2話 夢と現実
この話から、かなり改稿していきます。
僕はゆっくりと目を開けた
起き上がり周りを見渡すと、そこは見慣れた教室だった。
何だ、さっきのは夢だったのか……。
いつもと変わらない教室にホッとした。
すると、近くから声が掛かる。
「五十鈴、そんなに眠いなら保健室に行くか?」
直ぐ側にいた担任教師が、呆れたというふうに溜息を吐いた。周囲からクスクスと笑い声が聞こえてくる。僕は、恥ずかしくて穴があったら入りたくなった。教師が何か言おうとしたが、遮るように授業終了を告げるチャイムが鳴る。
「皆、ちゃんと授業の復習しておくこと。それから、五十鈴は放課後居残りするように」
教師は足早に教室を出て行った。
「はぁぁ」僕は机に突っ伏して溜息を吐いていた。
「おい渚、また遅くまでゲームしてたんだろ?」
名前を呼ばれ、声のした方に顔を上げる。
友人がニヤニヤと口元に笑みを浮かべている。
「いやーちょっとだけのつもりが、つい時間を忘れちゃってさ。寝たのが三時過ぎだったんだよ……」
「ハマり過ぎ! でも授業中に寝るのは不味いだろ? 居残りさせられてるし」
「それは、わかってるけど、人は三大欲求には勝てないんだよ!」
「じゃあ、夜中のゲームは止めれば」
「う……」
痛いところをつかれてぐうの音も出ない。友人を見ると顔は笑っていたが心配してくれているのだと思った。
「――気を付けます」
それから、友人とたわいのない会話を交わした。
「なーぎーさちゃん」
背後から掛けられた声に振り返る。クラスの仲の良い女子が立っている。
「その呼び方はやめてッてば」
「えーだって、その顔は誰が見ても渚ちゃんだよ。それに、『五十鈴 渚(いすず なぎさ)』って名前も女の子っぽいよ」
僕はムスッとしてそっぽを向いた。女子に「五十鈴ちゃん」、「渚ちゃん」と呼ばれることがあって、名前の事は前からうんざりしていた。容姿のことは昔から言われているので、抗議するのは諦めていた。
雑談に夢中で、休み時間も無くなってきた。
トイレに行こうと立ち上がる。しかし、視界がグニャリと歪みふらふらと机に倒れこむ。次第に周りも歪み始め全てが暗闇に包まれていく。唐突に足元の床がスッと消え、奈落の底に身体が落下する。あまりの急落におもわず叫び声をあげていた。
「うわぁぁぁ――!」
自分の声で目が覚める。寝汗をかいていたのか、ベタベタして気持ち悪い。
辺りを見渡すと、眠る前の光景と変わりが無い。変わらないということは、アレも居るという事になる。こちらを見ているけど、気付かないふりをする。不思議なことに昨日みたいな、身体が震える程の恐怖は感じなかった。まあ、怖いものに変わりはないけど。
それにしても、夢だったのか……。
無事だったのにはホッとしたが、夢だったのは残念だった。八尋が叫び声に驚いて近寄ってきた。
「美奈、どうかした? 大丈夫?」
「大丈夫、変な夢を見ただけ」
「それなら良いけど。昨日は、急に気を失ったみたいだから驚いたよ。頭の方は痛くない?」
「あー、うん、ちょっと怖いものを見たから。頭の方は大丈夫みたい」
「そっか」
何故か幽霊が不機嫌になったような気がする。「美奈」と言われた事に違和感を覚えたが、僕の事だと気が付いた。辺りはまだ薄暗い。時間的に朝方だと思う。ふと見ると、八尋は眠そうに欠伸をしている。
「眠いなら見張りを替わろうか?」
「うーん? 美奈が大丈夫そうなら、ちょっとだけお願いしようかな」
「ちょっとくらいなら大丈夫」
「じゃあ、ちょっと仮眠を取るから、明るくなったら起こして」
「うん、わかった」
八尋が横になると、すぐに寝息が聞こえてきた。相当眠かったんだろう。八尋が眠ったことで僕と幽霊だけになってしまった。不機嫌そうな幽霊が近付いてくる。
怖いから近寄ってくるな、と思っていると、幽霊がピタリと近付くのをやめた。
『そんなに怖がらないでよ。何もしないわよ』
幽霊が、やれやれといった感じで溜息を吐いている様に見えた。やけに人間臭いその仕草に、怖い気持ちが何処かに消えていた。
『私の声が聞こえているのは分かってるのよ。少し話をしない?』
そんな幽霊の提案に、どうしようか迷っていると
『貴方の考えていることは分かるのよ。あんまり迷わないで欲しいんだけど』
「え!?」
幽霊の言葉に驚きを隠せない。本当に考えていることが分かるのだろうか?
『大分疑っているわね。何故かは知らないけど本当に分かるから。もう、そんな事より話をするの? しないの? はっきりして!』
幽霊は苛立っている様子だ。僕は気圧されて「します」と返事をしていた。
『全く、最初からそう言えば良いのに』
「幽霊と会話なんて普通迷うでしょ?」
『私は幽霊じゃないわよ』
「え? だってどう見ても幽霊でしょ?」
『私の身体は目の前にあるもの。どう見ても死んでるようには見えないわ』
幽霊に指差され、一瞬、呆然とした。
「え!? 目の前って僕のこと?」
『そうよ。私は美奈。『十六夜 美奈(いざよい みな)』。その身体の持ち主よ』
「!?」
『それにしても、貴方は一体誰なの? 色々試しても元に戻れないし、いい加減身体を返して欲しいのだけれど』
驚きの連続で頭が混乱したが、何とか回復し自己紹介と経緯を話す。
『ふ~ん。渚も目が覚めたらこうなっていたという訳ね。私と似たようなものじゃない』
「これからどうすれば良いと思う?」
『そんな事、私に言われても分からないわ。今はしょうが無いとしても、何とか元に戻る方法を探すしか無いわよ』
「そうだよね」
しばらく二人で考え込んでいたが、良いアイデアは何も思い浮かばず、時間ばかりが過ぎていった。
『全然ダメ。何も思いつかないわ。時間の無駄ね』
美奈はじっと考えることが苦手なのか、早くも諦めたようだ。ウロウロとその辺を浮遊し始めている。
『こんな事になったのも、八尋とこいつらの所為ね』
美奈は化物に近付いたと思ったら、ゲシゲシと化物を蹴りつけている。実体が無いので、蹴りが化物を通り過ぎるだけだったけど。
僕は気になる事があり、倒されていた化物に近付いた。気味が悪いが幽霊よりは大分マシだ。
「これって《緑小鬼》だよね?」
『そうだけど、見たことあるの?』
「いや、見たことは無いんだけど、何故か記憶はあるんだ」
この世界で化物は《魔物》と呼ばれている。
《緑小鬼》は単独では弱いものの、集団となるとそれなりに危険な方に分類されるらしい。まあ、ゲームなんかでも序盤の雑魚だしそんなものなんだろうと思う。
『ふ~ん。不思議な事もあるのね……。って、その記憶もしかして私のじゃないでしょうね?』
言われてみればそうなのかもしれない。美奈に関してはやたら詳しく思い出せる。
結構大きな剣術道場の娘で、幼い時から実践的な鍛錬を受けていた。記憶の中の美奈は鍛練と《魔物》退治が大半を占めている。もしかすると脳筋なのかもしれない。年齢は僕と同じ十六歳で義務教育的なものは卒業していた。勉強は得意ではなかったようだけど。
六歳までおね……。
『ちょーっと待って! 余計なことは思い出さなくて良いから!』
美奈の制止の声で思い出すのを止めた。
「余計なことって何? それに思い出そうとした事が良く分かったね?」
『言ったでしょ。考えている事が分かるって。でも、これで私の記憶って事がはっきりした訳だけど、もし余計なことを思い出そうとしたら……』
恐ろしいまでの殺気に蛇に睨まれた蛙の様に動けない。思い出そうとした瞬間、命が無いかもしれない。
「ごめんなさい。気を付けます」
『分かれば良いのよ』
謝ると恐ろしいまでの殺気が美奈から消えた。
フー、危ない。死ぬかと思った。でも、これから下手な事は考えられないな。
美奈の考えてる事は僕には分からないので、不公平な気もするけど。まあ、美奈は何を考えてるか分かり易いし別に良いか。
『……失礼な事考えてるみたいだけど、よっぽどのことがない限り、一々突っ込まないわよ』
「ごめん。そうしてくれると助かるよ」
美奈との会話一旦切り、改めて《緑小鬼》を眺める。三体とも、共通して爪と牙が無く胸が切り裂かれている。多分剥ぎ取ったんだろう。顔面に矢が刺さっているのが二体、喉を斬り裂かれてるのが一体。棍棒を持っている奴がいるので、こいつに殴られたんだと思う。
髪をかき上げ少し痛みがある額を触る。触った部分は腫れていてこぶ状になっていた。
「こいつに殴られたんだね」
『最後に油断したわ。八尋が見張りをしてなかったのが悪いんだけど、今更言ってもしょうが無いわ』
魔物をあっさり倒すなんて、二人はやっぱりすごいんだな、と感心した。見た目は普通の女の子なんだけど。
美奈の身体は無駄な肉が無く、出る所は出て引っ込むところは引っ込んでいる。かなり鍛えているみたいなので当然といえば当然か。眺めていたら、自分の身体ながら変な欲求が湧いてきた。そーっと胸の膨らみに手を伸ばす。
『本人の前でよくそんなことが出来るわね。触ったらただじゃ置かないわよ!』
美奈の言葉に身体が凍りつく。先程よりも凄まじい殺気に、死んだと思った。目で人が殺せるとはこういう事か、知らなくてもいい事を知ってしまった。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
『謝っても許さないわ。丁度、鍛えようと思っていたのよ。覚悟しなさい!!』
「――――――――!!」
その後、八尋が目覚めるまで地獄の特訓が行われた。