11話 話し合い
お風呂での至福の時間を終え脱衣所を出た。隣には湯上がり美人。目には上気したうなじ、石鹸の良い香りが鼻孔をくすぐる。抱きしめたい衝動に駆られたが何とか堪えた。
秋は美人でスタイルも良く、おまけにお嬢様で非の打ち所がない。しかし、友人と呼べるものがいないという。まあ、友人になったことだし、これから親密になっていこうと思う。秋は二十歳ということもあり、歳も近いので問題はないだろう。
「秋、それじゃあおやすみなさい」
「美奈、おやすみなさい」
秋と別れて客間に戻ってきた。
仕切りがされて布団が一組敷いてある。もう一組は仕切りの向こう側だろう。
「八尋、お風呂入って来て良いよ」
「うん。わかった、入ってくるよ」
八尋はお風呂に入るため客間を出て行く。
僕は寝転がり、美奈と今後の事を話し合う事にした。
『とりあえず、東京に着くまでは何も出来ないと思うけど、これからどうしようか?』
『そうね、明後日まで時間があるし、実戦経験を積んだほうが良いわ。という訳で明日は魔物狩りよ』
『だね。今日の戦闘で魔物の恐ろしさを思い知ったしね。それで、どんな魔物を狩るの?』
『組合に行ってみないと分からないけど、依頼の内容次第かしらね。お金も稼げば一石二鳥になるし』
『強いのは勘弁してよ』
『あんまり弱いと意味ないんだけど』
美奈はスパルタだから安心できない。強そうな魔物の依頼が無いように祈ろう。
後は東京に着いてからどうするか決めとこうかな。
『美奈、東京に着いたらやることが色々あるけど、どれからやる?』
『着いたらまず、冒険者登録かしらね。組合員じゃないと書庫が使えない気がするわ』
『まあ、そうだろうね』
希少な文献があるということだし、一般開放されているとは思えない。
『じゃあ、【取り替え子】について調べるのは登録した後だね』
『ここまで来たら調べるのは、落ち着いてからでも良いけど。今日は色々とあったし、焦る必要もないわ』
急に美奈の声が殺気を孕む。あまりの突然の出来事に背筋が凍りつく。美奈がキレているのは風呂場での一件だろうな。
『ごめんなさい』
『済んだことはもう良いわ。ただ、私が恥ずかしくって死にたくなったのは、覚えておくことね。次は許さないわよ』
『はい』
最後通告か、次は無さそうだし気を付けよう。まあ、今日以上のことはもう無いでしょ。
『そういえば、八尋にはいつ話をする?』
『変だと思っているような気もするし、早いほうが良いかもね。八尋がお風呂から上がったらで良いんじゃない? 任せるわ』
『やっぱり八尋は気付いてるのかな?』
『確信は無いでしょうけど、何となく気付いていると思うわ』
『そうなると、問題はどう話を切り出すか、か……』
どう話をしようか考えていると、八尋がお風呂から戻ってきた。
「おかえり、お風呂気持ち良かったでしょ?」
「いや~広いお風呂でびっくりしたけど、さっぱり出来て気持ち良かったよ」
「一人だから泳いだりしたんじゃないの?」
「いや、泳がないからね」
冷静に返された。冗談で言っただけなのに。
八尋にどう話を切り出すかまだ思いつかないので、明日の予定から話すことにした。
「ねえ、明日暇になったから、魔物を狩りに行こうと思うんだけど、どうかな?」
「明日暇なら冒険者の登録をしても良いんじゃない?」
「あ、そういえばそうね」
言われてみれば、一日あるなら登録できそうだ。美奈に確認したら『良いんじゃない』と言ってたし、予定を変更することにした。
「じゃあ、明日は登録の試験を受けるってことで良いわね」
「りょーかい」
明日の予定も決まったので、後は八尋に打ち明けるだけだが、正直なんて言って良いか分からない。
「…………」
「……何か言いたいことがあるんじゃない?」
言い淀んでいると、八尋から図星を突かれた。僕は観念して話し始める。
「ある……けど、信じてもらえるかどうか」
「信じるか信じないかは、話してくれないと分からないよ」
「分かった、話すね」
八尋に美奈と入れ替わった経緯と、僕の事を一部を隠して話した。
「何となく様子が可怪しいとは思っていたけど、【取り替え子】の事は聞いたことがあったし信じるよ。それで、美奈はどうしてるの?」
「傍にいて「あんたの所為なんだから、責任取って協力しなさい!」って言ってるよ」
「アハハ、美奈らしいね。元気みたいで良かった」
「元気すぎて地獄の特訓させられたり、怒られてばっかりで大変なんだけど」
「まあ、それはしょうがないね。オイラもしょっちゅう怒られてたしね。あ、という事は、もう殴られないで済むのか、これは良いや」
八尋は殴られないことを喜んでいるが、そう甘くはないと思い知ることになるだろう。僕の体が勝手に動き、八尋の頭を殴るとパッカーン! と良い音がした。
「あ痛! いきなり何するんだよ!」
「ごめん、言ってなかったけど、ちょっとの間なら美奈が身体を操れるんだ」
「確かに今の殴り方は美奈そっくりだったけど、それはもっと早く言って欲しかったよ」
八尋は涙目になりながら、頭を抑えていた。やり過ぎじゃないの? と美奈に尋ねたが、『いい気味よ』と言ったのでそれ以上追求しないことにした。
秘密を話したことで気が楽になったが、まだ言っていない事もあるので後ろめたい気もする。
『ねえ、「男」だって事は言わなくていいの?』
『美奈が良いなら言ってもいいけど、おしっこする所と裸を見たって言う事になるよ』
『ダメー! それは言わないで!』
『でしょ?』
僕が八尋の立場だったら、美奈の中身が「男」だって言われたら嫌だろうなと思う。バレたらしょうがないけど、こちらからあえていう必要はないな。
まあ、それは置いとくとして、八尋には美奈の事で聞きたいことがある。
「ちょっと聞きたいんだけど、美奈ってどういう娘なの?」
「う~ん? 一言で言うと美奈って何も考えてないよ。後先考え無いから、付き合う方は大変」
「あー、それは今日一日で何となく分かった」
八尋は相当苦労していたようだ。話してる顔が老けて見えるのは気のせいだろうか。
「でも、憎めないから何だかんだで付き合っちゃうんだよね」
「そうなんだ」
そういえば、色々言われたけど別に嫌な気はしなかった。僕が困らない様に特訓してくれたのが分かったし、意外な事にからかうと面白いしね。僕も美奈のことは憎めそうに無いや。でも、ついからかっちゃうな。
『良かったね。八尋から嫌われて無くて』
『そ、そんなこと、言われなくても知ってるわよ!』
『はいはい』
まあ、からかうのはこのくらいにして、そろそろ話を締めないと。結構長い時間話をしていたので、段々と眠くなってきた。
「じゃあ、八尋そういうことだから、よろしくね」
「うん。こちらこそよろしく」
初めての魔物との戦いで疲れていたのか、物凄く眠い。もう、耐えられそうにない。
「もうダメ、眠い……。おやすみ……」
「ちょっと、こんなところで寝ないで布団で寝て!」
「もう動けない……。布団持ってきて……」
「持ってくるから、まだ寝ないでよ!」
八尋が持ってきてくれた布団に入ると、すぐに深い眠りに落ちた。