7話 取り替え子
「じゃあ、さっと出発の準備を終わらせましょうか」
馬を繋ごうとすると、八尋が提案してきた。
「《山犬》の素材を取りたいんだけど、運んでも良いかな」
「ん? ここで剥ぎ取ってはダメなの?」
「剥ぎ取った残りを、街道に置いて行きたくないんだよ。肉を食べに別の魔物が来るかもしれないしね」
美奈に聞くと、魔物の肉は普通の動物より美味いらしい。魔物が増えている今の街道では、魔物が集まってくる可能性が高いから、何処かに捨てに行ったほうがいいと言っていた。
「そうなると、何処かに持っていかないとダメね」
「それなら、街道を少し外れたところに川もありますし、そこ迄運びましょう。お昼も近いことですし、ついでに休憩にしましょうか」
「うん、そうしてもらえると助かるよ」
「良いの? 早く高崎に行きたいんじゃないの?」
「馬車なら一時間ほどで着きますから大丈夫ですよ。それに、《山犬》の死体も何処かに捨てないといけませんしね」
「そういうことなら、早く移動しましょうか」
僕達は素早く馬を繋ぎ終え、《山犬》の死体を馬の背に載せる。流石に遺体と一緒に荷台に載せるのは憚られた。
街道から少し外れると五分位で川原に着く。《山犬》川の近くまで運び、八尋が剥ぎ取りを開始する。僕は血塗れになって気持ち悪かったので、ついでに身体を川で洗っておくことにした。
『脱がないでよ』
『分かってるって。拭くだけだよ』
美奈に釘を差されてしまった。最初から脱ぐ気はなかったんだけどな。身体を洗ってさっぱりしたところで、秋津さんと食事をとった。八尋は剥ぎ取りが終わるまで食べられない。八尋には心の中で謝っておく。
昼食を食べ終えても剥ぎ取りは終わって無かった。やけに時間が掛かるなと思いながら、秋津さんと会話でもしながら待つことにした。情報収集も兼ねての事で、決して秋津さんが美人だからとか、やましい気持ちはない。
「秋津さんは商人なんでしょ? どんなことしてるの?」
「私の家は店舗での販売と行商ですね。私は「東京」から「諏訪」までの間で行商しています」
「儲かるの?」
「今は「魔石」と魔物素材の需要が高いので、そこそこといったところですね」
「そこそこなんだ」
「ええ、そこそこです」
秋津さんは微笑みながら答える。まあ、儲かっていても言わないだろうとは思うけど。単純に考えると、儲けが出ないと行商とかやらないか、今日みたいな危険なこともあるしな。
それから、「魔石」について美奈に聞いてみた。魔物から取れる素材で、色々な道具に使われているようだ。話からすると電池みたいな物だろう。
「そっか。後は東京がどんなところか教えて欲しんだけど」
「賑やかの街ですよ。人と物が溢れています。それから、「魔道具」と素材加工品の種類が豊富なので、何でも揃って便利ですね。最近は開発が盛んで素材不足になっているので、素材が高く売れますよ」
「それなら、冒険者になればお金に困ることは無さそうね」
「そうですね。贅沢しなければ生活出来るみたいです。でも、いつ命を落とすか分からない、危険な職業ですから……」
亡くなった二人の事を思い出したのか、秋津さんの表情が暗くなる。しまった、と思ったがもう遅かった。何か話題を変えなくては。
「ねえ、秋津さんて行商してるから、色んな情報知ってそうだよね」
「ええ、商人にとって情報は命ですね」
「それじゃあ、急に性格が変わったりした人っていなかったかな?」
「性格ですか?」
「そう。頭打ったりして気絶しちゃった後とかにね」
「う~ん? そういえば、そんな人がいたと聞いたような……」
「!?」
話題を変えるため適当に聞いた事で、思わぬ情報が手に入りそうだ。『やるじゃない』と美奈にお褒めの言葉をもらった。
「何とか思い出して、重要な事なの」
「…………!! 思い出しました。確かそんな人たちのことを、【取り替え子】といったと思います。何でも性格が全く変わり、訳が分からないことを言い始めるとか」
「【取り替え子】……」
恐らく美奈との事も【取り替え子】の可能性が高い。原因は分かった。後はどうやって元に戻るかだ。
「それって、元に戻ったりしないの?」
「すみません。そこまでは分かりません。私が知ってることはそれくらいですね」
「そうなんだ……」
明らかに落ち込んだ表情の僕を見て、秋津さんは困っている様に見えた。しかし、直ぐに何かを思いついたのか表情が晴れる。
「あ、でも東京の冒険者組合に書庫があって、そこでなら何か分かるかもしれませんよ。色々と希少な文献もあるみたいですしね」
「え! 本当? そうなんだ、秋津さん良い情報ありがとう。大好きよ」
重要な情報が得られたことに、嬉しくて思わず秋津さんに抱きついた。突然の事に、秋津さんも驚いている。抱きついた秋津さんの身体はすごく柔らかく、ずっと抱きしめていたい気分になる。
『コラコラコラ~ッ! 人の身体で何やってのよ! 早く離れなさい!』
『えー、柔らかくて気持ちいいから離れたくない』
『秋津さんも困っているでしょ。早く離れて。それとも、また地獄を味わいたいのかしら?』
名残惜しいが美奈が恐ろしいので離れることにした。秋津さんも困っているみたいだし、しょうがないか。
「秋津さん、ごめんなさい。つい嬉しくて、抱きしめてしまって」
「え、いや、そんなに気にしなくても良いですよ」
「それなら良かった」
秋津さんから離れたけど、美奈はまだ機嫌が悪い。しばらく、そっとしておいた方が良い気がした。
それにしても、秋津さんの胸が豊満だった事に驚いた。ゆったりとした服で分からなかったが、かなり大きいんじゃないだろうか。気になって、ついじっと見つめてしまう。
「あの……」
流石に見つめているのに気付かれたようだ。
「あ……。その、大きかったから気になって。ごめんなさい」
「いえ、気にしていませんから」
苦笑した表情から気を遣って言ったのが、すぐ分かった。
秋津さん、これから気を付けます。でも、つい目が行っちゃうのは勘弁して下さい。
『はぁ、呆れたわ』
『いや、自然と目が行くのはしょうがないよ』
『ふーん』
蔑みの目で見られたような気がするが、気にしたら負けだろう。
この変な空気を払拭するため、秋津さんに話題を振った。
「八尋はもう終わったかしら?」
「ええ、そろそろ終わったみたいですよ」
八尋の様子を見ると、ちょうど毛皮の剥ぎ取りが終わったようだ。
「終わったの?」
八尋の側まで行き尋ねる。
「あ、美奈。やっと終わったよ。ほら見てよ、こんなに良い物が取れたんだ」
八尋が自慢げに見せてくる。毛皮は頭の先から尻尾まで繋がっているのでかなり大きく、白毛が美しい。
「へぇー、良い毛皮じゃない。売るのが勿体無いくらいね」
初めての獲物だったので、思わず口に出していた。
「それなら、売らずに加工しても良いかもね」
「じゃあ、毛皮は売らずに加工ね。他に何か取れたの?」
「後は牙と爪、それから「魔石」かな」
魔石は黒い石の様なものだった。あれが魔石なのか。
「野外の魔物は欠片が多いと聞きますけど、魔石が取れたのですか?」
「取れたよ。強い魔物から取れる事もあるから、欠片ばかりって事もないんだけどね」
八尋が秋津さんの問いに答えていた。
しかし、話を聞いても分からない事がある。困ったときは美奈に聞こう。
『魔石って珍しいの?』
『そこそこだと思うわ。魔物から取れるのは欠片が多いし、魔石が出たら運が良いって感じね。欠片は使い道が無いから、組合で売るしか無いけどね』
『なるほどね』
疑問が解消したところで、そろそろ出発しないと。
「剥ぎ取りも終わったみたいだし、出発しましょうか」
「え~と、オイラまだお昼食べてないんだけど……」
「しょうがないわね。御者はやってあげるわよ」
「それは、行きながら食べろってことだね……」
剥ぎ取りで時間がかかってることだし、そのくらいは八尋に我慢してもらおう。
一路高崎へ向けて出発した。