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幽霊の陰

作者: シルファ

あるところに、一際大きな古びた屋敷があるという。

その屋敷には、あまりにも残酷で悲しい過去を背負っている幽霊が、今も屋敷に住み着いているとの噂が流れている。

『幽霊ってどんな見た目をしているんだろう』

『逢ってみたいけど怖いな』

『でもどこにあるんだろう』

『そんなのただの噂だ』

今日もまた、純粋な子供たちが、いたるところでこの話題について話している。

もちろん、私だって興味はあった。でもそれは一昔前のこと。月日が流れ、いつの間にか大人になってしまった私は、そんなものを気にしている余裕などなくなってしまったのだ。

---でも、ある時不意に頭に現れるのだ。

眠りについた時、時々見る夢、そこにその屋敷と思わしき建物が見え隠れする。その屋敷の3階に備え付けられている、割れてしまった立派な窓からは、私の胸あたりの身長をした少女がじっとこちらを見下ろしていた。

なぜ、こんな夢を見るのだろう。夢に出るあの少女が私に助けを求めているのだろうか。そもそもあの少女は誰だろう。もしかして、あの屋敷に住み着いた幽霊なのだろうか。

---また、考え込んでしまっていた。最近では気になってぼーっとしてしまうことが多い。気になって仕方がない。

私は、その屋敷について調べることにした。


調べ始めて三週間は経っただろうか、もっと短いかもしれないし、長かったかもしれない。調べ始めた頃とは気温が急変し、何もせず椅子に座っているだけでも肌がしっとりと濡れるくらいになっていた。

その間何度か挫折しかけたが、ついに夢で見る屋敷とそっくりな建物が載っている資料を見つけた。

『……一家殺人事件。犯人未だ行方知らず』

名前のところは黒く塗りつぶされてしまっていた。その理由については考える必要がないと判断して、資料を読み進めていった。

…どうやら、事件が起きたのは今からおよそ150年は前のことらしい。あの屋敷に何者かが侵入し、家族を片っ端から殺していった、そんな内容であった。

いつの時代も、こういうことをする人はいなくならないのだろうな。

凶器に使われたのは、草を刈り取るために使われる鎌と、もう一つ、鈍器らしい。

なぜ二つも用いたのか少し考えてみたが、その先に書いてあった。単に途中で鎌が壊れてしまったため、その屋敷にあった鈍器に持ち替えたのだという。

この屋敷の住民に、何の恨みがあってこんなことをしたのか、気になるところではあったが、犯人は見つかっていない事件のようで、不明のままらしい。

資料には、この屋敷の見取り図や、住所も書いてあった。どうやら私の住む場所からさほど離れていないようだ。それなら都合がいい。すぐに向かおう。

あまりごちゃごちゃと持って行くよりも、少ないほうがいいだろうし、すべて手だけで持てるくらいにして、その屋敷へと向かって足を進めた。


屋敷へ着くころには、もう暗くなってしまっていた。目の前には、月明かりに照らされてぼんやりと光る屋敷が威圧的に構えていた。万が一に備えて持ってきた懐中電灯が役に立ちそうだ。

懐中電灯のスイッチを入れて屋敷に向けると、暗い中に佇むその存在がより一層大きく見えた。そして、見れば見るほど夢で見た光景と合致していく。

誰の手入れも受けず、誰の目にもつかず、ただツタに絡まれ、虫に食われ、ボロボロになった外壁は何とも言えない寂しさを漂わせた。

玄関の扉も壊れ、半分開いていた。その隙間に体をねじ込み、屋敷へと入り込んだ。

中は外よりもひどい状態だった。広いホールの正面にある扉には、黒っぽい染みが大きく広がっていた。おそらく、あそこで一人死んだ。

一歩歩くだけで床がギシギシと鳴り埃が舞った。それ以外に聞こえるのは自分の息遣いと、外で鳴いている鳥の声だけであった。

玄関の隅をよく見てみると、バールが落ちている。この建物はかなり老朽化しているため、ドアが開きづらい場所も多々あるだろう。それならバールを用いてこじ開けるという選択肢もあった方がいい。多少壊れてしまうだろうが、少しくらいなら問題無いだろうか。

バールを手にし、ホールの真ん中に立つ。ざっと周りを見回してみると、左右に長い廊下、しかし右側の廊下は天井が崩れて通れなくなっている。左の廊下は平気そうだ。正面に10歩ほど歩いた先には黒い染みが付着した扉。

さて、どこから行こうか。

夢で見た少女に逢うのであれば、上に上がる必要がある。それなら、階段を探さなければならない。

そもそも逢えるかどうかもわからないが、それでもあの場所へ行く価値はあるだろう。

試しに正面の扉を開けてみる。黒い染みを踏んだ時、そこに何かのぬくもりがあるような気がして、嫌に寒気を覚えた。その先には途中で崩れた螺旋階段と廊下があった。このままでは上の階に行くのは不可能だろう。

しかし見取り図によると、ここ以外の階段は右側の廊下の先に1個と、この廊下の先の大階段しかないらしい。運が悪かったな。

とりあえずこの先の大階段を目指してみることにした。大きい階段なら、多少穴が開いていても人一人が通れる場所くらいならあるだろう。

懐中電灯の小さな灯りを頼りに廊下を歩く。埃っぽい空気に何度か咳き込む、しかし足は止めなかった。そして歩いている最中に色々と考える。そう言えばさっきまでほとんど何も考えていなかったな。

この屋敷には幽霊がいる。

そうだ、『幽霊がいる』。噂ではあったが、少し怖くなってきた。でも幽霊を見てみたいという好奇心の方が大きかった。そもそも見えるのだろうか。時々足音が増えているように感じた。恐怖や好奇心に踊らされた心が錯覚させているだけだ。そうやって、恐怖が大きくなるのを押さえ込んだ。

後ろを振り返ってみると、宙に舞った埃が懐中電灯に照らされる。マスクを持ってきた方が良かったと、今更後悔した。

1分ほど歩いたところで、正面に大きな扉が姿を現した。ドアノブは木製で、少し腐っていたためちゃんと機能してくれるか不安だったが、若干つっかかりは感じたものの壊れてはいなかった。

扉を開けて中へ…入ろうとしたが、扉が少ししか開かない。きっと向こう側で何かが邪魔しているのだろう。わずかに開いた隙間に体を滑り込ませ、扉の向こう側へ回った。思った通り、瓦礫が扉の前を塞いでいた。なんとか動かせそうだったため、扉の前から退けておいた。

瓦礫を壁に寄せてから振り返ると、そこは豪華なエントランスだった。天井には埃をかぶってはいるものの、今もなお輝く金色のシャンデリアが不恰好な姿で吊り下げられていた。左右にはドアが二対、正面には大階段が見えた。予想通り所々に穴が開いていたが、上れないことは無さそうだ。

今にも落ちそうなシャンデリアの下を疑心暗鬼になりながら通り、大階段の前に立つ。そして足を掛け、一段ずつゆっくり上っていく。足元を照らす懐中電灯の灯りがとても心細く思えた。

なんとか踊り場までたどり着き、振り返ってみる。何段くらい上っただろう。足元が暗くよく見えないが、思ったよりも低かった。

振り返って、階段に足をかける。

その時だった。上の階から「ガタン」と言う音が響いた。

急なことに驚き、その場で硬直してしまう。懐中電灯の明かりを頼りに音の正体を確認しようとしたが、何も分からなかった。

自らの早まる鼓動を感じ、ぐっと恐怖をこらえながら階段をゆっくりと上っていく。一段一段を踏みしめる度に不安は大きくなっていく。

そして、やっとの思いで上の階に到着した。額から冷や汗が垂れ頬を伝う。

床には埃まみれになり輝きを失った金属製の額縁が落ちていた。その付近で埃が舞い上がっていたため、おそらく先ほどの音はこの額縁が落ちた音だろう。

落ちた理由については深く考えないことにした。今は、少しでもネガティヴな気分になるのを避けたかった。

大階段の正面には大きな扉。左右は小さな扉が数個設置されている。まずは正面だ。

正面の扉を押してみる。しかし中々動いてくれなかった。仕方なくバールを用いてこじ開けると、扉は「ギギギ」と言う音を立て、ゆっくりと動いた。

扉の奥には横に大きな幅を持った豪華な廊下が待ち構えていた。その広さゆえに、どうも落ち着けない。天井にぶら下がった照明達を懐中電灯で照らしても、少しも光を反射せず本来の役目を果たせるようには到底思えなかった。

廊下の中央に敷かれた絨毯にも玄関ホールで見たような黒い染みが見られた。玄関ホールのものとは違って細く、そして長く続いていた。

この染みの先に、あの女の子がいる。

そう思った。ただの当てのない推理だったのに、なぜだか絶対にそうだと頭の中では思い込んでいた。

黒い染みをたどって行く。良からぬ場所へ向かっているのは明らかだった。

染みは段々濃く太くなっていった。そして、その染みは1つの扉をくぐって消えていた。この先で、1人死んだのだ。そして、きっと夢で見たあの女の子が…

ゆっくりドアノブを捻る。緊張で胸が張り裂けそうなほど、心臓が速く、そして強く拍動を繰り返していた。

扉の先には、女の子がよく遊ぶおもちゃが数個見られ、人形が4体ほど並んで座らされている。壁紙もカーテンも、可愛らしいものだ。私が小さかった頃の部屋によく似ている。部屋の隅に置かれたクマのぬいぐるみには、黒い染みが点々と付着している。部屋に置かれたベッドは荒れ、近くに置いてある小さな棚は倒れて蜘蛛の巣に包まれている。

部屋の中に足を踏み入れると、確かに空気が変わるのを感じた。先ほどよりも暖かい。いや、生ぬるい。その感覚に背筋が凍り、体が震え上がった。

殺伐とした部屋を横切り、窓の前に立つ。そしてカーテンを開けると、その先からは月が見えた。月明かりで体がぼうっと映し出される。そこから見える景色は、いつも自分が暮らしている世界と違う世界であるかのように思えた。

不意に、背後に誰かの気配を感じた。ただの考えすぎだと自分を抑え込もうとしたが、振り返った直後目に飛び込んだ光景に思わず息を飲む。

人形の髪が揺れている。しかも1つだけ。隙間風があの辺りに吹いているならば、ほかの人形も同じように揺れていなければおかしいはずだろう。つまり…あそこには…

いる。確かに今目の前にいるのだ。探していた少女が。

心臓がさらに速く、そして強く拍動を繰り返す。考えすぎだったかもしれない。しかし…

まるで私が考えていることを読めているかのように、人形がふわりと倒れた。そして、その人形の真上のあたりの壁紙がビリビリと音を立て引き裂ける。恐怖でその場に座り込んでしまう。呼吸を整えるのに必死になっていると、破れた壁紙は壁に小さく文字が浮かび上がらせていた。

『こわい』

『こわい』

『こわい』

同じ文字の羅列がひたすらに繰り返される。

こわい…怖い?

私が怖いのだろうか。それとも…

私が手にしているこのバール?これが今目の前にいるであろう幽霊を殺めた道具なのだろうか。

ハッとしてバールに視線を落とす。先端には赤黒いものが付着している。ドンピシャだ。

急に手に持つそれが恐ろしくなり、その場に落とす。鈍い音を立てて床に転がったそれは、首を項垂れた怪物のようにも見えなくもなかった。

落ち着け。正常な判断を失えば何もできない。充分すぎるほどわかっていた。だがもはや遅かった。

震える脚は右へ左へ、不安定な動きでバタバタと動いた。前に進むことすら怪しい歩みであったが、気が付いた時には部屋の外に飛び出していた。ひんやりとした空気が頬を撫で髪を浮かせる。髪を幽霊に引っ張られたような気がして、悲鳴を上げる。ドアの反対側の壁にもたれかかり、肩を上下させて大きく呼吸する。喉が痛い。

不意に足音が聞こえる。しかも明らかに人一人分のものでは無かった。2人、いや3人、いや4人…正確な数は分からないが、とにかくたくさんの足音が聞こえてきた。段々大きくなる。震える手で、音がする方へと懐中電灯を向けると、そこには舞い上がった埃のみ。誰の姿も見えない。しかし、足音は着実に近づいていた。もうすぐそこに感じるほどまで。

足音は私の目の前で止まった。その瞬間、心臓が飛び出しそうなほど強く跳ね上がった。

寒い。しかし汗は止まらない。たまらずに顔を覆う。

頭上から壁を叩く音がする。明らかに威圧的だ。そこからは嫌な念しか感じられない。怖くて体が言うことを聞いてくれず、全く動くことができない。

——しばらくすると、叩く音も止み、再び別世界のような静寂が訪れる。恐る恐る目を開け、ゆっくりと上を見上げる。

…そこには、無数の手のひらが付いていた。全てが赤黒い。

短い悲鳴を漏らし、その場から飛び退く。

そして、離れた位置からその手形が目に入ってしまう。

ただ適当に叩いていたわけではなかったらしい。

手形は訴えていた。

——こわい 助けて 出て行け 憎い 呪う 苦しい 助けて こわい 怖い 助けて助けて助けて助けて助けて助けて——

それを目にした途端、正常な判断を完全に失った。

悲鳴を上げながら廊下をひた走る。どれくらいの速さで走っていたかは分からないが、すぐに階段が現れた。

階段を転げ落ちるように降り、正面の扉を押し開ける。その先もまた走り、玄関ホールへと飛び出した。開いたままになった玄関の隙間に飛び込んだ。服の裾がささくれた玄関に引っかかったのか、前のめりに倒れこむ。構わず立ち上がり、その屋敷が見えなくなるくらいまでひた走った。


——その後、私は無事家に着くことができたが、どうしても眠れずにいた。いや、正確には眠りたくなかった。体は睡眠を欲していたが、夢でまた何かを見てしまうのではないか、あの戦慄の体験をまたしてしまうのではないか、そう思ってしまい、目を閉じることすら恐ろしい。仕事もまともに手がつけられず、人との会話も上手くできなかった。

あの屋敷での体験が、私を壊してしまった。あの噂話を聞くだけで、背筋が凍り鳥肌が立つ。こんな思いはもうしたくない。

そう思い、私はマンションの屋上から身を投げた。死ぬことは怖かった。でも、あの屋敷に怯え続けるのなら、こちらの方が、まだ気が楽だった。

ホラーものの書き方分かんない

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