44話 火浣布(かかんふ)
依頼の報告を終え、現在秋の家で夕食が出来上がるのを待っていた。狩ってきた《最速兎》は命さんに渡してある。命さんの料理の腕前はかなりのもので、どんな料理が出来上がるのか楽しみだ。
「秋、そろそろ装備を買いに行こうと思うのよ。武具店の事を詳しく教えてもらえる?」
「『大山武具店』の事ですね。少し話したと思いますが、品揃えは中々のものですよ。素材を持ち込めば、店主の『大山 和多志(おおやま わたじ)』さんが、加工賃だけで製作してくれますしね」
「秋の知り合いだし、腕は良いのよね」
「加工賃もそれなりにしますけど、腕は保証しますよ。それと、和多志さんの依頼を受ければ、加工賃は割引してもらえるみたいです」
加工賃思ったより高そうだな。十万で足りるだろうか?
足りなかったら依頼を受けて割引して貰おうかな。
そんな事を考えていると、美奈が思い出した事があるようだ。
『何処かで聞いたような名前と思ったら、初日に寄った値段の高いお店の事じゃないの?』
『あー、そうかも。よく覚えてたね』
品質が良くて値段が高かった記憶がある。お金が足りるかますます微妙になってきた。
「話を聞いていたら、心配になってきたわ」
「大丈夫だと思いますよ。どちらかと言うと〈火鼠の毛皮〉の方が、加工賃より高いはずですから、お金が足りない時は売却するのも手ですね」
「〈火鼠の毛皮〉が高いのは前にも聞いたわね。でも、そんなに高い物なの?」
「そうですね……。毛皮よりも、体毛から織って作った〈火浣布〉の方が価値があります」
「〈火浣布〉……?」
聞いたこともない素材に首を傾げる。
「火に燃えず、汚れても火に入れると真っ白になるという特別な布で、かなり貴重ですね」
「ああ、だから防具の素材に良いのね。因みに、秋だったらいくらで買い取るの?」
「そうですね……。貴重であまり市場に出ませんから、時価ということにしておきます」
「そうなんだ」
何か上手く誤魔化された気がする。まあ、加工して素材が余るか分からないし、別に良いか。余ったら考えよう。
「でも、〈火鼠の毛皮〉が余ったら買い取りますよ」
秋がニッコリと微笑んだ。
流石、商売人。
「考えておくわね」
曖昧に答えておく。
『大山武具店』は場所も分かっているし、明日の朝にでも行ってこようと思う。
そうこうしているうちに、部屋中に美味しい匂いが漂ってきた。
「皆様、夕食が出来ました。どうぞお召し上がり下さい」
命さんに促されテーブルに着いた。
《最速兎》の肉を焼いただけのものだが、洋辛子のソースと相まった美味しそうな匂いが食欲をそそる。
「「「いただきます」」」
食欲に負け早速一口頬張ると、噛むごとに肉汁が溢れる。肉汁とソースが絡みあう絶妙な味に黙々と食べる。皿の上の肉はあっという間に無くなり、サラダとスープも食して夕食を終えた。
「命さん、今日も美味しい料理ありがとうございました」
向かい側に座っている命さんにお礼を言う。ここのところ、四人一緒に同じテーブルで食事を取ることが多くなっている。
「いいえ、お礼を言われる程の事はしておりません。全ては食材のお陰です」
命さんは謙遜しているけど、食材だけではこうも美味しくはならないだろう。
「兎に角美味しかったです。ご馳走様でした」
夕食があまりにも美味しいので、また別の食材を取って来る事を決めた。やっぱり食事は大事だよね。ただ、そんな中美奈から睨みつけられ、目を合わせないようにするのに苦労したけど。
夕食を終え、リビングで紅茶を飲みながら歓談をする。
「ちょっと聞いてもいいかしら、〈最速兎の毛皮〉ってどのくらいで売れるの?」
食材にした《最速兎》から剥ぎ取った物があったので聞いてみた。
「そうですね……。一匹分で銀貨二枚で買い取りましょうか?」
「あら、意外と高いのね」
他の魔物素材はもっと安かったような気がする。何故だろうか?
「〈最速兎の毛皮〉で服を作ったりしますから、かなり需要がありますね。《最速兎》は食材にもなりますし、お金を稼ぐのにはいい魔物だと思いますよ。素早いので逃げられ易いという問題もありますけどね」
「なるほどね。ありがとう、良い話を聞いたわ」
今は少しでもお金が欲しいから、〈最速兎の毛皮〉は買い取ってもらおう。お金が足りない時は、《最速兎》を狩って稼ぐのも良いかもしれない。
「じゃあ、早速買い取って貰っても良い?」
「良いですよ」
道具箱から毛皮を取り出し、銀貨二枚を受け取る。受け取った毛皮を道具箱に入れていた秋が、何か思い出したのか話し掛けてきた。
「そうでした! 『大山武具店』に行くのなら、頼んでいた〈山犬の毛皮〉の加工品を受け取って来て下さい。お金は支払ってますから、私の名前を出せば受け取れますよ」
「分かったわ。ついでだしね」
「お願いします。では、私はお風呂に入って来ますね」
秋はお風呂のためリビングを出て行った。秋が入った後、僕、八尋の順で毎回お風呂に入っている。命さんはいつも最後になっていて、非常に申し訳無いと思う。でも、よく考えたら自分の家でお風呂に入れば済む話なんだけど、広いお風呂に慣れたら狭いのは無理っぽい。実際、自分の家では一回もお風呂に入ったことが無かった。
命さん、ごめんなさい。みんな広いお風呂が悪いんです。
そんなことを考えていたら、秋がお風呂から上がっていた。
「美奈、お風呂どうぞ」
「はーい」
とりあえず、何も考えずお風呂に入ってこよう。僕は広いお風呂場へ向かった。




