30話 提案
酔っぱらいを連れ、『天海屋』の五階、秋の部屋の前に居る。かなり広い角部屋で、パーティーが出来そうなテラスもあった。
話によると住み込みの女中さんがいるらしい。女中さんに出てきてもらい、秋を居間まで連れて行き一息ついた。
「珍しくこんなにお飲みになられて、何か良い事でもあったのでしょうか?」
そんな女中さんの呟きが耳に入る。もしかすると秋は、そんなに飲まないのかもしれない。何故飲み過ぎたのかはよく分からないが、女中さんの言いぶりからすると悪いことでも無さそうだ。まあ、楽しそうなら少しは飲みに付き合っても良いかな。
女中さんに何処で寝泊まりするのか聞いたところ、空いている部屋を適当に使っていいそうだ。
寝る場所も確保したので、とりあえずお風呂に入るとしよう。お風呂には、秋、僕、八尋の順に入り、秋が上がるまで居間で待つことにした。ただ、待つだけというのは時間が長く感じられる。どのくらい待っただろうか、秋が居間に入って来た。
「お風呂上がりましたよ~」
そう言った秋を見て、目が点になる。秋はバスタオルを身体に巻いただけの格好で居間に来ていた。バスタオルの隙間から見える肢体は下着を着けていない。風呂あがり姿の破壊力は抜群で、特に谷間が……。しかし、ずっと見てもいられない。
「お嬢様!」
「八尋! 見ちゃダメよ、あっち向いてなさい!」
だらしなく秋を見ている八尋を一喝すると同時に、女中さんはバスタオルが落ちないようにしっかり止めていた。
「さあ、お嬢様、脱衣所に行きましょう」
二人はゆっくりと居間を出て行く。二人が出て行ったのを確認したところで、八尋に言っておくことがある。
「鼻の下伸びてるわよ」
八尋はハッとして鼻の下を確認したが、実際の話し伸びる訳がない。
「の、伸びてないよ」
「程々にしておかないと嫌われるかもね」
「……気を付けるよ」
反省しているようだし、これくらいにしておこう。
『人の事言えないんじゃない』
美奈の言いたいことは分かる。だが、あえて無視しよう。
そうしたやりとりが終わった頃、女中さんが居間に戻ってきた。
「お嬢様はお休みになられました。お二人はお風呂へどうぞ」
秋はもう寝てしまったのか。まあ、あれだけ酔っていればそうなるかな。
言われた通りにお風呂に入る。
浴室は結構な広さがあり二、三人で入れる位はある。寝そべるのに十分な浴槽も二人ぐらいは入れそうだ。広い浴室を見ながら「明日からはこんな立派なお風呂に入れないな」、と思いながらもお風呂を堪能した。
お風呂から上がったことを八尋に伝え、割り当てられた自分の寝室に向かう。明日の討伐試験に備え少し早いが寝ることにする。ベットに入ると泥のように眠ってしまっていた。
コンコンッ、コンコンッというノックの音で目が覚める。窓から見える朝日が眩しい。完全には覚醒していない頭でノックの主に「はい」と返事をした。年の頃は二十代後半で、落ち着いた雰囲気の女性が部屋に入って来る。昨夜の女中さんだ。
「美奈様、おはようございます。朝食の用意が出来ております。御仕度が整いましたらお越し下さい」
「はい、すぐ行きます」
用件を済ますと女中さんは部屋から出て行った。
身支度を整えてリビングに行くと、すでに全員が食卓に着いている。
「おはよう」
「おはようございます」
秋の様子を見る限り二日酔いにはなっていないようだ。意外とお酒に強いのかもしれない。
今日の朝食はパンがメインのハムエッグとサラダ、野菜ジュースとなっている。
静かに朝食を終え、野菜ジュースで喉を潤す。
「食べたらすぐに出かけるけど、秋って今日は何か予定あるの?」
「今日は一日休みで特に予定はないですね。家でゆっくり過ごそうと思います」
秋は今日は暇らしい。それなら、ちょっとした提案をしてみるか。
「暇なら一緒に冒険者登録してみない?」
「冒険者には興味がありますけど、私が一緒に行っても良いんですか?」
「討伐試験が危なそうなら帰れば良いし、付いて来るなら八尋を護衛につけるわよ」
秋は少しの間考える素振りをして答えた。
「……そうですね。じゃあ、お言葉に甘えてみます。急いで支度してきますね」
「何時って決まってるわけじゃないし、ゆっくり支度してきて」
秋が居間から出て行ったのを見計らって、八尋が僕に言った。
「本当に秋を連れて行くの?」
「そうだけど、何か問題あった?」
八尋は秋を連れて行くのに反対のようだ。
「危なくなったらどうするのさ」
「危ないようなら連れて行かないわ。でも、付き添いも居るみたいだし大丈夫でしょ。もしもの時はちゃんと守るし、かすり傷一つ負わさないわよ」
「ふーん。何で秋を連れて行きたがるのか、オイラにはさっぱり分からないけど」
「一緒に冒険してみたいからかな。付き添いがいる分、安全だと思うし」
「……まあ、秋も乗り気みたいだし、今回は良いけど次は止めてよ」
「うん、今回だけね」
八尋に納得してもらえ一安心した。独り善がりかもしれないが、秋にも冒険のワクワク感を味わってもらいたいと思っていた。お世話になりっぱなしだけど、護衛ぐらいしか出来る事が無く、他に思いつかなかったしね。
『時々、とんでも無い事思い付くわね。でも、面白いから良いと思うわ』
『ありがと。でも、ダメな時はちゃんと止めてね』
『自分の身体だし、言われなくても止めるわよ』
美奈に反対されなくて良かった。反対されたら逆らえないし終了だ。
話合いが終わったころ、秋が支度を終えて戻ってくる。髪は纏めてあり、シャツにズボンと動きやすい格好だ。何が入っているか分からないが、携帯鞄も持っていて準備万端であった。
「準備も出来たようだし、そろそろ出かけましょうか」
「良いよ」
「はい」
二人の返事を聞き、冒険者組合へ張り切って出かけた。




