8話 高崎
魔物の襲撃もなく、一時間ほどで高崎に到着した。すれ違う人達も時々いたが、普段の街道からすると少ないという話だった。
「ここが高崎なのね」
街を眺め呟いた。街は市壁で囲まれていて、門から街に入るようになっている。門の衛兵に通行料を払い街の中に入る。
「通行料払ってもらって良かったの?」
「ええ、これも報酬の一部ということで」
「それなら良いけど」
秋津さんに通行料を払ってもらい、僕達は秋津さんの家に向かった。中心部に向かって、道なりに進む。中央に向かうにつれ、商店とビルが増えていく。ビルは精々三~四階建てものばかりだ。
街に活気はあるものの、街全体的に人がいないように思える。まあ、僕が居た世界と比べてなんだけど。
他に気になる点として、住民のことがある。それは、住民が人間ばかりじゃないということだ。ファンタジー世界の住人の様に、長耳だったり、獣耳だったりして見ていて飽きない。
『色んな種族が居るんだね』
『見たこと無いの? 別に珍しくないんだけど』
『人間しか居なかったしね』
美奈と会話をしていると、道路の先に広場が見えてきた。多分、あれが街の中心地点だろう。
「そろそろ着きますよ。右側の角の建物です」
秋津さんが言った方向を見ると、三階建てのビルがある。雰囲気は量販店に近い。
「ねえ、もしかして、あれ全部秋津さん家の物なの?」
「ええ。あれは店舗になりますね。倉庫と住宅は裏にありますよ」
他の店舗に比べてかなり大きいけど。秋津さん、実はお嬢様なのだろうか?
八尋を様子をみると、僕と同じように驚いているようだ。ぼーっと眺めている内に店舗前で停車した。
「あちらから裏に回って下さい」
秋津さんが指差す方向を見ると、一階右端部分から裏に抜けれるようになっていた。
店舗の裏側に抜け、駐車場に馬車を停めると、秋津さんは店舗内に入っていく。
あまりの広さに周囲を観察してみる。駐車場の側に大きな建物がある。馬車が入れそうな入り口があるし、多分、倉庫だろう。駐車場を挟んだところに、塀に囲まれた庭付きの日本家屋があった。かなりの豪邸だ
『広い家だね。美奈の家とどっちが広いの?』
『広さだけなら家ね。でも、家は庭と道場が広いだけだし、お金はそんなに無いわよ』
八尋を入れた三人で豪邸を眺めていると、秋津さんが戻ってきた。秋津さんの後ろには、恰幅のいい中年の男性が立っている。
「美奈さん、八尋さん、お待たせしました。父がどうしても挨拶したいと言いまして。こちらが父の『元春』です」
「美奈さん、八尋さん、はじめまして。『天海 元春(あまみ もとはる)』と申します。この度は娘の命を救っていただき有難うございます」
元春さんは深々と頭を下げる。僕は人からこんなに感謝された経験がないので、戸惑ってしまった。
「あ、頭を上げてください。偶々通りがかっただけですから」
「いいえ! 儂の気が済むまで頭は上げませんぞ!」
「すみません。父は融通がきかない人なので……」
秋津さんが申し訳無さそうにしている。
『頑固な人みたいね』
美奈がそんな感想を漏らす。僕はどう対応しようか困ってしまい、視線を彷徨わせると八尋と目が合った。八尋が頷く。
「元春のおっちゃんの気持ちは分かったから、もう頭を上げなよ。美奈が困ってるよ」
「へ!? ああ、これは申し訳ありませんな。娘のことになると、つい……」
元春さんが頭を上げて謝罪する。
機転を利かせた八尋の対応に、僕は笑顔で八尋の肩をポンポン叩く。
コホンと、咳払いをし元春さんが改めて挨拶をした。
「では改めまして、儂は『天海屋』社長「天海 元春」。どうぞ、よろしく」
元春さんが握手を求めてきたので、握り返し挨拶を交わす。八尋も同じように挨拶した。
「美奈さん達は、これからどうされるのかな?」
「遺体を見届けた後は、街を観光しながら宿を探そうと思います」
「ほう。それなら、ぜひ家に泊まって行きなさい。まだ十分なお礼もしていないのでな」
「まだ報酬も支払っていませんし、ぜひ泊まっていってください!」
二人から言われては無下には出来ない。
「断る理由も無いことですし、お言葉に甘えさせていただきます」
「では夕方家を訪ねて来なさい。家は彼処だよ」
元春さんが指差した先を見ると、例の豪邸があった。
遺体を荷台から下ろし見届けた後は、街を見て回る事にした。今、僕の目の前には冒険者組合のビルがある。組合は『天海屋』よりも一階分高い。おそらく高崎で一番の高さだと思う。八尋と一緒に組合を見上げていた。
「中に入らないんですか?」
秋津さんが微笑みながら聞いてくる。秋津さんは組合に用があるらしい。きっと街道の件の報告だろう。
「は、入るわ。ほら八尋、ぼーっと見上げてないで行くわよ」
「美奈も見上げてたよね?」
八尋、一言多い。
中に入ると正面の壁に掲示板があり、近寄って見てみると色々な依頼が書いてあった。《緑小鬼》退治、薬草採取等、多種多様に書いてある。
『これが〈冒険者依頼〉なの?』
『あら? 良く知ってたわね。私も詳しくは知らないけど、そうみたいね』
これがファンタジー物の定番〈冒険者依頼〉かとちょっと感動した。
「美奈さん、私は用事を済ませてきますね。私の事は気にせず色々見て回ってください」
秋津さんはそう言って、自分の用事を済ませに行ってしまった。
「これからどうしようか?」
「さあ? オイラも詳しくは分からないんだけど、とりあえず依頼を受けたいなら、そこの受付に聞けば良いと思うよ」
入口の近くにテーブルが在り、総合受付という表示のプレートが乗っている。そこには職員と思われる男性が座っていた。なんか役所みたいだな、と思いながら男性に聞いてみることにする。
「こんにちは。ちょっと色々聞きたいのですが良いですか?」
「はい、こんにちは。何でも聞いてください。組合の利用は初めてですか?」
受付の人はニッコリ微笑んで対応してくれた。
「ええ。ちょっと分からなくて……。掲示板の依頼は誰でも受けられるんですか?」
「組合を通しての組合依頼は組合員のみ、組合を通さない個人依頼は誰でも受けられます。組合依頼は通常依頼と緊急依頼があり、緊急依頼の場合は誰でも受けられる時もありますね」
「へぇ~ そうなんですね」
という事は、組合員でない僕達が受けられるのは、個人依頼のみという事になる。受けられる依頼が少ないのは困るな、と胸の前で腕を組み考える。
「但し、組合依頼は他の支所でも報告できますが、個人依頼は依頼主に報告して下さい。個人依頼は何かトラブルがあっても、自己責任となっています」
「分かりました。ありがとうございます。あと、冒険者の登録ってすぐに出来ますか?」
「簡単な討伐試験があるので、半日は必要ですね。登録するなら受付は右側です」
結構時間がかかるのか、半日も掛かるなら今からは無理だな。残念ながら今日は諦めることにした。
『登録しないの?』
『時間的に無理でしょ。それに、東京で登録しても変わらないと思うよ』
『それもそうね』
美奈も納得してくれたようだ。早速、断りを入れよう。
「時間が掛かるなら今日は止めておきます」
「そうですか。それでは、組合内の施設については、あちらの案内板をご覧ください」
「色々とありがとうございました」
受付の人にお礼を言い、掲示板の横の案内板を見る。組合の内部は右側に上から冒険者登録、依頼受付、依頼報告とあり、左側に上から金融業務、買取所、休憩所となっている。
金融業務と言ったら銀行だよな。組合にそんなものがあったの? と首を傾げていると背後から声がかかった。
「美奈さん、なにかお困りですか?」
振り返ると秋津さんが居た。
ふと見ると八尋はいつの間に移動したのか、掲示板の前で貼りだされている依頼を見ている。
「いえ、金融業務って何なんだろう? と思ってただけよ」
「ああ、美奈さんは使ったこと無いんですね。組合にお金を預けるとカードだけで買い物ができるんです。私のは商工カードですが、美奈さんだと冒険者カードでしょうか」
何それ!? クレカみたいなものか、すごく便利そうなんだけど。
『美奈知ってた?』
『私が知ってる訳無いでしょ』
『だよね~』
美奈にも聞いてみたが、案の定知らなかった。
「冒険者登録してないから、知らなかったわ」
「あら、そうだったんですね。それなら、知らなくても仕様がありませんね。冒険者カードには、便利な機能が付いているみたいですから、早めに登録しておいたほうが良いと思いますよ」
他にも便利機能があるのか、冒険者カードに興味が出てきた。ただ、今日は無理だからまた後日だな。
「今日は時間的に無理だったのよ。それより、秋津さんの用事は済んだの?」
「はい、私の方は済みました。聞いたところによると、他にも街道で魔物に襲われた方がいたみたいです」
「やっぱりそうなのね。じゃあ、街道では魔物に気を付けたほうが良いって事ね……」
悪い情報に気分が落ち込む。秋津さんも苦笑していた。
気分転換に街でも観光してみるかな。
「私の方も用は済んだし出ましょうか」
「それでは、私が街を案内しますね」
「ありがと。八尋、そろそろ出るわよ」
掲示板を見ている八尋に声をかける。
「うん。分かった」
三人で組合の外に出た。八尋が何を見ていたのか気になったので聞いてみる。
「何か良い依頼あったの?」
「緊急依頼があったよ」
「緊急依頼? どんな依頼なの?」
緊急依頼と聞き興味が湧いた。
「魔物増加の原因究明だったかな。誰でも受けられたけど、時間掛かりそうな依頼だからね」
「それじゃあダメね。まあ、とりあえず今日は観光しましょう」
そうそう都合の良い依頼は無いらしい。
秋津さんに案内をしてもらい、街を色々見て回ることにした。