24話 酒場
「椿屋」から出ると街は夜の帳が下りていた。中央通りには街灯が点き、夜の様相を見せ始める。
「やっぱり夕方とは雰囲気が違うわね」
夕方は普通の人が多かったが、今は武装している人間が圧倒的に多い。間違いなく冒険者だ。物騒になったが警らも居るし、まあ大丈夫だろう。一応警戒は怠らないようにする。
他に夕方と変わった点として、酒場の看板があちこちで目立つようになってきた。
「酒場は今から稼ぎ時だからね」
「あーそうか」
キョロキョロしていたのに気付いたのか八尋が答えた。酒場にとって冒険者は良いお客という事だろう。そうなると、夜遅くなった時に酔っ払いに絡まれる可能性も増える。まあ、こっちには田中さんがいるので、絡まれる確率はかなり低いけど。
「田中さん」実力の程はよく分からない。しかし、背が高くゴツイ体躯に好きこのんで絡む輩はいないだろう。顔は厳ついけど、腰が低くていい人だ。
とりあえずは、絡まれないよう注意しつつ食事ができる店を探そうと思う。
「秋達は大宮にはよく来るんでしょ? どこかお薦めのお店はないの?」
「う~ん? 私は旅館で済ませるので分からないですね」
「そんじゃあ、あっしの行きつけに行きやすか?」
田中さんの行きつけの店に興味が湧く。
「どんな店なの?」
「味の方は保証しやす。なんせ「魔物の肉」を使った名物料理がありやすんで」
「……?」
「それは期待できそうですね」
「オイラも楽しみだよ」
疑問に思ったが、秋と八尋の反応を見る限り魔物の肉は美味いのだろう。まあ、分からない時は美奈に聞こう。
『どういう事?』
『魔物の肉は普通の肉よりかなり美味しいのよ。あー、私も食べたい』
『へぇ~、そうなんだ』
元に戻らない限り美奈の願いは叶わない。悪いとは思うが、お腹も空いたし美味しいと聞いたら早く食べたくなってきた。
「じゃあ、田中さんの行きつけのお店で決定ね」
「賛成」
「良いと思います」
二人も賛成したので、田中さんの行きつけのお店で夕食を取ることになった。田中さんの案内で、中央通りから裏道に入り奥へ奥へと進んで行く。正直、案内がないと辿り着けそうにもないくらい複雑だ。中央通りへの方角しか分からなくなった頃、賑やかな喧騒がする店の前に到着した。見かけは木造二階建ての普通の家屋だ。
「……『ウラミヤ』!?」
何だか呪われそうな店の名前に少し驚いた。ただ、立地のせいもあり繁盛する筈がないのだが、中からは大勢の騒がしい声がする。僕はワクワクした気持ちで両開きの扉を開けた。
「「いらっしゃい!」」
熱気溢れる店内に二人の店員が忙しなく動いている。広くない店内にはカウンターと丸テーブルが六脚あり、そのほとんどが埋っていた。吟遊詩人が奏でる音楽や歌声が響く中、客達のおしゃべりや笑い声が店内に満ちている。田中さんが一つだけ空いていた丸テーブルに着くと僕達も倣って席に着く。
「あら、田中さん久しぶり。元気してた?」
店員の娘が水が入ったコップと水差しを持ってきた。年の頃は二十歳くらいで、看板娘というところだろう。
「へい、身体は資本でげす。市子ちゃんは息災だったでやすか?」
「あたしはご覧の通りよ。で、今日は何にする?」
「とりあえず酒とお薦めを適当にお願いしやす」
「はーい。そちらのお嬢さんたちは何にする?」
「よく分からないから、とりあえずお薦めで」
何が美味しいのか分からないのでお薦めをお願いした。適当に選ぶよりお薦めのほうが失敗はない筈だ。秋達もお薦めをお願いしていた。
「はーい。じゃあ、全員お薦めっと。飲み物は適当に持ってくるけど、眼鏡のお嬢さんは葡萄酒なんてどうかしら?」
「葡萄酒があるなんて珍しいですね。せっかくなので頂きます」
「一応酒場だからお酒は何でもあるからね。じゃあ、注文は以上ね。お酒はすぐに持ってくるけど、料理はちょっと待ってね。それと、今日は良い肉が入ったから楽しみにしてて」
そう言って、市子さんはカウンター奥にある厨房へ入っていく。どんな料理が出るのか楽しみだが、そろそろお腹のほうが我慢できなくなってきた。すると、タイミングを見計らったかのように、市子さんが飲み物と食べ物が乗った皿を次々に置いていく。
「とりあえず飲み物と、軽いものを持ってきたわ」
それぞれの皿の上には皮がパリパリに焼いてあるソーセージとハムが乗せてあり、大皿にはサラダが盛ってあった。焼けたソーセージの香ばしい香りが食欲を誘う。
「飲み物は注文されたものと、二人にはいちご酒をどうぞ」
出された飲み物にそれぞれが口を付ける。いちご酒を一口飲むと甘さ控えめな口当たりの良さに驚く。いくらでも飲めそうだが、明日もあるし程々にしておこう。他の皆も満足しているようだ。田中さんなんかは度数が高そうな酒をグイグイ飲んでいるけど。
それはともかく、さっきから良い匂いをさせているソーセージを一口かじる。パリッ! と小気味良い音がして口の中に熱い肉汁が溢れた。今まで味わったことのない旨味が洪水のように押し寄せる。
「……美味しい!」
あっという間に一本食べ終わってしまった。他の皆も同様に食べ終わる。田中さんなんかはサラダにまで手をつけてる。
「満足したみたいね。料理が出来たらまた持ってくるわね」
そう言って、市子さんは他のテーブルの給仕にいった。
「このソーセージすごく美味しいけど、魔物の肉を使ってるからなの?」
「へい、この店の料理は何がしかの、魔物の食材を使ってやす」
「やっぱりそうなんだ」
ソーセージでこんなに美味しいと他の料理が楽しみになってくる。空腹をソーセージとハムで満たしながら、他の料理が出来上がるのを待つ。そして、テーブルの料理が無くなりかけた頃、次々と料理が運ばれてきた。
「お待たせ~。とりあえず料理はこれで全部よ。足りなかったら追加してね」
運ばれた料理は何かの肉とねぎを交互に刺した串焼きと、焼き鳥。ご飯物としてトロットロ玉子の親子丼、それから大皿に大盛り焼きそばという内容だ。見ているだけで涎が出そうになる。
「いただきま~す」
食欲には勝てず素早く親子丼を一口食べると、甘めの味付けにプリっとした鶏肉の食感が何とも言えない。瞬く間に半分ほど食べ、今度は焼き鳥に手を出す。一口食べ、二口、三口と焼き鳥が次々に串だけになってく。
腹も満たされ一息ついたところで市子さんに聞いてみた。
「出てきた料理、すごく美味しいけどどんな食材使ってるの?」
「あ、やっぱり気になっちゃう?」
「ものすご~く気になる」
「別に秘密でもないから気に入ったんなら教えてあげる。鶏肉は《大黒軍鶏》を使ってて、今日のは二m近くあったかしら。ソーセージやハムに使ってる豚肉は《猛進猪豚》ね。トンカツも美味しいけど、女性もいたし揚げ物は出さなかったわ。気になったら追加注文して頂戴ね。串焼きは《最速兎》の肉を使ってる。低カロリーで癖もないから女性に人気の一品よ」
「へぇ~、教えてくれてありがとう」
「お礼は良いからドンドン食べちゃって」
教えてもらったものの、どんな魔物なのかさっぱり分からない。でも、覚えておけば役に立ちそうではあった。
『私も食べた~い!』
『元に戻ったら、たらふく食べていいから今は我慢して』
食べさせてあげたいが無理なので、我慢してもらうしか無い。見ていて不憫になってくる。東京に着いたら直ぐにでも元に戻る方法を調べようと思う。
そんな事を考えているうちに、いちご酒が大分減っていた。いつの間にか飲んでいたようだ。
「あら、そろそろお酒追加しておく?」
秋達を見てもお酒が大分減っていて、後の事が心配になってくる。一先ずお酒を追加注文したが、雲行きが怪しくなった酒場の夜は更けていった。




