12話 出会い
僕は朝まで目を覚ます事が無く、ぐっすりと眠ってしまっていた。昨日は波乱の一日だったし、目に見えない疲れが溜まっていたのだろう。
ふと気になり美奈を見ると、目を瞑って眠っている。霊って眠るものなのか? と不思議に思っていると美奈は目を覚ました。
『おはよう、早いわね』
『おはよう、早起きして美奈の寝顔を眺めてた』
『な……』
『なーんて冗談。美奈が眠ってるから、不思議に思って見てただけだよ』
『朝から変な冗談言わないで! でも、疲れたから寝ただけだけど、何か可怪しい?』
『いや、別に可怪しくはないよ。それで、疲れは取れたの?』
『バッチリよ。今日は厳しくするから覚悟しておくことね』
『お手柔らかに』
今日は地獄だな。気合が入ってる美奈を見てそう思った。
それにしても、疲れるって消耗しているって事だよな。美奈は大丈夫なんだろうか? 眠れば回復するみたいだけど心配だ。まあ、今のところは問題無いくらい元気そうだけど。
まだ寝ている八尋を叩き起こし、朝の支度を手早く済ませる。八尋はまだ眠いのか欠伸が出ていた。
「ふぁー、今日はやけに張り切ってるね」
「起きたら身体が軽くて調子が良いの、美奈も同じみたい」
「あーそうなると、今日は帰りが遅くなる気がするな。明日には出発するんだし程々にしといて」
それには同意する。しかし、全ては美奈次第となっている。僕にはどうすることも出来ない。
天海一家との朝食を終え、街の外に出るので昼食は要らないことを伝えた。
今日一日と時間が限られているので、急いで冒険者組合に向かうと、組合内は朝から人集りが出来ていた。余りにも人が多いので疑問に思ったが、時間もないし登録の方を優先する。昨日の受付の人に挨拶を交わし、討伐試験を受けたいと伝えると、
「すみません。今日はちょっと出来そうに無いんですよ」
やんわりと断られてしまった。
昨日は出来たのに何かあったのかな?
「出来ない理由は何ですか?」
「討伐試験には付き添いが必要なんですが、《迷宮》が発見されたので、今日は誰も居ないんですよ」
「《迷宮》ですか?」
「ええ、魔物の増加も《迷宮》の所為ですし、高崎の殆どの冒険者が討伐に向かいます」
「そういう事なんですね」
そんな理由から、今日の登録は無理のようなので、依頼だけ受けて魔物を狩りに行くことにする。しかし、依頼内容を見てもどの依頼が良いのか、さっぱり分からない。
『どれが良いのかさっぱりね。どの依頼を受けるかは八尋に任せましょう』
『そうだね』
分からないので八尋に丸投げしよう。八尋なら上手くやってくれると信じている。
「後は任せたわ。良さそうな依頼を受けといてね」
「……はいはい」
既に疲れた表情の八尋を残し、気になっていた休憩所に行くことにした。
休憩所は飲食が出来るように、カウンターで注文する形になっている。丸テーブルが六脚、各テーブル毎に椅子が六脚あり、朝食中の冒険者が座っていた。飲み物を注文して空いているテーブルに座り、八尋が来るまで飲みながら待つ。
『今日登録できないと、後は東京に着いてからだね』
『良いんじゃない。元々東京で登録する予定だったし』
『まあね。そういえば、《迷宮》って言ってたけど、どんなものなの?』
『詳しくは知らないけど、魔物が湧いて出て来るみたいね』
『それだけ?』
『財宝かなんかあるらしいけど、後は八尋に聞いて』
『はーい』
《迷宮》については、後で八尋に聞くということで落ち着いた。ゲームなんかでよく見る物と同じような気もするけど。
「此処よろしいですか?」
考え込んでいたら男性がテーブルにやって来て声を掛けてきた。周りを見ると空いているテーブルが無い。一人でテーブルを占領している僕に、声を掛けるのは当然か。
「ええ、どうぞ」
断る理由もないので快諾した。
空いている席に彼が座ると、後から仲間の女性が座った。もう一人の仲間は注文に行っているようだ。彼の容姿が気になりじっと見つめる。金髪で線が細くイケメンだが、耳がかなり長い。これがエルフというやつでは、と思っていると、
「フッ、また惚れさせてしまったようですね」
僕が顔をじっと見ていたのを、勘違いでもしたのか髪をかき上げそう言ってくる。
「な! ち、違います!」
慌てて否定した。何言ってるんだこの勘違い男。美奈は呆れてものが言えない。
「あんたねぇ、自分の顔に自信があるのは分かるけど、いい加減にしときな」
仲間の女性が呆れた顔で注意した。
「すまないね。腕は良いんだけど自意識過剰でね。悪気は無いから気にしないでおくれ」
「何を言ってる。女性が僕に惚れるのは当たり前のことだろう」
「まだ言ってるよ……。あんたは飯でも食っときな」
丁度その時、一人の女性が料理を運んできた。おそらく、もう一人の仲間だろう。
「また、ヤスがおかしな事言ってるのかニャ?」
女性をマジマジと見つめる。猫耳だ!! 女性には猫耳が付いている。動いているので偽物ではない。
「そうなんだよ。早く飯を食わせて黙らしておくれ」
「わかったニャ」
猫耳の女性はヤスと呼ばれた男の前に料理を置いていく。
「黙って食うニャ」
と言われて、黙って料理を食べるヤス。猫耳女性も席につくと料理を食べ始めた。その間も僕は猫耳が気になって仕方がなかった。
『猫耳は珍しくないわよ』
『美奈にはそうだろうけど、僕には珍しいんだよ』
猫耳女性を見つめる。食事中にも関わらず猫耳がピクピク動いていた。ヤバイ触ってみたい。
「何かニャ? 猫耳が珍しいのかニャ?」
「ええ。まあ」
「ふーん。だから、じっと見つめてるのかニャ。触りたいのかニャ?」
「出来れば、はい……」
「そんなに触りたいなら、ちょっとだけなら良いニャ」
「良いんですか!?」
猫耳女性が頭を差し出してきた。僕は恐る恐る手を伸ばして猫耳を触る。柔らかい。紛れも無い本物だ。耳の毛も柔らかく、気持ちが良い。顔がニヤける。
「何だ、耳が触りたかったのか。じゃあ、僕のもどうぞ」
何を勘違いしたのか、ヤスが長い耳を差し出してきた。
「あ、その耳は遠慮します」
にべもなく断ったことで、ヤスは固まっていた。リーダらしき人間の女性は、クッと吹き出しそうになるのを堪えていた。
「もう、そろそろいいかニャ?」
「はい。ありがとうございます」
僕は猫耳を十分堪能した。満足、満足。猫耳女性は食事を再開する。
『猫耳とかそういうの好きなの?』
『好きだよ。モフモフした物も好きだけどね』
『まあ、何が好きでも良いんだけど、私の身体ってこと忘れないでよ』
美奈は猫耳とかそういうのは好きではないようだ。手触りとか最高なんだけどな。今の美奈には理解してもらえないししょうがないか。
そうして美奈と会話をしている間に、吹き出すのを堪えきったのか、リーダーの女性が話し掛けてきた。
「あんた面白いねぇ。あたしは『姫』、こっちの猫人は『三葉』、この森の民は『ヤス』、よろしくしておくれ」
「美奈です。姫さん、三葉さん、よろしくお願いします」
「あたしは堅苦しいのは苦手でね。さんとか付けなくていいから、気さくに話そう」
姫の髪は短髪で黒、背はかなり高く体格はがっしりしている。美奈は『姫というより将軍みたいね』と言っていたが、確かにそんな気がする。姫の脇にある両手剣は迫力に満ち、冒険者として熟練者であることが雰囲気で分かった。
「美奈はここの冒険者なのかい?」
「違うわ。冒険者になるために軽井沢から来たんだけど、明日には東京に出発する予定よ」
「へぇ、あたしらのホームは東京なんだよ。向こうで会うかもしんないね」
東京の人なのか。これから色々とお世話になるかもしれないな。
「そうなんだ。東京で会ってもよろしくね。あれ、でも今、高崎にいるのは何でなの?」
「まあ、こっちには護衛でちょくちょく来てはいるんだが、今回は別件でね」
「別件?」
「魔物増加の調査で来たんだけど、《迷宮》が見つかったんでそれも終わったしね。後は来たついでに《迷宮》にでも行ってくるさ」
「《迷宮》か……。よく知らないわ」
「冒険者じゃなきゃ知らないだろうね。まあ、《迷宮》は冒険者の飯の種だから、嫌でも行くようになるよ」
《迷宮》について大した情報は手に入らなかった。行く予定もないので今は良いけど。
「そういえば、美奈には仲間は居ないのかい?」
「一人居るけど、今は掲示板のところで依頼を探してるところよ」
「そうかい。登録してないなら、あんまり良い依頼は無いだろうけどね」
しばらく姫と話していると、八尋が休憩所にやって来た。
「美奈、誰と話してんの?」
「八尋、こちらは『姫』、『三葉』、『ヤス』よ。今、色々と話しをしていたところよ」
八尋に三人を紹介すると、八尋は改まって三人に挨拶をした。
「八尋です。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
「よろしくニャ」
「こちらこそ、よろしくお願いするよ」
早速、八尋にどんな依頼があったか確認する。
「やっぱり採取依頼くらいしか無いね。〈骸骨の骨〉、〈中華人草の茸〉くらいかな」
「ふ~ん。そうなんだ」
依頼内容を聞いた姫が苦笑混じりに言う。
「面倒な依頼ばっかだね。しかし、その得物だと骸骨の相手はしない方がいいと思うけどね」
「ん?」
姫に言われて装備を確認したが、刀と弩はある。そういえば、骸骨には鈍器系の武器というゲームでは定番の設定だ。これは買う必要があるかな。
「骸骨はこの辺だと川を渡った先の山に居るんだったかね。まあ、何が起きるか分からないから、準備はちゃんとしときなよ。じゃあ、あたしらはそろそろ行くから」
「ええ。色々とありがとうね」
姫たちは手を振りながら休憩所を出て行った。
気付くと三葉の尻尾が揺れていた。尻尾も触らしてもらえば良かったな。
「さ~て、準備してから出発しようか」
「そうだね。買うものはオイラに任せといて」
僕達は必要な物を買いに組合を後にした。