29話 魔道具
寄り道して遅くなったが、『天海屋』秋葉原店に戻ってきた。
秋葉原店は本店より床面積が狭く、五階建てになっている。狭いのは土地事情のせいだろう。こっちの世界でも土地事情は厳しいらしい。そんな訳で、秋葉原店の駐車場と倉庫は地下にある。まだ荷物を下ろしている可能性もあるので、先に地下に行ってみる事にした。
スロープを下り駐車場に向かう。駐車場には数台の馬車と、奥の倉庫前に荷物を下ろしている馬車がある。奥の馬車に近づくと、荷物の確認をしている秋を見つけた。
「秋、ただいま。まだ忙しいみたいね」
「あ、美奈、八尋おかえりなさい。ごめんなさい、もう少し時間が掛かりそうなので待っていて下さい」
馬車を見ると荷物はほぼ下ろしてあり、後は確認作業が残っているようだ。
もうしばらく掛かりそうだし、先に明日の試験のための買い物を済ませようと思う。
「時間が掛かりそうなら、ちょっと買い物に行って来ても良い?」
「そうですね、是非行ってきて下さい。確認作業が終わったら迎えに行きますね」
秋から了解を得て、階段を登り売り場に向かう。
『買うのはポーションとかの回復薬だけで良いかな?』
『良いと思うけど、そういうのは八尋に任せてたわね』
確かに八尋任せにしそうだけど、美奈に聞いたのが間違いだったか。まあ、そういうことなら僕も八尋に任せよう。
「八尋、試験のための買い物は任せるわ」
「はいはい、何だか段々と美奈っぽくなってるね」
呆れられたが、全然似てないと思うけどな。『そうよ。似てないわ』と美奈も同意していた。
「何を買っていくの?」
「ポーションは使ったから補充するとして、後は試験の内容次第だから分からないね」
「なら、ポーションを買った後はブラブラと見て回ろうか」
そうと決まればポーションを買いに二階に移動する。商品の配置は同じだったので、すぐに見つけることが出来た。後はブラブラと店内を見て回るだけだ。
「そういえば、三階には行ったことがないわね」
「ん? じゃあ行ってみようか」
三階は魔道具売り場になっている。魔道具とは魔法の道具のことで、【召使人形】もそれに当たる。三階は一見すると家電売場のようだ。冒険用と生活用の半々置いてあり、生活用は白物が多い。
使えそうな物がないか冒険用の魔道具を見ていると、面白いものを発見した。
「これなんか使えそうじゃない?」
「へぇ~中々使えそうだね」
八尋は、その魔道具【属性付与札】を見てそう言った。
【属性付与札】は読んで字のごとく一定時間、属性の効果を付与できるというもので、使い方は武器か防具に貼り付けるだけと簡単だ。
ただ、デメリットとして、属性ごとに別売りなのと使い捨てで費用が掛かる。魔道具だから値段も高く、五枚セットで一万になっていた。
「高いけど一つ買っていこうか。どの属性が良いの?」
「使い勝手が良いのは火属性じゃないかな。大抵の魔物に有効だしね」
「じゃあ、それにするわ」
火属性の【属性付与札】を一つ買う。他にも使える物が無いか探したが、別段欲しい物は無かった。白物魔道具の方は、今のところ必要ないのでざっと見るだけにしておく。
そうやって時間を潰していると、秋がやって来た。
「此処に居たんですね。ちょっと探しちゃいました。何か良い物見つかりましたか?」
「ポーションと【属性付与札】を買ったくらいかな。後は必要になったら、その都度買うことにするわ」
「その方が良いでしょうね。それで、報酬の方は今受け取りますか? それとも、冒険者登録後がいいですか?」
「そうね……。登録後ならお金を預けられるし後にするわ」
大金を持っていると何があるか分からないしな。
「分かりました。では、登録後にお渡ししますね。じゃあ、仕事も終わりましたし、これから食事に行きませんか?」
「良いわね。でも、今日はお酒を飲みすぎないでね」
ニッコリと笑いながら釘を差しておく。
「あ、はい……気を付けます」
秋は恥ずかしいのか頬を赤く染めて俯いた。何この仕草、可愛い。美人がやると破壊力が段違いだった。そんな秋をずっと見ていたい気もしたが会話を続ける。
「あ、でもこの街のこと全然知らないから、お店は秋に任せるわね」
「はい。それは任せて下さい」
「それじゃあ、行きましょうか」
『天海屋』を出て五分も歩いただろうか、食事処の前までやって来た。店の中に入り奥の座敷まで進む。置いてあるお品書きを見ると天麩羅のお店だということが分かる。とりあえず、全員で天麩羅を注文しておく。
注文した品が出てくるまで時間があるので、他愛のない会話をして時間を潰す。
「美奈達は、今日泊まる所は決めているんですか?」
「食事が終わったら探そうかと思っているけど、何処か良い宿知らない?」
「すみません、宿はちょっと分からないですね。でも、もし良かったら今日は家に泊まっていきませんか? 部屋なら余っていますし」
「うーん……。ありがたいんだけど、お世話になってばかりじゃ悪い気がするのよね」
「秋もああ言ってくれてるし、泊まっていこうよ」
「そうですよ、遠慮しないで泊まって下さい」
『八尋の言う通りね』
三人から言われては反対できない。まあ、今から宿を探すの大変だろうし、お世話になろうかな。
「そうね。じゃあ、お世話になるけど、私達に出来ることがあれば何でも言ってね」
「はい。その時はお願いします」
ちょうど良いタイミングで料理が運ばれてくる。熱々の天麩羅が皿に盛られ、一口食べるとサクサクの衣がかなり美味しい。次々に運ばれてくる天麩羅に会話を忘れて夢中で食べた。
いつの間にか日本酒を飲んでいる秋を見て、昨日のことが思い出される。
「秋ってお酒好きだったのね」
「そんな嗜む程度ですよ」
お酒好きが言いそうな言葉だ。迷惑をかけなければ飲んでも良いんだけどね。
「程々にね」
秋が飲み過ぎないように気を付けながら食事を続けた。天麩羅を十分堪能した後は、支払いを済ませる。毎回おごってもらうのもあれなので、今回はちゃんと二人分支払った。
気をつけていたおかげか、秋は酔いつぶれる程飲んでいない。まあ、飲み過ぎないようにするのに、一苦労したんだけど。
「ところで秋、家は何処にあるのかしら?」
外は暗くなったばかりだが、秋は酔っ払っているし早く家に連れて行こうと思う。
「は~い。家は~『天海屋』の五階ですよ~」
五階と聞いて不思議に思う。そういえば、店舗は三階までだったのに、四階と五階があった。『天海屋』の四、五階は居住区になっていたのか。
ヨロヨロと危なっかしい秋に肩を貸しながら、来た道を戻って行く。歩きながら、今度一緒に食事をするときは、飲酒は控えてもらおうと心に決めていた。




