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3話 非常事態

「ふぁーあ、おはよう」

「おはよう。よく眠れた?」

「うん。ぐっすりだった」


 八尋が目を覚ます。周囲は明るくなっていたが、特訓の所為で起こすのをすっかり忘れていた。


「何か疲れてるみたいだけど、どうかしたの?」

「……《緑小鬼ゴブリン》に後れを取ったから、ちょっと鍛え直してた」

「ふーん。まあ、今日は街まで歩くから程々にしといて」

「分かってる」


 特訓させた本人は何とも思っていないようですが。


『私の身体なんだから、素振り千回位は軽くこなさないとダメよ』

『そういう美奈は出来るの?』

『頑張れば出来るわよ。多分ね』


 出来ないのかよ! と思わず突っ込みたくなったが我慢した。特訓により改善した部分もあったからだ。素振りに加え、体捌きを特訓したことで、他人の身体による意識のズレは大分解消した。元々、一七〇㎝にちょっと足らず、似たような体格だったのも大きいと思う。まあ、胸の重みには苦労したけど。

 特訓の狙いはそういう事だったのかもしれない。《魔物》と戦えば、少しの隙が命取りになるだろうし。ただ、美奈の事だから深く考えず、シゴキたかっただけかもしれないけど。『勿論、ちゃんと考えてたわよ』とは、美奈の談だ。


 八尋と朝食を取る。朝食はパンにハムを挟んだもので、簡単に済ませる事となった。

 食べながら、これからのことを美奈と相談する。


『そういえば、八尋に入れ替わっている事は話すの?』

『う~ん? 話さないとダメなんでしょうけど、信じてもらえるかしら?』

『僕に言われても分からないよ。八尋を良く知っているのは美奈でしょ』

『まあ、そうなんだけど。じゃあ、切っ掛けがあれば話すという事で。タイミングは任せるわ』

『え? 僕任せなの?』

『しょうが無いでしょ。私は何も出来ないもの』


 確かに、美奈には八尋と話すことすら出来ない。僕は渋々了承した。

 『今の内に八尋と話でもしておいたら?』という勧めもあり、八尋に色々聞く事にする。特訓中に美奈からここが「日本」だとという事と、旅の目的が「冒険者」になる事だとは聞いたので、確認するのにちょうど良い。


「ちょっと確認しておきたいんだけど?」


 口調は美奈の真似しておこう。バレたらそれまでということにする。


「良いけど、何を確認するの?」

「街までどれくらい掛かるのか、ね。後は旅の日程かな」

「「高崎」までは、夕方頃に着くと思うよ。「軽井沢」から歩いて二日だから、結構遠いんだよね。途中で街も無いし」

「そっか、それで野営したのね。でも、夕方には着きそうで良かったわ」

「後は、途中「大宮」で一泊するから、「東京」まで三、四日位かな。でも、家出するならちゃんと計画を立ててからにしてよ。いつも思いつきで行動するし、付き合うこっちの身にもなって欲しいんだけど」

「ごめん、ごめん。謝るから許して」

「はあ……。毎度のことだから別にいいよ」


 愚痴られたけど八尋、良い奴だ。で、言い出しっぺの本人は素知らぬ顔をしていた。目があったら顔を逸らしたし、美奈って考えるより先に身体が動くんだろう。しかし、家出したのは初めて聞いた。後で美奈に問いただしてみよう。

 他に聞くこともなかったので、朝食を終え出発の準備を始めた。


「そういえば殴られたところがこぶになってるんだけど、何か薬とか持ってないの?」

「ん? それなら傷薬があるけど」


 八尋はバックパックから一つの小瓶を取り出した。中身は軟膏みたいだ。


「何だったら塗ってあげようか?」

「うん、お願い」


 八尋が塗りやすいようにちょっと屈んだ。


「ホントにこぶになってるね。まあ、これくらいなら塗ればすぐに治ると思う」


 触られた時はちょっと痛かったけど、塗った所から痛みが引いている気がする。塗り終わってから触ってみると痛くない。傷薬の効果に思わず声が出ていた。


「この傷薬すごいわね!」

「一応、魔法薬だからね。もっと酷い怪我ならポーション使うけど、軽い打撲とかならこれで十分だよ……って、美奈も知ってるはずだけど」

「えっ! も、勿論知ってるわよ。ちょっと驚いただけよ」


 突っ込まれたので、慌てて取り繕った。しかし、嘘は言ってない。「魔法薬」、「ポーション」は記憶の中にあったので、直ぐ思い出す事ができた。


「ふーん、まあ良いんだけどね」


 八尋はジト目で僕を見ていたので、愛想笑いで返しておいた。


『ちょっと何やってのよ。別にバレてもいいと言ったけど、迂闊すぎるわよ』

『ごめん。魔法薬なんて使ったことが無かったから、つい声が出ちゃった』

『まあ、バレても説明してくれれば良いんだけどね』


 美奈とそんなやり取りをしながら出発の準備をしていると、急に尿意を催してきた。普通だと何の問題も無いけど、今のこの身体だと非常に不味い事になる。一度意識しだすと段々と我慢できなくなっていく。


『ちょっ、何してんのよ! ダメよ。絶対ダメ! 我慢しなさい!』

『生理現象なんだから無理でしょ!』


 我慢しようにも限界はあるわけで、背に腹は代えられず八尋に聞いてみた。


「ねえ八尋……トイレに行きたい」

「!?」

「どうしよう?」

「ど、どうしようって言われてもこんなところにトイレとか無いし、その辺でするしか……」


 八尋は見て分かるくらいに動揺していた。


「あ、そうだ! 紙、紙持ってるよ」


 八尋は荷物から円筒形の物を取り出し僕に渡してきた。受け取ったものは、トイレットペーパーだった。


「持ってたの!?」

「野宿するなら必要だと思ったからね」

「じゃあ、ちょっとその辺に行ってくる! 覗かないでね」

「!? の、覗くわけ無いだろ!!」


 八尋は顔を真っ赤にして抗議してきた。聞こえないふりをして急いで八尋から離れる。何があるか分からないので、刀は一応持っていった。

 美奈は何故か黙っている。





 木陰までやってきたところで、八尋から見られないか素早く確認した。あんまり離れて何かあった時、対処が遅れても困る。周りも確認してみたが、特に危険なものは無いみたいだ。

 さて、問題はここからで、こんな事態になってもまだ躊躇する気持ちが残っていた。美奈がなんて言うか分からないしな。


『するのはしょうが無いとしても、絶対見ちゃダメよ! 音も聞かないで!』


 美奈は無茶なことを言ってきた。でも、気持ちは分かるから出来る事はやってみる。

 そろそろ我慢の限界になってきたので、スラックスと白いショーツを一緒に下ろしてしゃがむ。一応耳を塞いで、目線は上を向く。


 力を抜くと我慢していたものが、音を立てて一気に流れでていた。結構長い。大分溜まっていたようだ。音は聞いていない事にしよう。やがて、溜まっていたものが無くなった。


『後は拭けばいいんだよね?』

『そうだけど……。ああもう、恥ずかし過ぎて死にたいわ』


 すっきりしたところで紙で拭き、スラックスとショーツを一緒に引き上げる。

 非常事態は免れたが、二人共何かが失われた気がする。特に美奈はショックが大きいようだ。前より透けている気がする。

 気を遣って精神的に疲れてしまった。これから先が思いやられる。





 その後、戻ってきた僕は、野営の後始末を済ませ装備を身につける。

 腰に刀を佩き、手の甲から肘まである空色の手甲を着ける。服の色とおそろいの手甲で、中に篠が入っている。指まで守るようになっているが、防御より機動性重視の装備だ。

 服は厚手の生地で裾が長くスカートっぽく広がっている。中に白いブラウスも着ている。

 下は黒いスラックスに、革脚絆と革靴だ。革脚絆は脛の部分を上下部分のベルトで固定するもので、長距離移動するときには足が疲れにくく重宝するらしい。革脚絆のことは知らなかったので、八尋にそれとなく聞いて知った。

 それから、黒いフード付きの外套を着て出発の準備を終えた。


 見てみると、八尋も似たような装備で、違うのは弩と短刀、革鎧、後は緑のシャツくらいだ。

 八尋がこっちを見たので、準備が終わったようだ。

 美奈はショックが大きすぎたのか、準備をしている間、一言も話さなかったけど。


「じゃあ、出発しようか」

「りょーかい」


 僕たちは中継地点の高崎を目指し出発した。


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