27話 東京
二人で時間いっぱいまで大浴場を満喫する。夜とは違った露天風呂は開放感が最高だった。秋も開放されてたようだった。眼福、眼福。
大浴場から上がると出発するのに良い時間になっている。秋が旅館の支払いを済まし、全員馬車に乗りこむ。
「それでは蕨へ出発しましょう」
田中さんが馬車を出発させる。
大宮から先の街道は、街の間隔が近いこともあってほとんど魔物が出ないそうだ。というわけで、今日も馬車に座っているだけの簡単なお仕事です。
蕨には昼前に着いた。お馴染みの通行料を払い街の中に入る。
街の中心まで馬車で進み、冒険者組合の隣にある駐車場に馬車を停めた。今まで気づかなかったけど、どの街にもあり時間単位でお金を払えば誰でも停められるようだ。おまけに、冒険者の警備が付いていて荷物を盗まれる心配がない。まあ、値段はそれなりにするけど、短時間駐車する場合によく使われているそうだ。
中心街で食事処を探す。昼時ということもあり食事処はどこも賑わっている。
「秋は何回も来ているのよね。いつも何処で昼食を取ってるの?」
「私はいつも同じ所ですね。そこに行きましょうか?」
「そうね。じゃあ、案内をお願い」
探す時間も勿体無いし、秋の行きつけのお店で食事を取る事にする。秋の行きつけだけあって中々高そうなお店だ。時間に余裕があったのでゆっくりと食事を取る。一時間位はお店に居ただろうか、そろそろ出発しようという事になり支払いを済ませる。もちろん秋が支払った訳だけど。
それにしても、支払ってもらってばっかりで悪い気がする。後で何かしらのお返しをしよう。
駐車場で馬車を受け取り蕨を出発した。しばらく進むと大きな川と、橋が見えてくる。
「あれが荒川?」
「そうですよ。橋を渡れば東京です」
橋の出入口に門があるのは何となく予想していたが、出入口の近くに人が住めそうな建物がある。
「あの建物は何なの?」
「ああ、あれは衛兵の詰所ですね。橋は重要ですから常駐しているのでしょう」
「そうなんだ」
考えてみれば、街道の要である橋が落ちたら交通が麻痺する。そうなると、警備するのは当然だ。
門の両脇に衛兵が立っている。門扉は開いているので、止まらずに速度をゆるめて進む。
「お疲れ様です」
衛兵を通り過ぎる時に田中さんが会釈した。僕達も倣って会釈する。
橋は充分な幅があり、歩行者と馬車二台分が余裕で通れる。橋の上で対向車を心配する必要はなさそうだ。しかし、よく見ると所々補修した箇所が見られた。耐久性の心配はあったものの、何事も無く橋を渡って行く。
やがて、橋の終わりが見えてきた。こちら側にも同じような詰所があり、門の脇に衛兵が立っている。衛兵に会釈をし橋を渡りきった。
『やっと東京だね』
『これで元に戻る方法が調べられるわ』
『まず先に冒険者登録しないと無理そうだけどね』
美奈と会話していると、八尋が感慨深げに言った。
「やーっと東京に着いたね」
僕は八尋に頷いてみせる。しかし、今までと大して変わりない風景に失望感もあった。もっと整然とした街並みを期待していたけど何も無い。
「この辺りは何も無いのね」
「そうですね。しばらくすれば板橋の街が見えますが、この辺りは何もありませんね」
秋とそんな会話を交わしながら街道を進んで行く。やがて、一時間と掛からず柵に囲まれた家々が見えてきた。見える範囲では数える程しか家が無い。とても街とは呼べるものではないと、疑問に思い首を傾げた。
「板橋は安い宿と食事処だけで成り立っています。冒険者の方がよく利用しているみたいですね」
「へぇ~そうなの」
何も言ってないのに無いのに秋が疑問に答えてくれた。気の利く女性は良いと思います。
「そうなると板橋は素通りね」
「特に用事もないので、そうなりますね」
板橋を通り過ぎる。通行料は払わなかったので板橋に関しては要らないらしい。まあ、冒険者が一々通行料を払う所を利用するわけないか。
また何も無い街道を進むのかと思ったら、遥か前方に壁のような物が見え始める。馬車が進むと、比例して壁が大きくなっていく。やがて、見上げるほど高い街壁の前までやってきた。街壁は四、五M位はあるだろうか、かなり高くなっている。
「結構高い壁ね」
見上げながら呟いた。
「高いね~。オイラここまで高いの見たこと無いや」
八尋も同じような感想だった。二人でボケーっと街壁を見上げている間に、秋が通行料を支払い門を通り抜け始めた。門を抜けると今までに無い街並みが目に飛び込んでくる。今までの街は中央通りに何かしらの店が並んでいたが、この通りには店が無く住宅街になっている。
「ここって住宅が多いのね」
「街の中心に商店や施設が集中していて、街壁近くは住宅が多くなってますね」
「ふーん、でも街の中心まで移動が大変そうだけど大丈夫なの?」
「乗合馬車が時刻表にしたがって一定の路線を運行しているので、そこまで不便でもないと思いますよ」
「なーるほど。うまく出来ているわね」
路線バスみたいなものかな。
それにしても、秋が質問に答えてくれるのですごく助かる。これからもお願いします。
中央通りを進んでいくうち、建物に段々と変化が現れた。住宅からコンクリートの建物、それからビルへと変わっていく。人の賑わいも街壁付近とは全然違っていた。
『へぇ~、街の中心は大分賑わってるね』
『東京なんだからこのくらい普通でしょ』
そう言った美奈が、活気溢れる街の様子をウキウキしながら見ていたのは、突っ込まないでおこう。
街の様子を眺めていると秋が話しかけてきた。
「私達は秋葉原まで行きますけど、美奈達はどうしますか?」
「出来れば今日中に組合に行っておきたいわね」
登録は明日になるだろうけど、組合の様子くらいは見ておきたい。
「それなら日本橋まで行かないとダメですね。送って行きましょうか?」
「うーん? そこまでしてもらわなくてもいいかな。歩いて行けるよね?」
「三十分も歩けば着くと思いますよ」
「それなら歩いて行くわ」
秋と話している内に馬車が停止した。目の前の建物には『天海屋』文字が見える。
「秋津お嬢さん、着きやした」
田中さん声で全員馬車から降りる。時刻は午後四時になろうとしていた。
「じゃあ、ちょっと行ってくるわね」
「はい。報酬と預かっているお金を渡しますので、戻ってきてくださいね」
「分かったわ。組合の様子を見たらすぐ戻ってくるわね。さあ、八尋行くわよ」
隣にいる八尋に声を掛けた。
「分かってるって。じゃあ、行ってくるね」
僕と八尋は組合がある日本橋に向かって歩き出した。




