表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
broke it  作者: あおい
06
10/11

06


■06■


 時間が押してしまい、結局、披露宴は、あれ以上のプログラムをこなす事は出来なかった。


 尚巳がティーラウンジの肉体へ戻った時には、凪原達の持ち時間は終わってしまっていたようだ。

 他のゲストもそれぞれ、会場を後にしたらしい。


 しばらくお茶を飲みながらボウッとして過ごし、尚巳は気力の回復を待つ事にした。


 その間にも凪原が、牧谷をタクシーに乗せてくれていたらしい。

 彼らの間でどのように話が落ち着いたのかは知らないが、今ここで追求せずとも、そのうち分かるだろう。



 尚巳はひとり。

 庭の奥にある林を散歩しながら、友人であるオーナーの智史さとしに電話をかけた。

 木漏れ日の中で聞く彼の声はいつもと同じようにノンキで、優しい。


 穏やかであたたかい波動は、今日もブレてはいなかった。


『で、聞きたい事って?』


「うん。今日の披露宴の店長代理って、どうして牧谷さんに決めたわけ?」


『えー、別に深い意味は無いんだけどさぁ。最近、ちょっと落ち込んでる風だったから、気分転換にいいかな~と思って。女の人だから、ほら。装うのも楽しいんじゃない?』


「はぁ、なるほどね」


『ん? 何かあったの?』


「いや、別に」


『ふぅん? まぁいいけどさ、でも』


「ん~?」


『写真くらは撮ってくれたんだろ? 楽しみにしてるね』


 智史の言葉に、尚巳は思わず脱力した。

 そんな余裕がどこにあったと言うのか。


『え。ナニ笑ってるの?』


「いやまぁ……今日の事は、俺のクチからはカンベンな。そのうち凪原さん達が来てくれるだろうから、そっちから聞いて」


『そっか~。……声が疲れてるみたいだし、尚巳、車で行ったんだろ? 気をつけて帰れよ』


 誰かに心配してもらえるのは、嬉しい。

 尚巳は素直に「ありがと」と呟いた。


 そして電話を切る。


 この智史と言う友人は、勘がいいんだか鈍いんだか分からない。

 尚巳も気にしなかった牧谷の気分を読み取っておきながら、渦中へと放り込むような事をする。


 ――優しいんだか恐ろしいんだか、相変わらず分かんないな。


 と、小さく笑った時だ。


『ありがとう』


『ありがとう』


『そこの貴方、ありがとう』


 周囲から無数の、精霊の声が聞こえた。


「こちらこそ、ご協力ありがとうございました。心より感謝いたします」


 左手を胸に当て、頭を下げる。

 風が吹き抜け、葉と草を揺らした。


 穏やかな気配に包まれ、尚巳はあの夫婦の事を思い返す。

 雛子の両親だ。


 あの母親から〈自分は不器用である〉と言うコンプレックスは拭い去れないだろうし、その必要も無いだろう。

 旦那からの言葉が通じたのか。再び目を覚ました時の彼女は穏やかそうな、母の顔をしていた。


 尚巳はそのタイミングで肉体に戻ってしまったので、これから先は、さっき雛子から聞いた話だ。


 雛子の母親は恥ずかしい事をしてしまったと娘夫婦に謝り、ふたりの結婚を改めて認めたらしい。


 騒いだ記憶があるのなら、それこそ泣きたいだろう。

 けれど彼女はそうはせず、凪原に頭を下げたと言う。


 よかった。

 彼女も良識のある、普通の母親だったのだ。


 ――俺にとってはクソババァだったけど、それも過去の話だよな。


 その時、木漏れ日の隙間から白い影がゆらりと姿を現した。


「お帰り~、ピー輔っ。お前も今日は大変だったなぁ」


 思わず両腕を伸ばし、抱きつこうとした。

 だが彼はヒラリと身をかわし、尚巳の抱擁から逃れる。いつもの事だ。


「もぉ、ケチぃな。それよりあの旦那さん、無事に送り届けてくれて、ありがと」


 ピー輔はクイッと胸を張る。


「ここ、少しだけさ……お前と出会ったあの森に似てるような気がするね」


 ピー輔は雛鳥の頃、兄弟に巣から落とされたらしい。

 その時の落下速度が次元の壁を越えさせ、彼を尚巳の足元へと運んで来たのだ。


 精霊の国から、尚巳の元へ。

 この国に暮らす、自分の元へ。


「お前は俺にとって〈落ちものヒロイン〉だったのかな? あはは」


 その言葉が気に入らなかったのか、ピー輔はブイッと顔を反らせた。


「……ほんとにお前は、扱いにくい彼女みたいなリアクションするよなぁ。まぁ、そこも可愛いんだけどさぁ」


 ピー輔がヒラリと飛んで来たかと思うと、尚巳の左肩に止まった。

 突然の事にときめいていると、頭部にクチバシがガツン! と突き立てられたのである。


 素材は紙なのに、とても痛い。


「ちょ……ゴメンって」


 ツーンと顔を反らし、こちらの言葉を無視する。


「もぉ、いいけどさ……そろそろ帰ろうか?」


 ピー輔はフンフン、と二度頷いた。

 尚巳が手を出すと掌に降りて来て、その身体を横たえる。


 そして、終わり。

 彼は抜け、単なる紙が残された。


 いつものように綺麗に折りたたみ、手帳に挟んで、閉じる。


「この瞬間だけは、いつまで経っても慣れないな。寂しいもんだ」


 ピー輔が居なくなるわけではない。次元を超えてどこかへ帰ってしまうわけでもない。

 呼べばすぐに来てくれるし、別れと言うほど大した別れでもないのに。


 一日、一緒に遊んだ後。

 友達が家へ帰ってしまう後ろ姿を見送るような、そんな寂しさ。


「俺も人の事は言えた義理じゃないけどね」


 牧谷に向かって偉そうに説教したクセして、こんな気持ちになるのだ。


 自分は。

 人は。

 人間は。


 ――娘を花嫁として送り出す親の寂しさは、こんなものじゃないんだろうな……。もっとこう、九十度レベルの急降下って言うか。

 

 いつだって会えるのに。

 縁が切れるわけではないのに。

 そんな事くらい、理解しているのに。


 人の心が味わう感情は、理屈だけでは処理出来ない。


「この不安定さが〈人間〉……だよなぁ」


 思い切り誰かを憎み、悲しさを味わい、寂しさを味わい、大切な人に向かって必死に手を伸ばす。

 それはとても疲れて傷付き、理不尽さに泣いてしまうかも知れないけれど。


 でもそれは仕方がない。

 なぜなら自分達は〈ここ〉に、生まれて来てしまったのだから。



  ・ お わ り ・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ