17話 救出
一刻を争う事態に、脇目も振らずに森まで駆けて来た。捜索は八尋に任せ、周囲を警戒する。八尋は丹念に短剣があった場所を調べている。
「八尋、何か分かった?」
「前に調べた時はよく分からなかったけど、森の中に入ってる形跡があるね」
「なるほどね。それで、追跡できそうなの?」
「多分大丈夫。それよりいつ魔物が出て来てもいいように、準備だけはしておいて」
「薬も準備したからいつでも良いわ」
「良し、それなら森に入るよ」
八尋の後について行く。森全体はそこまで広くなく、二、三時間で捜索は終了するだろう。しかし、時間も夕方近くになっているので暗くなる前に発見したい。
八尋は慎重に痕跡を辿って行く。今のところ何の気配も感じない。緊張で額に汗がにじむ。すると、八尋が急に止まって姿勢を低くした。僕も八尋に倣い姿勢を低くする。八尋が振り返り前方の少し開けた場所を指差す。そこを見ると人型の何かが群れていた。
見た目には《緑小鬼》五体と人間だが、猫背気味の背中からは棒状の何かが生えている。その異様な姿を見て、背中にもう一本、腕でも生えているのかと思った。
「あれは?」
「あれが《中華人草》に寄生された生物だよ。あの人間が探してる少年なんじゃない?」
これといった特徴は無いが、黒髪なので多分そうなんだろう。一応少年を発見できたものの、見つけた後どうするのかさっぱり考えていなかった。
『何か考えておきなさいよ』
『美奈は何か考えていたの?』
『考えて無いわよ』
『だよね』
こうなると、手は一つしか無い。八尋に丸投げすることにした。
「これからどうすればいいと思う?」
「そうだね……」
八尋は目を閉じて考えていたが、良い案が思いついたのか目を開けた。
「オイラがこいつであの少年を捕まえてみるよ。他のやつは美奈に任せていいかな?」
八尋が街で購入したボーラを見せる。
「良いわ、任せて。でも、《中華人草》ってどうやって倒せばいいの?」
「背中の茸を切ってしまえば、しばらくは動かなくなるし、その後止めを刺せば良いよ」
「分かったわ」
見ている限り《中華人草》は動きが遅いので、倒すのは問題ない。
そういえば、すっかり忘れていたけど、茸は依頼品だ。
「あれ? 背中の茸は依頼の品だよね?」
「依頼の品〈中華人草の茸〉だね。だから、なるべく根本から切って。それから、注意する事として胞子を飛ばしてくるから、それは吸わないようにね」
「りょーかい。胞子は抵抗薬とマスクでどうにかするけど、捕まえた少年はどうするの?」
「とりあえず除菌薬を使ってみるよ。ダメだった時はあとで考える。じゃあ、そろそろ始めようか」
「いつでも良いわよ」
植物抵抗薬を飲みマスクを着ける。八尋は開けた場所を迂回して、少年を捕獲しやすい位置まで移動した。少年は《緑小鬼》型と離れているので何とかなるだろう。
ガサガサ!! と大げさに音を立てた八尋が、繁みから出て少年めがけてボーラを投げる。ボーラは円状に広がり少年に向かって飛んで行く。寄生されてる少年は動きが鈍く、まともにボーラをくらい絡め取られて地面に転がる。
《中華人草》達が八尋に気付き背中を向けた。此処ぞとばかりに繁みを飛び出し、抜刀と同時に手前の一体に横一閃、返す刀で更にもう一体の茸を斬る。斬られた《中華人草》はその場に倒れ動かない。
残り三体も動きが鈍い。側面に回り上段からの振り下ろしで一体斬る。
やっとこちらを向いた一体が、爪で攻撃してくるも動きが遅い。余裕で躱して側面に回り、茸を斬って落とす。
すぐ側まで来ていた残り一体は、茸から粉のようなものを噴出した。周囲が粉により黄色に染まる。突然のことに驚きつつ、大きく飛び退いて黄色の範囲から逃れた。あれが胞子か、拡散するまで待ち、再度噴出される前に間合いを詰めて茸を斬り飛ばす。
全ての《中華人草》が動かないことを確認して八尋の側に行くと、八尋は少年から茸を切り取って除菌薬を飲ませていた。
「どうなの、助かりそう?」
「寄生されてから時間もそんなに経っていないみたいだし大丈夫かな。養分を吸われて体力が無くなってるみたいだから、後でポーションでも飲ませるよ」
「そう、それなら良かった」
何とか少年を助け、少女の依頼を達成することが出来た。見つけるのが遅かったらどうなっていたか分からないけど。
ついでにもう一つの依頼も達成出来たが、ちょっと思いついたことがある。
「ねえ、《中華人草》って止めを刺さなかったらどうなるの?」
「さあ? 分からないけど、何かあるの?」
「ちょっと考えたんだけど、あのまま放っといたら、また茸が生えてくるかもって思って」
「生えるかもしれないけどさ。まあ、オイラはどっちでも良いけど」
「それじゃあ、止めは刺さずに茸だけ回収するから、なんか入れるもの頂戴。あのまま街に持って帰ったら胞子が飛び散りそう」
「それなら、このずだ袋に入れたら良いよ」
八尋が荷物から紐で口を縛る袋を取り出した。
「ありがと、じゃあ回収してくるわね」
渡されたずだ袋に〈中華人草の茸〉を入れていく。なるだけ胞子が飛ばないように慎重に扱い紐で口を縛った。
茸を切り取った《中華人草》を調べると、《緑小鬼》の身体はまだ生きている。
『菌床が生きてれば、また茸が生える気がするよね』
『生えるかもしれないけど、確認は出来そうにないわね』
『あ、それは考えてなかった』
明日には出発するから確認は出来ない。良い考えだと思ったんだけどな。
それにしても、そろそろ帰らないと街につく頃には暗くなりそうだ。
「もう此処には用もないし帰りましょう。その子は背負うから八尋はこれをお願いね」
八尋にずだ袋を渡し少年を背負う。
「しかし、無事に助けられて良かったよ。思わぬ収獲もあったしね」
八尋が上機嫌でずだ袋を大事そうに抱える。かなりの収入になりそうだから、気持ちは分かる。
「喜んでいる所悪いけど、手が塞がってるから魔物が出たら任せるわね」
「はいはい」
橋まで近いから出ないとは思うけどね。
無事少女の兄を助け、意気揚々と街への帰路についた。