21話 お風呂その2
急いで帰ってきたので、何とか夕食には間に合った。今日のメインは魚料理だ。女中さんが次々に料理を運んでくる。輸送の関係上、海魚は高級品らしい。魚料理に舌鼓を打っていると、元春さんが話し始めた。
「《迷宮》が発見されたようだが、組合の様子はどうだったかね?」
「冒険者の殆どが《迷宮》に出かけたみたいで、人が居ませんでした」
「やはりな。そうなると、買い物に来る冒険者で店の方も忙しくなりそうだ。秋津に手伝ってもらえないのは残念だがね」
元春さんは一人で納得してしまった。《迷宮》効果で消耗品等が売れて忙しくなるのだろう。
「秋、そういえば明日は何時に出発するの?」
「明日の出発は七時ですね」
「結構早いのね」
「七時から出発しないと暗くなる前に大宮に着きませんからね」
「そうなんだ」
それにしても、朝七時は起きれるか分からないな。夜更かしは慣れてるけど、早起きは苦手だ。今日はお風呂に入ったらさっさと寝てしまおう。
夕食もお開きとなり、元春さんから、
「三人共明日は朝早い、今日は早めに休みなさい」
と、言われたこともあり直ぐに客間へ移動した。
客間に戻ってもお風呂の時間が来るまで特にやることもない。八尋は装備の手入れをしているが、僕は木刀しか使っていないからな。
「ねえ、《迷宮》ってどんなところか知ってる?」
色々と話に出て気になったので聞いてみた。八尋は装備の手入れを止めて答える。
「魔物と罠それから財宝があるって聞いてるよ」
「やっぱりそうなんだ。他には何か無いの?」
「う~ん? 詳しくは知らないけど、消滅させることが出来るらしいよ」
「あー、だから冒険者の殆どが《迷宮》に行ってたのね」
「みたいだね。《迷宮》について、後は知らないや」
八尋も《迷宮》の事は詳しく知らないようだ。しばらく話していると、廊下から人の気配がした。「失礼します」と声がかかり襖が開けられる。
「美奈、お風呂が空いたので一緒にどうですか?」
折角の秋のお誘いを断るわけがない。勿論、一緒に入ることにする。
「すぐ用意するね」
急いで着替えを用意して、秋と連れ立って浴室に向かった。今日は動き回って疲れたのでお風呂で癒やされよう。
『また、お風呂の時間なのね……』
美奈には悪いけど、お風呂に入らない訳にはいかない。言えることは唯一つ、
『諦めろ!』
広い脱衣所で、二人並んで衣服を脱ぎ始める。下着を脱いで脱衣かごに入れ、かわりに中に入っていた手拭いを取り出した。
秋の方も脱ぎ終わったらしく、淡い青色の部屋着と下着が脱衣かごに入れてあった。腰まである長い黒髪は、髪留めでまとめられている。手拭いで隠しきれてない、胸元の二つの山は相変わらず主張が激しかったけど。
「今日は色々としてもらったから、私が背中を流してあげる」
「え、良いんですか?」
「良いの良いの、遠慮しないで」
「それじゃあ、お願いします」
浴室に入ると、秋は洗い場の椅子に座った。僕は後ろに座り、石鹸を手拭いで泡立てる。
「じゃあ、洗うわよ」
秋の白い背中を、泡立てた石鹸を手のひらで掬う。ゴシゴシ擦るのは肌に良くないと聞いたことがあったので、優しく洗っていく。何か運動でもやっているのか、秋には無駄な肉があまり付いていない。均整の取れた裸体は実に魅惑的だ。
「秋って何か運動とかやってたりするの?」
「よく男の人に絡まれたりしますので、護身術を少々習っています」
「なるほど護身術なのね。まあ、秋は美人だから、男ならほっとかないのも分かる気がするけど」
僕だってほっとけないが、行動に起こせるかは別の話しだ。
『助平なのに意気地はないのね』
助平は余計だ、と思ったが今の状況では言われてもしょうがない。美奈の機嫌が悪くなっても困るし、此処はおとなしくしておこう。
秋の白い肌を洗い続ける。泡立ちが悪くなる度、石鹸を足して泡だて、項、肩、腕、腋、腰、臀と順番に洗っていく。一通り洗い終え最後にお湯をかけて石鹸の泡を流した。
「秋って出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでるから羨ましいわ」
「美奈の身体だって引き締まってて羨ましいです」
確かに美奈は引き締まった身体をしているが、一点だけ確実に負けているものがあった。
「そんなこと言われても、ここは負けてるし」
秋の後ろから抱きつくようにして、主張しすぎな二つの山を優しく掴む。
「キャッ!?」
秋は驚いて逃げようともがくものの、ガッチリと抱きついているため逃れる事ができない。手のひらにある膨らみを優しく揉むと、埋もれるように指が沈む。
「……柔らかい」
あまりの感触につい何回か揉んでしまう。弾力と張りがあるので、揉んでいると気持ちがいい。
「……ダメ」
秋の抗議の声に我に返り手を止めた。
「やり過ぎたわ、ごめんなさい。お詫びに前も洗ってあげるね」
秋の返事も待たず石鹸を手に取り、石鹸を泡立てながら丁寧に洗っていく。身体の泡を流しお願いをする。
「ついでだから、足も洗ってあげる。こっちを向いて足を伸ばしてね」
抵抗しても無駄だと悟ったのか、秋はおとなしく言われた通りにする。足の付根から指の間まで丁寧に洗い、足の裏は少し強めに擦り泡を流した。
「ハイ終わり。我ながら完璧に洗ったと思うわ」
「美奈、ありがとう。お肌ツルツルです」
お礼を言われると悪い気はしない。好きでやってただけなんだけどな。それにしても、洗い終えて思ったことがある。
『はぁ満足した。もうお腹いっぱい』
『何を満足したかあえて言わないけど、ちょっとやり過ぎじゃないかしら?』
『ただ身体を洗ってあげただけだよ』
『はぁ……。そんな貴方を見たらお母さん悲しむわよ』
母親を持ち出すのは卑怯だ、と思ったが、突っ込むのは止めて自分の身体を洗い始める。流石に自分の身体には慣れたので動揺はしない――と思ったけど無理。敏感なところの感触は時間が経ってもまだ慣れないし。
『慣れられても困るんだけど』
という美奈の言葉は無視しておこう。この件で一々反応してたらキリがない。慣れるのが先か、元に戻るのが先かにしかならないしな。
その間に秋は髪を洗っていた。髪が長いので時間が掛かっているようだ。お互いに髪を洗い終え湯船に浸かる。二人で並んで浸かっていると、秋の前には二つの島がプカプカ浮かんでいた。やっぱり浮くものなんだな、と思ってしまった。そんな事を考えているとはおくびにも出さず秋に尋ねる。
「千花の仕事のこと急に頼んで大丈夫だった?」
「急に頼まれてとっても困りました…………と言うのは冗談です」
「!? 冗談言わないでよ。びっくりするじゃない」
「フフフ。ごめんなさい。大丈夫ですよ。夕食の時に父が言っていたと思いますが、店の方も忙しくなりそうですし、千花さんのことはちょうど良かったと思います。父にもちゃんと言っておきましたから、心配しないで下さい」
「そっか、それなら良かった。秋、色々ありがとう」
千花達のことは心残りだったが、元春さんなら悪いようにはしないだろう。これで安心して街を出て行ける。『良かったじゃない』という美奈も、気になってはいたようだ。
「それにしても、美奈って意外と気遣いの人なんですね」
「意外とは失礼じゃない?」
秋の失礼な言葉に、頬を膨らませ抗議する。
「気を悪くしたなら謝ります。でも、決めたことに後悔しそうに無かったもので」
「そんなこと無い。いつもやってしまってから、後悔してばっかりだわ。魔物と戦ってるほうが楽かもね」
「美奈でも、そうなんですね」
「でもとは何よ、でもとは」
「美奈は私にとって英雄ですから」
「ちょっ! は、恥ずかしいこと言わないで!」
いきなりの英雄発言に顔が火照る。
『英雄だって。すごいじゃない』
『美奈、茶化さないでよ』
ただでさえ恥ずかしいのに、美奈が茶化してくるとはね。秋の方はやんわりと否定しておく。
「そんな大した事してないから、英雄って言われること何もしてないよ」
「私の命を助けてくれましたし、あの二人のことだって助けてるじゃないですか。私達にとっては英雄ですよ」
「人の命がかかってるなら助けるのは普通だと思うけど……」
秋はクスクス笑って「やっぱり英雄ですよ」と呟いていた。秋につられて僕も笑い出す。一頻り笑った後、ゆったりと湯に浸かり体の疲れを癒した。もちろん、目の保養も忘れなかったけど。




