54話 《迷宮》突入
途中、板橋を通りぬけ《迷宮》へと急ぐ。この早馬型、通常のものより倍の速度は出ている。
「速いわね。いつもこのくらい速ければ、移動も楽なのに」
「値段も高いですし、どうでしょうか? 後、この早馬型、長距離移動には向かないみたいですよ」
「あれ? そうなんだ。確かに、速い分燃費悪そうね」
一長一短という事か。長距離移動できないとメリットもかなり減るし、コスト面との兼ね合いが大事だろうな。
三っちゃんによると、《迷宮》まで後半分との事。御者は八尋に任せてあるし、移動の時間を使って、これから行く《迷宮》のことでも聞いておこう。
「ねえ、三っちゃん。これから行く《迷宮》ってどんな所なの?」
「これから行くところは、『人形達の館』と呼ばれているのだ。名前の通り色んな「人形」が一杯いるのだ」
「へぇ~、凄そうなところね。いるのは人形だけ?」
「他には《粘液生物》と《悪魔彫像》なんかがいるのだ」
「そっか。《粘液生物》がいるなら、《火属性付与》を掛けておこうか?」
「おー、それだとだいぶ楽になるのだ。人形と《悪魔彫像》にも有効なのだ」
そういう事だと、《火属性付与》を掛け続けた方が良いのか。効果時間が三十分程だから、三人に掛けるとかなりキツイような気がする。最悪、気絶する可能性も。
「じゃあ《迷宮》に着いたら掛けるわね。八尋は必要だったら火札を使って」
「りょーかい。でも、魔法掛けるのキツイんじゃない?」
「八尋次第ね。まあ、なんとかなるでしょ」
《迷宮》については大体分かったし、後は依頼の内容でも聞いておこう。
「ねえ、三っちゃん。依頼内容は《迷宮》の攻略よね。詳しく聞いても良い?」
「おー、そっか。簡単に言うと、十階層にいる《迷宮主》を倒せばいいのだ」
「それだけでいいの?」
「うん。でも、この《迷宮》、消滅させたらダメなのだ。初心者用に残しておくらしいのだ」
「なるほどね」
訓練用に残しておくということなんだろう。という事は、攻略もそれほど難しくないのか。少し気が楽になった。
『攻略が簡単だからって油断しないでよ』
『分かってるって。初めての《迷宮》だし、気を付けるよ』
油断したら痛い目を見るのは、今までのことで十分経験したしね。
しばらくの間、美奈とそんな話をしていると、正面に見上げるような大樹が見えてきた。
「おー、《迷宮》が見えてきたのだ」
「あれが、《迷宮》……」
《迷宮》って言ったら地下にあるイメージだけど、あの大樹がそうらしい。
大樹の根本で馬車が止まった。大樹には人が余裕で入れる程のうろがある。うろの前には、幾何学模様が刻まれた二本の石柱が立っていた。何か結界っぽい雰囲気がある。
「あれは、結界か何かなの?」
「うん。魔物が外に出てこれないようにしてあるのだ」
「やっぱり、そうなんだ」
魔物が出て来るから、対策しないといけないのか。消滅させれば、しなくていいんだろうけど。
「じゃあ準備ができたら、《迷宮》に入るのだ。何が起こるか分からないから、油断しないようになのだ」
「「「はい!」」」
入り口であるうろは、真っ黒い闇になっていて、中が全く見えない。三っちゃんを先頭に、真っ黒な闇の中に踏み入った。闇を抜けると広い通路に出る。通路は人工物の様で、大樹の中とは思えない。
「此処、本当に大樹の中?」
「うん。《迷宮》の中は別空間になってるらしいのだ。だから、外見とは全然違うのだ」
「へぇ~、そういう事なのね」
「よ~し隊列を整えて、早速、奥に進むのだ。秋ちゃんには、地図を渡しておくのだ」
秋が一番有効に使ってくれそうだし、僕もそうする。
隊列を整え、通路を奥へ奥へと進んでいく。隊列は、八尋と三っちゃんを先頭に、秋と続き、僕が殿を務めた。
この《迷宮》、何故か明るいので、ランタンが要らない。その分はあの地下街跡よりも楽だ。見通しも良いので、目の前にいる何かにすぐ気付いた。
骨だけの魔物が二体、こちらに向かって来る。
「ん? 骸骨かな?」
八尋が呟く。見た目は剣と盾を装備した骸骨だ。僕もそう思った。
「骸骨はいないはずなのだ。きっと、《骨人形》なのだ」
言われて見ると、人骨じゃない魔物の骨か何かが、材料になっている。
『へぇ~、あんなのもいるのね』
『呑気だね』
『私は見ているだけだしね。それに、あのくらい余裕でしょ』
『まあね』
《骨人形》と接敵する前に、八尋と交代する。二人分の《火属性付与》掛け、三っちゃんと二人揃って突撃した。
ブォン! と唸る戦鎚の一撃が、《骨人形》を粉砕。三っちゃんの活躍に、こちらも負けていられない。上段から振るわれた剣を躱し、胴への一撃で上下に分断した。
初心者用の《迷宮》だけあって、あっさり蹴散らすことが出来た。
「魔法、掛けなくても良かったわね」
「まだ、《迷宮》に入ったばかりだし、これから必要になるでしょ」
「そうそう、これからなのだ」
二人からフォローされ、それもそうか、と思った。あまり、細かい事を気にしてもしょうがない。節約する必要はあるけどね。
「私は何もしなくて良いんでしょうか?」
「うん。まだ、浅い階層だから大丈夫なのだ」
「今のところ、二人で十分だしね。八尋だって、戦闘中は暇そうにしてるから大丈夫よ」
「言われてみれば、そうですね」
秋はクスクスと笑い出した。それを見た八尋は不満気だ。
「オイラ、ちゃんとやる事は、やってるんだけど」
「分かってるってば。八尋が探索してくれて、助かってるんだからね」
「うんうん。八尋がいないと凄く困るのだ」
「ええ。困ります」
「そうかな」
八尋に頑張ってもらわないと困るから、御機嫌を取ってみたけど、チョロすぎる。不満気だったのが、もうニヤけてる。
『八尋ってこんなにチョロかったのね』
『男だったら、しょうがないかも』
男として分からなくはないので、一応フォローしといた。
八尋の機嫌も良くなったことだし、先を急ごう。時間も無いから、あまりゆっくりしてもいられない。
「先を急ぎましょうか」
三人が頷き、再び最下層を目指し進み出した。




