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26話 大浴場

 飲み過ぎたのか、帰り道の途中で秋は寝てしまった。まあ、眠ってくれて助かったとも言える。変なのに絡まれたが、無事旅館に着いた。


 八尋達と別れ部屋に戻る。部屋にはすでに布団が敷いてあり、秋を布団に寝かせた。やれやれと溜息を吐く。実はおんぶしている間、柔らかいものが背中に当たり理性を保つのにかなり苦労した。そのせいか余計に疲れてしまった。

 秋はこのまま朝まで起きそうもない。まだ、寝るには早いし、お風呂に入ることにする。内風呂で済ませてもいいが、どうせなら大浴場にの方に行ってみよう。そうと決めたら、支度を済ませ大浴場のある一階に降りる。受付で場所を聞いて大浴場に向かった。


 大浴場は時間帯によって混浴になっているようだ。ただ、今の僕にはどちらでも関係無いので堂々と女湯に入る。躊躇しない僕を見て、美奈は呆れていたけどね。


 脱衣所で服を脱ぎ大浴場の扉を開けた。大浴場は室内に洗い場と、ひと泳ぎできそうな広さの湯船があり、場所によってお湯の深さが違っている。硝子戸の外には露天風呂があり、覗かれないように高い塀で囲まれていた。

 時間帯のせいなのかは分からないが、大浴場はあまり人が居なかった。親娘連れが一組と二、三人居るだけだ。

 ガラ空きの洗い場で体を洗い湯船に浸かる。広い湯船に手足を伸ばし体の力を抜く。やっぱり広いお風呂は気持ちがいい。


『いや~、やっぱりお風呂は良いね』

『私は良くないけどね』


 美奈からすると裸を見られることになるからな。色々言われなくなった分だけマシかもしれない。

 湯船である程度温まったところで露天風呂に移動する。春といえども夜はまだ肌寒い。


「寒っ!」


 急いで露天風呂に浸かり一息つく。

 露天風呂は深いところで腰まであり、立ち膝でちょうど良いくらいになっていた。浅いところは寝転がって入れるので寛げる。ただ、周りは塀に囲まれ空しか見えないので、景観は今一だ。

 寝転がりながら夜空を眺めふと思う。母さんと一緒だったらどんなに良かったか、と。あまり家族で旅行した思い出もないし、こんな立派な旅館なら連れてきたい。


『あら、意外と家族思いなのね』

『意外とは余計だけど』

『そこは謝るわ。ごめんなさい。でもそっか、お母さんは大事よね』


 そんな良いおもちゃ見つけたみたいな顔で言われても嬉しくない。このまま話しているとのぼせそうだし、そろそろ上がろう。

 露天風呂から浴室に入ると誰も居ない。いつの間にか一人になっていたようだ。誰も居ない脱衣所で身体を拭いていると、ふと姿見の鏡が置いてあるのに気付く。姿見の前に立ち、鏡に写る自分の全身を隈無く観察する。目立った傷もなく綺麗な身体だった。可愛いというより男装をしたほうが似合う顔立ちをしている。


『コラコラ! そんなにまじまじと見つめるなー!』

『ごめんごめん。あんまり綺麗な身体だからついね』


 美奈は文句を言っているが嘘は言っていない。これ以上何か言ってもしょうがないので、置いてあった浴衣に着替えさっさと部屋に戻る。戻る途中、部屋で飲もうと珈琲牛乳を受付で買った。

 部屋には熟睡している秋が居るくらいで、お風呂に行く前と変わったところはない。ちょっとした悪戯心が湧き寝ている秋にそっと近づく。息が掛かりそうになっても起きる気配はない。


『また何かするつもりなの? いい加減しなさいよ』

『……分かった、止めておくよ』


 あんまり怒らせてばかりも何だし、寝顔だけ見て悪戯は止めておく事にした。秋はぐっすり気持ち良さそうに寝ている。

 他にやることも無いし珈琲牛乳を飲んで寝ることにする。火照った体に冷えた珈琲牛乳が染みわたる。


『じゃあ、美奈おやすみ』

『おやすみなさい』


 最低限の灯りを残し、目を閉じると意識は深い闇へと落ちていった。





 弾むような小鳥のさえずりで目を覚ます。自発的な目覚めと違いまだ眠気が残っている。頭が徐々に覚醒していくにつれ、秋が部屋に居ない事に気付く。布団が畳まれていたので、攫われたとかではないだろう。何処に行ったのかと考えていると、内風呂の方で水の流れる音がする。


『お風呂かな?』

『そうみたいね』


 内風呂に居るみたいで安心したが、一応確認しておかないとな。脱衣所に近づくにつれ水音が大きくなる。誰かが内風呂に入っているのは間違いない。脱衣所に入ると、付けられそうにもないサイズの下着が置いてある。


『デカイ』

『悪かったわね、小さくて』


 美奈も言うほど小さくはないが、流石に比べると違いは歴然としていた。そんな訳で、秋が入っているのは間違いないようだ。水音がする浴室へ声を掛けてみる。


「秋、お風呂に入っているの?」

「あ、美奈。ええ、入ってますよ」

「二日酔いとか大丈夫?」

「少し頭が痛いくらいですね。大丈夫ですよ」

「そう、それならゆっくり入ってて」


 秋の居場所が確認できたので、脱衣所から客間に戻った。今日の予定では、遅めに出て蕨で昼食をとり、夕方前に東京到着となっている。朝はゆっくり出来たので、昨日のあの飲みっぷりになったと思われた。

 朝食までまだ時間がある。先に出発の支度を整えておく。着替えるのと、そんなに多くない荷物を整理するだけだ。支度が終わった頃、ちょうど朝食が運ばれてくる。

 仲居さんと入れ違いに秋が客間に入って来た。浴衣姿に濡れた髪と上気した肌がなんとも色っぽい。


「あら、もうお風呂から上がったの?」

「はい、待たせたら悪いかなと思って」

「気にしないからゆっくり入ってて良かったのに。まだ髪も濡れてるしちゃんと乾かした方がいいわ。その間に朝食でもとっておくわね」

「そうですね。ちょっと髪を乾かしてきます」


 と言って秋は脱衣所に戻っていく。秋が戻ってくるまではなるべくゆっくり食べることにしよう。

 朝食の内容はご飯に味噌汁、玉子焼きといった朝の定番メニューだ。ただ、昨日の酒場料理程では無い。美味しいのは美味しいんだけど。そうして、朝食を堪能していると秋が戻ってきた。


「おかえり」

「お待たせしました」


 と言って秋は自分の席に座り食事を始めた。ゆっくり食べていたのでまだ半分ほど残っている。何気ない会話をしながらお互いに食事を終えた。


「ねえ秋、旅館は何時に出ればいいの?」

「十時に出れば、夕方前には着きますから安心して下さい」


 今は八時過ぎたばかりなのでまだ時間がある。秋もお風呂に入ったことだし、大浴場にまた行ってこようと思う。美奈は『またなの』といっていたが、あんなお風呂滅多に入れないしな。


「まだ時間もあるみたいだし、また大浴場に行ってくるわね」

「私は入ったことが無いんですが、そんなに良かったんですか?」

「露天風呂もあって結構良かったわね。それに、あんな広いお風呂に、またいつ入れるか分からないしね」

「そういえば、そうですね」

「秋はお風呂に入ったばかりでしょうけど、することが無かったらちょっと一緒に行ってみない?」

「一人で大浴場に行くのは気が引けてたんですけど、美奈と一緒なら行ってみたいですね」

「じゃあ、時間も勿体無いし早く行きましょう」


 そそくさとお風呂の支度をして、二人で大浴場に向かった。


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