52話 書庫
討伐依頼の報告を終え、用事を済ませるため各自別れる。秋は鍛錬場、三っちゃんはランクが上ったので掲示板、僕と八尋は書庫に向かった。用事が終わったら休憩所で一緒にお昼を取ることになっている。
階段を上がり書庫に入ると、広い部屋の中に沢山の本棚と、大量の本が置かれていた。
「何処から探して良いのか、さっぱりだわ」
「う~ん……。無理だね」
この大量の本の中から、特定の情報を探すなんて見ただけで無理だと分かる。途方に暮れていると何処からともなく声がした。
「ほほう。お前さん達、何を探しに書庫に来たんじゃ?」
声のした方をよく見ると、本に隠れてカウンターテーブルがあり、その奥に老人が座っていた。
「こんにちは。ちょっと調べに来たんですけど、何処を探していいのか分からなくて……」
「書庫に来たのは始めてじゃな。まあ、分からんのも無理は無いじゃろう」
「やっぱり……。あの貴方は一体?」
「わしゃ此処の管理を任されておる、『田之上 久延(たのうえ ひさのぶ)』という者じゃ。分からんことがあったら何でも聞くとええ」
当たり前のことながら管理人がいたらしい。管理人無しにこんな大量の本の中から目的のものを探せないし、当然といえば当然か。
「それじゃあ、遠慮無く聞きますね。【取り替え子】について書いてある本がありませんか?」
「ほうほう。【取り替え子】じゃな。さて、何処にあったかのう」
久延さんはしばらく考え込んでいたが、突然ポンと手を叩いた。
「おお、そうじゃ思い出したぞい。今、案内させるから待つんじゃ。おーいキキ、こっちに来て案内を頼むぞい」
久延さんが呼ぶと、メイド服を着た小柄の少女が現れた。
「お呼びでしょうかご主人様」
「この子達の案内を頼むぞい。場所は――」
久延さんはキキと呼んだ少女に、よく分からない単語を教えていた。多分場所を表しているのだろう。
「それではご案内いたします」
キキは一見すると普通だが、何か不思議な雰囲気をした少女だった。
僕達はキキのあとについて書庫内を歩いていく。同じような本棚ばかりで、案内無しで本を探すのは絶対無理だと、改めて思った。
「こちらになります」
キキはとある場所まで来て立ち止まり、本棚から一冊の本を差し出してくる。本の題名は「医療大全」。確かに、この本なら【取り替え子】の記述もありそうだ。
「ありがとうございます」
お礼を言うとキキは「それでは失礼させて頂きます」と言って去っていった。
『これで【取り替え子】のことが分かるのね。早く調べて』
『分かってるよ。でも、そんなに期待しない方が良いかもしれないよ』
ペラペラとページをめくっていくと、【取り替え子】の記述があるページを見付けた。
記述してある【取り替え子】の概要は、記憶と人格が他人と入れ替わる現象という事と、治療法は無いという事だった。ただ、時間が経って治ったという症例もあったらしい。
予想通り大した情報は得られなかったが、時間が経てば治るかもという希望は持てた。
「ふーん、時間が経てば治るかもしれないんだ」
「そうみたいね。気の長い話だわ」
「美奈は何て言ってるの?」
「今は気落ちしてて、話し掛ける雰囲気じゃないわね」
治療法が無いということは、美奈にとってかなりショックな事だったようだ。僕の方は期待してなかった分ショックは少なかったけど。
これ以上【取り替え子】について調べても何も出てこないだろうし、一旦久延さんの所に戻ろう。本を本棚に戻し来た道を帰る。帰るだけなのに何か迷いそうだったが。
「【取り替え子】は調べたけど、もう少し他に調べたいことがあるから残るわね。八尋はどうする?」
「う~ん? 何か良い依頼が無いか、掲示板でも見てこようかな」
「そう。じゃあ休憩所で会いましょう」
八尋と別れ、再び久延さんに尋ねる。
「すみません、もう一つ聞きたいことがあって」
「何じゃ? どんなことでも聞いて良いぞい」
「百年前の災害について調べたいのですが」
「ほうほう。若い者があの災害について調べたいとはのう。さて、何処にあったかのう」
久延さんはまた同じ様に考え込んだ後、キキに案内を頼んだ。
キキに案内され一冊の本を受け取ると、本の題名は「黒の書」。うーん、見るからに怪しい。
『今度は何を調べてるの?』
『ん? ちょっと百年前の事をね』
美奈はショックから立ち直ったのか、僕が何を調べているのか興味があるらしい。
そういう事なら、早速「黒の書」を調べてみよう。
「黒の書」の中身は日記のようなものだった。前半部分には僕がよく知っている文明のことが書いてあり、後半部分には災害とそれ以降の様子が書いてある。あまりの悲惨さに途中で読むのを止めてしまおうかと思った。
「黒の書」を読んで分かった事は、やはり災害の原因は隕石ということだった。理由は分からないが隕石の落下時には、電子機器と通信網が駄目になり被害が拡大したらしい。被害は全世界に及ぶということだが、詳しいことは書いてなかった。
他に気になる記述は「世界樹」についてだ。隕石落下の数日後には出現したとの記述がある。「世界樹」の出現からしばらくして、身体に異変が現れたようだ。原因不明の異変に、身体の弱いものは耐えきれず死んでいったとある。
という事は、その生き残りが今の人類の祖先になるのだろう。魔物もその時期に出現し始めたらしい。
「黒の書」により、疑問に思っていた事が大体分かった。それにしても、世界規模の災害だったのには驚いた。こんな状況の日本に他国が攻めて来ていないようだし、どの国も似たような荒廃ぶりなんだろう。
一緒に「黒の書」を読んでいた美奈が質問してくる。
『……こんなことがあったなんて知らなかったわ。これ本当のことなの?』
『多分、本当だと思う。本の前半部分に間違いは無いし、後半も事実だろうね』
『そう……』
本の内容に大分衝撃を受けている様子だ。
学校では教えてくれないのだろうか?
まあ、この事実を教えたところでどうするのか、というのもあるか。
これ以上本を調べても何も無いだろうし、そろそろ休憩所に向かおう。
久延さんにお礼を言って、書庫を後にした。




