43話 死闘
冷た!!
液体が肌に染み入る感覚で目が覚める。一瞬気を失っていたらしい。目が覚めると頭からびしょ濡れになっていた。
「美奈しっかり! 今、回復させたから!」
八尋の手にポーションの容器が握られている。
火球の直撃の後にポーションで回復させたらしい。びしょ濡れになっているのはその所為だ。
「もう大丈夫よ! それよりあれは何?」
燃え盛る赤鼠について聞いた。
「燃えている姿で思い出した。あれは《火鼠》。火属性は無効化されるよ」
「そっか、《火弾》が裏目に出たってことね」
火属性が効かないとなると、あまり攻撃手段が残っていない。しかも、燃え盛る《火鼠》の熱で容易に近づけない。八尋の弩も致命傷には至らないだろう。万策尽きそうだ。
「熱いわね」
額に汗が滲む。狭い階段が熱を持ち始めていた。こうなると、狭い階段が逆に不利になる。
「階段から離れましょう」
「そうだね」
《火鼠》が階段を上るのに合わせ、同じ分だけ階段を上る。階段を上りきったところで再び火球が飛んで来る。間一髪広場に移動して躱し、目の前を通った火球が天井に当たった。天井に爆炎が巻き起こる。
『見物している場合じゃ無さそうね』
美奈が身体の中に入って来る。
『美奈、ありがとう』
『あんまり当てにしないこと。それより、あの火球を何とかしないとダメね』
何か無いかと頭をフル回転させる。ふと自分の身体を見ると、ある一点に視線が留まる。全身煤だらけのはずなのに、小太刀だけが綺麗なままだった。
【小太刀:霧月】母様から貰った護り刀。刀を納め、代わりに【霧月】を抜く。抜いた瞬間周りの温度が下がった気がした。
『【霧月】! これならいけるわ!』
「八尋! 近付くから援護して!」
【霧月】を翳して八尋に指示する。意図を汲んだ八尋は短く答える。
「了解!」
《火属性抵抗》を使用して、階段を上って来る《火鼠》を待ち構える。上りきった《火鼠》の姿を確認すると、脱兎の如き勢いで接近。火球を放とうと口を開けた瞬間、《火鼠》の口の中に矢が命中した。かすり傷程度だったが火球を中断させる。その隙に一気に間合いを詰めた。《火属性抵抗》と【霧月】の効果で何とか近寄れる。
近付くと《火鼠》の異様さがよく分かる。見上げる程の高さと、《巨大溝鼠》を二回り程大きくした体躯、それから腕の長さほどもある体毛。それに加えて燃え盛る炎と、今まで戦ってきた魔物とは格が違っていた。恐ろしいが倒さなければ生き残れない。恐怖を捨て《火鼠》を倒すことに集中する。
炎を纏った右の引掻きを回避し、牽制の胴払いで頭を下げさせる。頭が下がった瞬間、喉元に《強撃》の突きを放つ。威力を増した突きは、【霧月】の刀身を根本まで埋める。
「ギィィァァ――!!」
醜い悲鳴を上げてもしぶとく生きている《火鼠》は、こちらの動きが止まったところを狙い噛み付こうとする。《強撃》を使用した蹴りを胴体に繰り出し、強引に【霧月】を引き抜く。後ろに倒れながらも噛み付きを躱す。転がりながら直ぐに起き上がり体勢を立て直した。《火鼠》は火球を放とうとするが、喉の傷から炎が漏れ不発に終わる。
『これで火球は封じたわね。火球がなければただの大きな鼠よ!』
『行くよ!!』
勝機を見出し、果敢に攻める。左右の大振りをしゃがんで回避し、体重を支える右足を斬る。体勢を崩したところに、勝る敏捷さで右へ回り左足の健を断つ。
「ギャッ――!!」
倒れ込みながら滅多矢鱈に振り回される攻撃を、大きく間合いを取ることで回避する。更に燃え上がった炎は、残った命を燃やしているようだ。離れていても熱気が伝わる。
やがて疲れが見えた《火鼠》に、最後の攻撃を仕掛ける。
【霧月】を両手で腰に構え、力の限り足を蹴り出し突進する。最後の力を振り絞り立ち上がった《火鼠》の、大口から覗く巨大な歯牙が迫る。更に加速し歯牙が身体に届く前に両手を突き出しスキルを放つ。
「ヤァァァ――――!!」
《捨身》――防御を捨て攻撃を倍加させる――の突きが《火鼠》の胸の中心に深々と刺さる。勢い余って体当たりをかまし《火鼠》と一緒に倒れこんだ。何とか立ち上がって《火鼠》から離れる。
すでに満身創痍の状態だ。スキルの使い過ぎで気分は最悪、身体のあちこちには水膨れが出来ている。だがしかし、《火鼠》はしぶとく起き上がろうとしていた。
『しぶといわね! 大人しく倒れなさい!』
美奈の言葉が今の気持ちを代弁する。やがて、言葉が通じたのか燃え盛っていた炎が消え《火鼠》は事切れた。完全に動きが停止したのを確認して【霧月】を回収する。
『私の出番は無かったわね。中々動けるようになってるけど、私の身体を傷物にしないでよね』
『ごめん、気を付けるよ。でも、もうダメ動けない……』
僕は限界がきてその場でへたり込んだ。八尋が近寄ってポーションを差し出してくる。
「無事で良かった。無茶ばかりして、死ぬんじゃないかと気が気じゃなかったよ」
ポーションを受け取り一気に飲み干す。身体中の痛みが薄れ、怪我が回復していくのが分かった。
「この【霧月】が無かったら、死んでいたかもね」
「そうかも知れないね」
実際【霧月】が無かったら倒せていたのかどうかも分からない。【霧月】に付いている血を拭って鞘に納めた。
『母様に感謝しなさいよ』
『分かってるって』
記憶の中の母様に改めて感謝する。
「こいつはどうしようか?」
《火鼠》を指して八尋が言った。
普通に【素材剥取人形】で剥ぎ取っても良いけど、よく分からない。素材以外は全部無くなるからな、【素材剥取人形】。
「道具箱に入ったら、そのまま持って帰りましょう」
「りょーかい。試してみるよ」
八尋が道具箱に入れられるか試みると、あっさり入った。何となく入るんじゃないかとは思ったけど。
《火鼠》も丸ごと持って帰れそうだし、これからどうするか。すでに依頼達成の条件は満たしたので、もう地下街跡を探索する必要はない。それに、防具がボロボロで戦う気力も尽きている。
「もう帰りましょうか。今日はこれ以上戦いたくないわ」
地下街跡を脱出し地上へと戻る。辺りは夕暮れに染まっていた。
ふり返ると、今回は反省することが多かった。魔物の危険性を甘く見ていた事で死にかけた。色々と強化する必要がありそうだ。
それに、元の世界に帰る方法も探さなくてはいけない。やることはいっぱいある。だがその結果、この未来どんなことが待っているのだろうか。未だ不透明すぎて未来は見えなかった。




