4話 街道にて
野営地から街道まで出るのに五分と掛からなかった。街道はコンクリート舗装されていて、水はけが良いように両側に畦がある。幅は二車線分といったところだ。
旅程から推察すると、この街道は旧中山道だと思う。ただ、街道の周りは一切建物が無く、草原と森林だらけなので確定は出来無い。美奈に聞いても『旧中山道ってなに?』と言ってたし。
とりあえず、方角すらさっぱり分からないので八尋について行く。歩いても歩いても、変わらない風景に段々飽きてきた。さっき八尋が気になることを言ってたし、暇だから美奈に聞いてみよう。
『ねえ、さっき八尋が家出したって言ってたけど、原因は何なの?』
『ん? 大した理由じゃないけど、結婚させられそうになったから、かな』
『え、それって大事でしょ、そんなんで良いの? でも、美奈って同い年だったよね』
『十六で結婚なんて珍しくはないけど、まあ、家は政略結婚みたいな感じだったから、逃げてきたのよ』
『へぇー、政略結婚か。それは逃げたくもなるね』
『まあね。父様が道場を大きくすることに熱心なのよ。私は今のままで良いと思うのだけどね。まあ、道場は弟に任せて、私は好きに生きるわ。付き合わせている八尋には悪いと思うけど』
美奈の話を聞いて、正直羨ましいと思った。僕は一人で生きていく自信もないし、きっと生きられない。自信に満ち溢れる美奈の姿は、僕には眩しく映る。まあ、透けているんだけど。
美奈は話は終わりとばかりに、離れていった。フワフワとあちこち見て回っている。歩いてる僕達と違い、疲れないだろうし羨ましい。
それにしても、代わり映えしない風景はどこまで続くのだろうか。あの近代的な街並みは何処へ行ってしまったのか。疑問ばかりが浮かぶ。
美奈達の目的は冒険者になることだと言っていた。そもそも、冒険者とは一体なんだろうか。冒険者という言葉は知っているけど、実際どんな職業なのかさっぱり分からない。美奈に聞いても『冒険者は冒険者よ。何言ってんの?』と言われるのがオチな気がする。八尋に聞いてみるか。隣を歩いている八尋に話しかける。
「冒険者になるって決めたのは良いんだけど、八尋は冒険者がどの位稼げるのか知ってる?」
「さあ? どの位かは分からないよ。でも、手っ取り早くお金を稼げるのは間違いないけどね」
「ふーん。やっぱり東京の方がお金を稼げるのかしら?」
「冒険者組合の規模が大きいから、そうなんじゃないかな。オイラも詳しくは知らないよ」
こっちの世界でも東京の方がお金を稼ぎやすいらしい。後は物価が安ければ良いんだけどな。そこは行ってみないと分からないところだろう。
「そういえば、冒険者ってすぐなれるものなの?」
「うん。地元の組合で聞いてきたけど、簡単な魔物退治の試験があるって言ってたよ。オイラ達なら大丈夫じゃないかな」
「八尋が言うなら大丈夫ね」
言葉ではそう言ったが、内心は不安でいっぱいだった。魔物なんて倒したことも無いし、まともに戦えるかも分からない。不安に駆られていると、頭の中に美奈の声が響く。
『何を不安に思ってるのか分からないけど、魔物なんて直ぐ倒せるようになるわよ。怪我でもされたら私も困るし、戦い方は教えてあげるわ』
『戦えるようになるのかな? 自信が持てないよ』
『渚はそうかもしれないけど、私の身体なのよ? 戦えない訳ないわ。そこは自信を持ちなさい』
言われてみると、特訓でも思った以上に動けていたし、戦えそうな気がしてきた。
『美奈、ありがとう。何か自信が湧いてきた』
『それは良かったわ。戦いなんて頭の中空っぽにしてれば、身体が勝手に動くものよ。私はそうだもの』
『いや、僕にはそんなこと無理だから。身体が勝手に動くってどんだけ鍛えてんの?』
『え? 普通動くでしょ』
普通、動かないと思うんだけどどうなんだろうか、そういう方面には詳しくないので良く分からない。
ふと見ると、八尋が僕を見つめていた。
「何か顔に付いてる?」
「ううん。急に黙っちゃたからさ、気になっただけ」
「? それなら良いけど」
八尋は複雑な表情をしていた。何かを言いたいが、我慢しているような、そんな顔だった。もしかすると、美奈じゃないと気付いているのかもしれない。バレるのも時間の問題か、何か良い言い訳を考えておかないといけないな。そんな事を考えながら八尋の話を聞いていた。
「思い出したんだけど、渡すものがあったんだ。はい、これ」
八尋が刃長六〇cm程の刀を渡してきたので思わず受け取る。不思議な雰囲気持った見覚えのある小太刀だった。
『この小太刀って……』
美奈が小太刀を見て反応した。この小太刀が何なのか直ぐ分かったようだ。
「家出をするときに、綾様から預かったんだ。美奈に渡してってね。家出のことはバレてたみたいだね。あと資金も渡された」
「そうなんだ」
美奈の様子を見ると、なにか思うところがあるのか、じっと小太刀を見つめている。やがて納得したように呟いた。
『そっか。家出の事はバレてたんだ。流石、母様だわ』
『そんなにすごい人なの?』
『言ってみれば完璧な人ね。何でも知ってて、私の自慢なの』
美奈の自慢か、どんな人なのか興味が湧いた。
記憶を探ると『十六夜 綾(いざよい あや)』について思い出す。文武両道で「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」を地で行く人みたいだ。美奈が自慢するのも分かる気がする。綾さんの血を引いてるから美奈は美人なのか、なるほど納得した。まあ、性格は似なかったみたいだけど。
『今、失礼なこと考えたでしょ?』
『!? いや、考えてないよ。それより、小太刀のことを聞きたいんだけど』
『ふーん、まあ良いわ。この小太刀、銘は「霧月」、家の護り刀よ。確か、水の加護があって火の効果が弱まったはず。母様から「霧月」を渡されたという事は、「しっかりやってきなさい」って事だと思うわ。八尋に他に何か言ってなかったか聞いてみて』
美奈に促され八尋に尋ねた。
「母様は他に何か言ってたの?」
「そうだね。「無茶はしないように」とか「あの娘のことよろしく」って、言われたよ」
「意外とあっさりしてるのね」
美奈を見ると『母様らしいわね』と言っていた。そういう人らしい。
しばらくの間、八尋と話していると、後ろから何か近付く音がする。振り返ってみると幌付きの馬車がこちらに向かってきていた。馬車が珍しくてぼーっと見ていたら、意外と近くまで来ていて慌てて街道の脇に避ける。
「馬車が通るんだ」
「そういえば、今日初めて見るね。もっと通っても良さそうな気もするけど」
八尋の言いぶりからすると、もっと多くの馬車が通るっぽい。何かあったのだろうか?
話している内に、馬車は僕達を通り過ぎようとしている。馬車は馬っぽい何かが引いていた。一目見て生物じゃないのは分かったので、何だろうかと思う。馬車の車輪には自動車のタイヤらしいものと、サスペンションが付いている。これだと揺れも少なく、乗り心地は良さそうな気がした。馬車に乗っていたのは御者台に二人、通り過ぎた後に荷台の方に黒髪の女性が座っているのが見えた。馬車はあっという間に見えなくなっている。
「やっぱり馬車は早いわね。借りたり出来ないの?」
歩くのも疲れるし、ちょっと乗ってみたい気もしたので八尋に聞いた。
「借りたりは出来ると思うけど、片道だとダメじゃないかな」
「それもそうね」
「後は東京に行く人に乗せてもらうかだけど、そう都合よく行かないしね」
結局、歩く方が確実だという事になった。
馬車が見えなくなってしばらくした後に、不意に八尋が呟く。
「なんか争う音が聞こえる。それと、風の中に血の匂いが混じってる」
「え?!」
「嫌な感じがする急ごう」
そう言って駆け出した。僕には何も聞こえないし、匂いもしない。
『急ぎなさい! 八尋を追いかけるのよ!』
美奈に言われ遅れて駆け出す。
駆け出して間もなく馬車が見えてくる。
誰かが何かと争っていて、もつれ合って倒れこんだと思ったら、
「うわぁ――――っ!!」
突然、絶望的な叫び声が街道に響き渡った。