1話 目覚め
後半少しだけ改稿しています。
「…………奈! ……奈!!」
誰かが大声で呼んでいる。朦朧とした意識の中、何処か他人事のように、ぼんやりと聞き流している僕がいた。
「起きて! 起きてよ!」
段々と意識が覚醒していくにつれ、言葉がはっきりと聞こえてきた。
「……う……ん……」
ゆっくりと目を開けると、少年が心配そうに僕の顔を覗いていた。
「ああ、良かった。心配したんだよ」
少年は安堵した表情でそう言った。十二~三歳くらいに見える少年が、心底心配していたのは雰囲気で分かった。
それから、僕は起き上がりしばらく少年の顔を見ていたが、見覚えが無かったので尋ねてみた。
「……誰?」
「……え!?」
声を出したことで何か違和を感じた。しかし、少年がきょとんとした表情でこちらを見ていたので、何か変な事言ったのか!? と内心冷や汗をかいて動揺した。何とか心を落ち着かせようと必死だったため、どんな違和感だったか忘れてしまっていた。
「冗談だよね? 本当に覚えてないの?」
僕は答える代りにこくりと頷く。
「僕だよ! 八尋だよ! 覚えてない?」
「八尋……」
そう呟くとしばし考えてみる。すると名前が切っ掛けになったのか、段々と少年の事を思い出し始めた。
「…………幼馴染の?」
「そうだよ! 幼馴染の八尋だよ! 良かった。思い出したんだね」
少年に確認してみると思いだした記憶に間違いはなさそうだった。
少年の名前は『三輪 八尋(みわ やひろ)』。記憶によると八尋は、住み込みの家政婦さんの子供だ。一つ屋根の下に暮らし、年齢も同じという事もあり幼い時から一緒に遊んだりしていた。最近まで同じ学校に通い、家の道場で戦い方を学んでいた。しかし、八尋に関しておかしな事がある。それは、八尋が人間では無いという事だ。八尋は小人族という種族らしい。
全身くまなく観察してみても背が低いと思うくらいで、特におかしなところはないようにみえた……が、よく見ると耳の形が普通とは違い尖っている。よくファンタジー物で見るエルフの長く尖った耳ではなく、長さは普通で尖った耳という感じだ。直ぐに気付けなかったのは、髪の毛で耳が半分くらい隠れていた所為だ。
人間じゃない!? いやその前に、僕はこの八尋とは会ったこともない。それなのに何故八尋の事を覚えているんだ?
考えれば考えるほど頭が混乱して一向に考えがまとまらない。
とりあえず、冷静になろうとして深呼吸をしてみるが、少し落ち着いたところで、いくら考えても答えは出てこなかった。
今は考えてもしょうがない……。しかし、ここはいったい何処なんだろ?
新たな疑問が湧き、起き上がって周囲の状況を確認する。辺りは薄暗い、多分夜だ。焚火のおかげで、何とか森の中の開けた場所であることが分かる。よく野営地として使われているのだろうか、ところどころに野営した跡が見られる。
「ここは何処?」
「……ん? 覚えてないの? ここは街道近くの野営地だよ」
八尋は不思議そうな顔で答えてくれた。
「夜になったから、ここで野営してたんだけど、オイラが不寝番の時にあいつらが襲ってきたんだ」
僕の後方を指さしてそう言った。
振り返って見てみると、子供の背丈ぐらいの人型の何かが複数倒れている。服は粗末なものを着ているものの、耳が普通よりかなり長く、鼻が鷲鼻になっている。おまけに肌が緑色をしているため、人じゃない事はすぐに分かった。
何だろこの生き物? あんなの見たこと無いぞ。
首を傾げる。
八尋は話を続けた。
「ここいら辺だと、滅多に襲われることが無いから油断してたんだ……。こんなことになったのもオイラの所為だ、ホントごめん……」
そう言って項垂れてしまった。
察するに油断したところを襲われたので対応が遅れた。何とか撃退したものの、僕が攻撃をくらって気絶したということだろうか。そういえば、頭がズキズキと痛むような気がする。
「大丈夫だから……。安心して」
可哀想になったので安心させるように言ってみると、八尋は顔を上げ泣きそうだけど、どこか安心したような顔で見つめてきた。
僕は恥ずかしくなって視線を下げた。視線の先になる胸元を見ると、何かふっくらしている。不思議に思い少し厚手の服の上から触ってみる。
!?
ふにゅっと音がしそうな程柔らかい感触がした。それが自分のものだという事が、揉まれている感覚ではっきりわかる。唐突に忘れていた違和感が解消した。
出していた声が自分の声じゃなかった。まるで女の人の声のようだった。
何故気付かなかったんだろう? 疑問に思いながらも、自分の体を確認していく。肩まで伸びた紅髪、白く優しい手、長くすらりとした脚、細くくびれた腰、間違い無く女性の身体だった。
何で女の人になってんの!?
ガツンと頭を殴られたようなショックを受け、思考する事を止めた。分からない事だらけで、考えると頭がズキンズキンと音を立てて鳴っているように思えた。いや、実際に頭が痛くなっている。
『ねえ…………』
突然、痛む頭の中に声が響いた。周囲に八尋以外は居ないはず。キョロキョロと辺りを見渡し誰も居ないことを確認する。その様子を見た八尋は訝しんでいる様に見えた。
誰も居ないことに安心したが、ふと、何かの気配を感じ頭上を見上げた。
「あ……」
宙に何かが浮かんでいた。それは、紅い髪をした女性に見えるが、身体が透けて闇に同化している。
幽霊!? そう思った瞬間、身体が恐怖におののいた。幽霊は昔から苦手で怖い。体の震えが止まらない。
女幽霊が僕が見ているのに気付く。
『私が見えるのね』
女幽霊が目と鼻の先まで近付いた。僕は恐怖で声も出せず、冷や汗をかいている。頭痛も更に酷くなっていた。
『あなたが誰だかか知らないけど――』
女幽霊はカッと目を開く。
『私の身体を返しなさーーい!!』
頭に怒号が響き渡り、頭が割れそうだ。
「――――――――!」
声にならない声を上げ、恐怖と頭痛で意識が遠のいた。