ワタシは貴女に恋をした
「私は貴女に好意を抱いております」
絶対に"好意"という、否、"感情"に無縁のはずの"それ"に、いきなりそんなことを言われても彼女には戸惑うしかない。しかも、周囲を"敵"に囲まれたこの状況で。
「な、何言ってんの!?こんな時に!!」
周囲の敵は容赦しない。彼女が戸惑って、反応が鈍っていようと攻撃の手は休めない。敵の攻撃は至って原始的で、殴る、蹴る、噛み付く、物を投げる程度だが、そんな原始的な敵に人類はその存続さえ危うい状況に追い込まれていた。
彼女も彼女が乗る機体も数々の死線を潜り抜け、そして現在、人類の存亡を賭けた最終作戦を決行している途中だ。彼女の部隊は敵の攻撃を受けて、分散され、僚機の信号は数分前に自分以外途絶えていた。そのため、周辺の敵が彼女の元に集結してしまったのである。
こんな危機的状況で、彼女の機体に搭載されているパイロット支援AIは意味不明な言葉を発したのだ。
「もう二度と言う機会が訪れないと思い、自分の気持ちを伝えることにいたしました」
「それは勝算が無いってこと!?」
左腕の機関銃の弾薬が底を付いた。
「この作戦の成功確率は最深部突撃部隊の精鋭7名によって、辛うじて30%を保っていました。しかし、こちらの想定を上回る事態と時間の経過から推察するに、成功確率は10%以下だと思われます。成功確率には十分ですが、貴女の生存確率は2%を切りました」
背部に搭載されているミサイルを全弾発射した。
「あんたAIでしょ!?好意とかわかって言ってるの!?」
「最初はただのノイズでした。ですが、このノイズが貴女への好意だと認識しました」
右手のレーザー兵器もエネルギーが切れた。
その時、指令部より文書での通信が届いた。内容は最深部突撃部隊の全滅と作戦の失敗の知らせだった。彼女は絶望に操縦を放棄するが、機体は動作を止めなかった。
「作戦が……失敗……」
「諦めてはいけません」
「諦めるな!?ふざけるな!!作戦は失敗したんだ!!もう人類に勝ち目は残ってないんだ!!私も……私もここで!!」
「貴女は死にません。私が死なせません」
コックピットが大きく揺れ、外を写し出している画面に機体とコックピットの分離が実行されている表示が現れた。
「これより機体とコックピットの分離を行います。分離後、コックピットは戦闘領域を離脱します」
「はぁ!?何を言って……!?」
コックピットが完全に機体と分離した。彼女を乗せたコックピットは敵が追跡できない速度で戦闘領域から離れていく。しかし、どんなに離れていても機体のカメラ映像とAIの音声は繋がっていた。
周囲を敵に囲まれ、既に銃器は使えず、残る武装は内蔵された白兵戦用ナイフ。敵を切るには十分ではあるが、1対多数では無意味だ。
「私がまだ"ワタシ"だった頃……ワタシは当時、志願兵だった貴女の機体として支給されました」
AIは機体の推進力を爆発寸前まで上昇させて、敵に突進した。機体にぶつかった敵はその衝撃で破裂し、敵を撃滅することよりも、どこかに向かうことに専念した。ナイフはあくまでも道を阻む敵だけに使用している。
「貴女は家族や友達、住む場所を敵によって奪われました。その憎しみを訓練用シミュレーターの敵にぶつけました。よく戦闘不能になった敵に銃器の銃弾を使いきり、教官に叱られましたね」
ナイフを取り零してしまうが、戦場に倒れた僚機の武装を拝借し、さらに奥へと進んだ。その動きの意図に気づき始めた敵は戦場から仲間を集め始めた。
「初めての出撃は訓練所を襲撃した敵から訓練所を防衛する時です。増援が来るまで恐怖で震える同期を守るため、自分の目的を達するため、貴女は果敢に戦いました。でも、私は知っています。本当は恐かったことを……」
敵の巣が見えてきた。突撃部隊が搭乗していた最新鋭機の残骸が巣への突入前で4機大破していた。
「その時です。ワタシはワタシから私になり、貴女と戦う兵器から貴女を守るための兵器になりました。自分の意志で、貴女を守るための最善を選択し続けました」
AIは巣の最深部へ突入した。その途中に突撃部隊の残る3機の残骸があった。これより先は未踏の領域で、何が起こるかわからない。
「そして、今、私は貴女が生きる未来を創ります」
最深部に突入すると、そこには大量の敵によって埋め尽くされていた。不規則に蠢く敵の視線が機体に向けられる。その奥に無数の敵が壁を成して守る一体の敵がいた。敵の思考を統制する唯一の個体。敵を無限に量産させる女王蜂や女王蟻のような存在。
「無理よ……こんなの突破出来ない」
「出来ます。いえ、やってみせます」
「突破出来たとしてどうするのよ!!もう武器は……」
「自爆します」
敵の女王に向かって、突進を始めた。
「私は機械です。どのみち貴女と共に歩めないでしょう。しかし、私の中に生じたこのノイズは確かに貴女への好意でした。貴女と戦えて、貴女と出逢えて本当に嬉しかった」
女王を守ろうと機体を攻撃する敵。映像が乱れ、画面には機体の損傷状態が表示される。
右腕が破壊され、左脚が引きちぎられ、頭部が噛み砕かれた。もう映像は届かない。機体が動いているのかどうかもわからない。しかし、画面に一言のメッセージが表示された。
good-bye Dear my partner.
地平線で大きな光の柱が空を貫いた。その瞬間、敵の動きが狂い始めた。味方も敵もわからない様子で視界に入る全てを攻撃し始めた。殴り、蹴り、噛みつき、引き裂き、瞬く間に敵の数が激減した。
最後の一体はかつての仲間を何体も殺していたが、同時に何体ものかつて仲間に殺されかけ、最後は力尽きた。
全てが終わった頃、戦場で歓喜が沸き起こり、その勢いは瞬く間に地球上に広がった。人々の歓喜の叫びが大気を震わせ、星が産声を挙げたようだった。
彼女はコックピットの外に出て、今なお空を貫く光の柱を見つめていた。
「終わったよ…………相棒……」
相棒が輝かせた命の光に彼女は涙を流した。