オリンピックでおもてなしいっ!
フィクションです。
東京オリンピックに向けて、密かにひとつの計画が動き始めた。
日本が他の国とのより良き関係を築くために。
領土問題に海外への輸出入、外国人観光客の増加、人件費の安い国への日本企業の工場移転。
それらをさらに改善するべく、海外での日本のイメージを良くするために。
中国とのより良い関係維持のために、チベットのダライ・ラマの亡命を断った日本政府。そんな日本の外交努力が東京オリンピックを舞台に、今、動き始めた。
『金メダル0運動』
「なんですか? それ」
とあるスポーツの選手達が監督に尋ねる。
「その名の通り、日本選手の金メダル取得数を0にする運動だ」
「はぁ? なんですか、それ」
「おもてなしと言って日本にオリンピックを誘致した以上、海外選手達をおもてなししてメダルとおみやげを持って気分良く帰ってもらう。そのために日本選手のメダル取得数を減らさないといけないわけだ」
「俺らに負けろって? 負けるためにオリンピックに出るっていうのか?」
「お前達、接待って聞いたことあるだろ? 今後の日本の外交のためにも外国人選手をおもてなししないといけないってことになった」
スポーツ選手達が不満の声を上げるが、
「今後もスポーツ選手で食っていくつもりなら、スポンサーの意向はとても大事なんだ。この時代、野球もサッカーも観客が少なくなった。プロ野球も興業だけだと赤字続き。企業から金を引っ張ってくるには、八百長も演出の内だ」
「そんなの納得できるか!」
「じゃあ、お前達だけでオリンピックやれるだけの資金を集められるのか?」
「スポーツマンシップも大事だろうが、興業ともなれば資金の問題もある。どうしても真っ当にスポーツがしたいともなれば、資金のある企業を味方につけるか、空いてる日にコンビニのバイトでも引っ越しの仕事でも入れて、自分の金でするしかない。今はそんな時代なんだ。今回のスポンサーは国だ。国の意向に添う形のオリンピックにしないとならない」
「じゃあなにか? 俺達にわざと負けるような無様な試合をしろってことか?」
「これは普通に試合して勝つより難しいことだ。見てる観客にわからないように、最期までどちらが勝つかわからないギリギリの攻防で盛り上げて、その上で相手に勝たせる。そして相手選手の健闘を讃える。『さすが社長!お上手ですねー』と」
「社長って誰だよ」
「とにかく、プロの選手だというのなら見てる人にわからないような八百長ぐらいできるようにならないと。そのために技術を磨いているんだろうが」
「そんな試合を子供達に見せられるか! 見てる人達を騙すようなヤラセなんかできるか!」
「そんなに真面目にスポーツしたいならオリンピックなんて出るな! 裏でどれだけの人と金が動いているか知ってるのか? そんなところでまともな試合なんかできるわけないだろうが! すでに審判達にもこの通知は届いている。言うならアンチホームタウンだ。どの競技も日本選手には厳しいオリンピックになっちまってんだよ」
日本選手は顔を赤くして怒鳴り声を上げる。
「認められるか!」
「ブログに書いて、みんなに知ってもらおうか」
「スポーツに打ち込む人達をバカにしている!」
「みんな、気持ちはわかるが押さえてくれ」
コーチが出てきてみんなを押さえようとする。
「監督だって納得してないんだ。最悪の状態だけは、監督の努力で回避されたんだ」
「これ以上の最悪ってあるのか?」
「オリンピック関係者のひとりが、そこの」
コーチはひとりの選手を指差す。選手でありながら雑誌でモデルもこなす人気のイケメン選手。
「彼が気に入ったらしくて、一晩貸して欲しいと言い出して、日本政府が『いいよー』と答えてしまったんだ。それなのに監督がそれを断ってしまって、約束が違うとか上でもめている」
監督が頭をかきながら
「さすがにオリンピックのためにオッサンにケツを掘られろってのは無いよな」
イケメン選手は青ざめた顔で、
「監督、俺を守ってくれたんですか?」
「オリンピックのために娼婦みたいなことはさせられんからな。それにスポーツ選手としてだけじゃなくて、その後の人生にも嫌な影響ありそうだろ? たかが1回のスポーツ大会のために人生を捨てさせるわけにはいかん」
「監督……」
「不満があるのはわかる。俺だって気分悪い。でもすでに国は決定してそのように動きはじめている。だからみんな、こう考えてくれ。接待は日本の文化だと。世界の人達に日本の文化を見てもらうのだと」
コーチがあとを続ける。
「国の意向は無視できないし、逆らえばオリンピックに出られないどころか、その後スポーツ選手を続けられるかどうかも分からない。少なくとも日本政府はこの馬鹿げた運動に本気で取り組むつもりだ」
選手達が呆然とした顔で立ちすくむ。ひとりの選手が、
「オリンピックでまともな試合ができない、ということですか?」
監督はため息をつきながら、
「国と国の係わりとなると、どうしても政治が絡んでくるらしい。そうなると当のスポーツ選手の声なんて政治家には聞こえなくなるみたいだ」
コーチは、
「国際の祭典を外交の一手段にしようとする者から見ると、スポーツマンシップはただの建前上のものでしかないようで。特に今後の関係のために◇◇国と〇〇国には絶対に負けるようにと」
「なんだよそれ……」
「それならいっそ、政治家が選手をやればいいのに」
「首相と総理大臣がフルマラソン走ればいいのに」
監督が腕を組んで口を開く、
「オリンピック出場選手は、この国の意向が理解できるものだけで固めることになるだろうな。あとひとつ気を付けて欲しいことがある。金メダル有望とマスコミに報道される選手は……」
監督は選手の顔を見渡して、
「くれぐれも交通事故には気を付けて欲しい」