助手の脇に肘鉄を食らわし、頭を下げる女将に笑顔で右手を差し出した。だが女将は、顔を上げても握手には応じず、愛想笑いを浮かべるだけだった。長いこと旅館を悩ませてきた難事件がようやく解決したというのに、その顔には何故か暗い影が宿っている。


「どうされたんですか? 随分と悩んでいらっしゃるようだ」

「いえ……」

 それに気づいた真田が女将に優しく声をかけた。女将は少し迷った後、やがてゆっくりとその内情を語り始めた。

「実は……元々この旅館は、寂れてお客も来ない古い旅館でした」

「…………」

「恥ずかしい話、採算が取れないならもう潰してしまおうかという声も、七年以上前からずっとあるんです」

「なるほど。それに加えて、今回の猟奇殺人が起きたと。心中お察しいたします」


 真田が頷いた。だが女将は悲しそうに首を振った。

「いえ、違うんです。私、猟奇殺人が起きて以来、今年もまた夏休みになると事件が起こるんじゃないかと……」

「心配していた訳だ」

「……期待していたんです」

「は?」


 ぽかんと口を開け立ち尽くす真田に、女将がさらに続けた。

「御免なさい。私ったら、不謹慎なこと言って! でも、事件のおかげで、このシーズンはずっと予約がいっぱいになってまして。彼らのおかげで、ウチは何とかやって来れたんです」

「はぁ……」

「倫理的に間違ったこと言ってるって、分かってます。でも普通、最初に殺人事件が起きた時点で、皆さん怖がって廃館になってもおかしくないんです! それが……。真田先生がその……七年もかけて……」

「なるほど。推理に手間取ってる間に野次馬達の噂になって、見物スポットになっちゃったんですね……あいたっ!」


 もう一度、真田の肘鉄が助手にヒットした。女将が目に涙を浮かべ、玄関先に立つ二人に訴えた。

「事件を解決していただけたのは本当に感謝しています。でも……もし、今日で事件が解決したと知ったら、野次馬客は一気にいなくなってしまうかもしれません! 私、それが怖いんです。人の命を奪う行為は確かに極悪ですけれど、それが私達の命を救ってもいたんです」

「女将さん……」

「先生、お願いです! 是非来年も、『何か事件の匂いがするぞ』みたいな感じで旅館にお越しください!」

「何ですって!?」

「そうすれば、まだウチの旅館は経営できます……何なら私が事件も用意しますから! ええ、用意しますとも!」

「落ち着いてください! 来ます! 絶対来ますから!」


 いつの間にか包丁を右手にかざし、取り乱す女将を真田達は必死でなだめた。この勢いなら、八年目の事件も起こしかねない様子だ。何とか女将を落ち着かせ、真田は向こう十年分の部屋を予約して、『事件があってもなくても、必ずこの旅館に戻って参ります』と約束し旅館を後にした。


□□□


「いいんですか先生? あの旅館、結構高いんじゃないですか……?」


 帰りの新幹線で真田がペシャンコの鹿撃ち帽を顔に被せ寝ていると、隣に座っていた助手がおずおずと声をかけて来た。帽子の向こうから、真田の呻き声が上がった。


「ちなみに今回の事件の報酬。七年分を支払ってもらっても、向こう十年の部屋代で有り余る赤字です」

「……仕方ないさ。事件が解決した旅館に泊まり続けるのも、名探偵の宿命ってやつだ」

「そんな宿命を背負わされてる探偵、聞いたことありません」


 やがて新幹線は長いトンネルの中に入っていき、二人を暗闇の向こう側へと運んで行くのだった。

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