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23話 大宮

 春の陽気に誘われながら街道を進む。春の気候と馬車が快適なので、少し眠くなってくる。十分寝たはずなんだけどな。

 周りを見ると八尋も同じように眠そうにしていて、秋に至っては静かな寝息を立てている。朝も早かったししょうがないか。

 馬車は今、田中さんという人が御者をやっている。屈強な中年の男性で、戻りのことを考えると妥当な人選だろう。

 荷台から、流れていく景色を眺める。建造物は何もなく、木々と草原が次々に現れては消えていく。何かが襲ってくるような気配はなく、居るのは偶にすれ違う馬車と歩行者くらいだ。


『な~んにも無いね』

『街道は大体こんなものだけどね』


 しばらくして、馬車が街道から逸れゆっくりと停止した。なぜ止まったのか不思議に思っていると、御者台から声がした。


「もうじき飯時なんで、ここいらで休憩にしやしょう」

「もうそんな時間なのね」

「へい、ここいら辺が時間的に良い休憩場所でさあ」


 御者台から周囲を見ると、開けた場所に他の馬車や旅人が休憩している。近くに川もあるので休憩にはもってこいの場所なのだろう。不思議なことに、昼食を意識し始めると急にお腹が空いてくる。

 秋と八尋を起こして昼食にする。女中さんから預かったお弁当は三重もありかなりの量だったが、あっという間に食べ尽くす。味が絶品だったというのもあるけど。


「さあ、そろそろ出発しましょう。あまりゆっくりしていると、大宮に着く前に暗くなってしまいますからね」


 昼食の後片付けをして出発した。何もなければ、このままのペースで夕方までに着くようだ。景色を眺めながら、馬車の揺れに身体を委ねる。





 辺りが夕暮れに染まる頃、大宮の市壁が見えてきた。昼食から此処までトラブルらしいものは何も無い。こっち側は安全だったのかもしれない。


「やっと着いた。歩いて来たらもっと掛かってたわね。秋に感謝しないと」

「オイラもそう思うよ……」


 八尋と二人で、近付いてくる都市門を見ながらそんな会話を交わす。

 門の前には街に入ろうとする人々で行列が出来ている。暗くなる前に何とか入ろうとしているのだろう。行列は歩行者と馬車で分けられているので、馬車の方で順番が来るまで待ち通行料を払って街へ入った。

 大宮は北門から南門まで一本道で繋がっており、そこが中央通りになっている。夕方の買い物のせいだろうか、通りは高崎よりも賑わっているように見える。


『へぇー、結構賑わってるね』

『この辺では大きい街だし普通でしょ』


 途中に街も無かったしそれもそうか、と美奈の言葉に納得した。そんな街の賑わいを眺めながら、先に決めることがあるのに気付いた。


「そういえば、今日泊まる宿は決まってるの?」

「はい。いつも使っている宿があるので、そちらにしようかと思います」

「それなら安心ね。それで、その宿って何処にあるの?」

「そろそろ見えてくると思いますよ」


 中央通りには通行人がいるので、馬車はかなりゆっくり進んでいる。目当ての宿は門からそう遠くないところにあるようだ。


「あ、見えてきました。あの少し大きな建物です」


 秋が指差した方向、通りの左側を見ると二階建ての、門構えが立派な瓦葺きの日本家屋があった。高さはないが奥行きがある建物ようで、右側の側道から奥に行けるようになっている。門の前まで来たところで馬車から降り、立派な門を見てみると『椿屋』の文字が目に入った。


「……わぁ、立派な旅館だね」

「そうですか? でも、このくらいの旅館じゃないと、馬車に積荷を置いたままに出来ませんし」

「ああ、そっか。気付かなかったわ」


 積荷を降ろしたりする時間もないし、この旅館は置きっぱなしでも大丈夫なんだろう。


「それでは宿を取りましょう。田中さんは馬車をお願いします」

「へい。分かりやした」


 田中さんが裏にある厩舎に馬車を停めに行き、残った僕たちで旅館の受付を済ませることにする。


「天海様。お久しぶりでございます。お越しをお待ち申し上げておりました」


 旅館の中に入ると受付から女性が出てきて挨拶をしてくる。年の頃は五十代半ばだろうか。優雅な着物姿からして女将だと思う。


「女将さん、またお世話になりますね」

「天海様、本日はどのようなご予定でございますか?」

「四名で一泊の予定なんですが、二人部屋を二部屋お願いします」


 男女で部屋を分けるということだろう。秋と男性陣が一緒の部屋というのはありえないしね。


「畏まりました。お食事はどうなさいますか?」

「そうですね……。美奈達はどうしますか?」

「……?」


 疑問に思ってると秋が説明してくれた。食事は旅館で取っても、外食してもいいようだ。


「街の見物もしたいし、夕食は外で取りましょうか。朝食はこちらで済ませたほうが良いと思うけど」

「分かりました。それでは、四人で外食することしましょう。女将さんそういうことでお願いします」

「畏まりました。では、二人部屋を二部屋と朝食をご用意させていただきます」

「積荷があるので馬車の管理をお願いしますね」


 八尋は田中さんが来るまで玄関で待つことにして、僕達は仲居さんに手荷物を預け部屋まで案内してもらう。

 案内された部屋は入口付近に洗面台、トイレ、室内浴室があり、十畳の和室にはテーブルと二脚の座椅子、そして床の間も置かれていた。和室の奥にはテラスがあり中庭が展望できるようになっている。

 案内してくれた仲居さんがお茶を出して部屋を出て行き、僕達はそれぞれ座椅子に座る。


「広いしお風呂も付いてて良い部屋ね」

「美奈が気に入ってくれたなら良かったです」

「でも、いい部屋過ぎて値段が気になっちゃうわね」

「いつも泊まっている部屋ですし、美奈は気にしなくて良いですよ」


 そういう事なら、お金の事は考え無いことにしよう。


「分かったわ。それで、これからどうするの? すぐに出かける?」

「そうですね……。夕食には少し早いですし、休憩してから出かけましょうか」


 僕は頷くと部屋にあったお菓子を食べ、出されたお茶を飲んで寛ぐ。旅館が珍しい事もあり、部屋の中を見て回ることにする。

 まずはトイレだ。水洗になっている。こういうところはこの世界でも変わってないので不便さを感じない。せっかくなので使ってみることにした。使い心地はまあまあだ。


『まあまあって何よ』


 スッキリしたところで美奈から突っ込みをもらう。まあまあの他に言い様がないんだけどな。

 次に浴室だ。秋の家ほど大きくはないが、一人だと十分な広さだろう。ただ、大浴場があるので使うかどうかは分からない。

 他は特に見るところもないので居間に戻ると、窓から見える景色がすっかり暗くなっている。


「外も暗くなってきましたし、そろそろ出かけましょうか?」


 秋に促され部屋を出ると、八尋達と夜の街に繰り出した。


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