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幕間

 実はセーミャの能力が自分の商売にすこぶる役立つ事に気が付いたレドと、なんだかよく分からないが自分が思ったより価値があるみたいだと勘付いたセーミャが、食事の量に関して、往来のど真ん中で人目もはばからず口論を繰り広げていた頃。同じヒューズの街の中で、あるやり取りが繰り広げられていた。


「それで、これが今回の上納か」

「へい、旦那。その通りになります」


 そこは、ヒューズでも有数の大店であるホールマン商会の別館、その二階にある応接室だった。室内の内装は華美ではないが、見るものが見れば一発でその価値に気が付くだろう。椅子一脚とっても、並の人間が買えるものではない。

 そんな部屋で、くつろいだ様子で椅子に腰かけているのは、身だしなみを整えた初老の紳士――ホールマン商会の会長を務める、先代当主のハンス・ホールマンだ。少したれ目気味なのと、目じりに寄った皺のせいで好々爺然とした印象を受けるが、その眼光の鋭さがすべての要素を打ち消している。

 その眼光に若干ひるみながら、頭を下げ続けている行商人風の男――ネリヤは、この近隣でも最大規模の盗伐団――喪樹の盗伐を仕事としている集団を率いるリーダーだった。

 夜明け前からヒューズの市場が開くのを待っていた商人が一段落し、午後の取引が始まるまでの商会が最も暇になる時間帯を狙ってネリヤがここを訪れたのは、ヒューズの街の表だけでなく、裏にもその根を張り巡らせ、自らの庇護者にして支配者として君臨しているハンスに、久しぶりの上納を納めるためだった。

 だが、普段なら部下の男に渡して終わりのはずが、何故か今回は応接室まで案内され、ハンス本人と対面することになっているのだ。ネリヤは脂汗を流しながら、自分に何か落ち度がなかったか考え続けていた。

 そんなネリヤの内心など気にもせず、ハンスはネリヤから納められた黒い木の棒を指でもてあそびながら、鋭い眼光をさらに鋭くして、絶対に嘘を許さない意思を込めて問いかける。


「最近は『樵』に先を越されてばかりで、まともな上納も出来なかったお前たちが、どうして急にこんな代物を持ってこれた?」


 ハンスの手にある喪樹の枝、それは、喪樹全体でも最高の品質を誇るとされる梢の頂点の部分のものだった。

 喪樹を伐るのは困難だ。その強度は並の刃物では傷つける事すらかなわず、特殊な魔法と水銀を加えた武器でしか傷つけることは出来ない。そして、普通はそれでも完全に切り倒すことは出来ず、根こそぎ掘り返してから細かく刻み、各種製品の原料にするのだ。盗伐の場合も、完全に掘り返すことが出来ないために、一番質の低い地面に近い位置の枝を切り取るのが限界だ。

 それなのに、ハンスに納められたのは、硬度も高く採取が最も困難な頂点の部分の枝だった。

 こんな、取るのに手間のかかる高級部位を上納で納めるとなれば、それを超える利益をネリヤのグループは得たはずだ。それこそ、喪樹の枝を半分刈り取ったというレベルでだ。そして、ハンスから見てそんなことはまず不可能だった。領主であるスペンサー候の兵士は、そんな事を許すほど無能ではない。こうした異変に気が付かない事は、自分の頭を断頭台の下に差し出すに等しいという事を、ハンスはよく理解していた。


「何があったか、答えよ」


 その言葉に、ネリヤは不審に思われないように最大限気を使いながら、ハンスに答える。


「それが、今回ナイセで生えた喪樹から切ってきたんですが、どうも、ナイセを囲んでいる兵士の足並みが乱れてまして……」


 町を囲む兵士の配置が乱れていた。それは嘘ではない。だが、本当のことでもなかった。

 エリヤ達一行は、確かにナイセの町の近くまで来て、兵士が喪樹に殺到する前に枝の一本でもいいから奪ってやろうと待機していた。だが、乱れている、と言うより、殺気立っている印象の兵士達に隙は無く、結局突入の機会を逃したのだ。噂の『樵』ならこの包囲も抜けられるのかもしれいが、ネリヤ達の能力では、今からナイセの町に突っ込んでも、そこを出る時には縄をうたれる事が確信できた。出来ないと分かり切っている事をするわけにはいかない。

 そして、最近の失敗の多さを嘆きながら、ヒューズへの帰路に着いたネリヤ達が見つけたのが、街道脇に投げ捨てられた大きなリュックサックだった。

 それを拾ったネリヤ達は、その中身を見て絶句した。

 そこには、喪樹の中でも最高品質を誇る梢の部分の枝が、パンパンになるまで詰め込まれていたのだ。もしまとめて売却したら、盗伐団の全員が数年は遊んで暮らせる額になるほどの量が。

 ネリヤが上納したのは、その中の一本に過ぎない。

 そんな内実を悟られないよう、ネリヤは慎重に言葉を続ける。


「とにかく、最近は旦那への上納を出来ていなかったんで、少しでもいいものを納めようと思い、無理をして切ってまいりました……」


 それに対し、ハンスは一言、そうか、とだけ返し、またその目を上納された枝に向けている。その態度に、ネリヤは冷や汗を流す。もしかして、何か隠している事がばれたのか……?

 だが、結局ハンスは何も言わなかった。ただ、今後もお前達が無事に仕事を出来るよう便宜を図ろうと言い、ネリヤに退室を命じた。


「へい、ありがとうございます、旦那……」


 それに深々と頭を下げたネリヤは、ハンスの部下に促されるまま、ホールマン商会の建物を出る。

 そして、商会の建物から少し離れたところで、尾行が無いか確認してすぐに裏路地へと入っていく。


「どうでしたか、親方?」


 そこには、ネリヤの帰りを待っていた、盗伐団の人間が待機していた。

 だが、その装備はとても盗伐団が持つような代物ではなかった。ただの上着に見えるものは中に喪樹の小枝を織り込んだ一品で、刀剣の一撃を容易に弾く強度を持つ。腰に下げた短剣の鞘も、表面の塗装のせいで分かりにくいが、喪樹の武器が収まっている事が見て取れた。それらの装備全てが、一般的な警邏の人間では、取り押さえるどころか逆に切り捨てられかねない代物だった。

 そんな重武装の集団が隠れていたのは、もしネリヤが捕まった時に、商会を襲撃してその身柄を奪還するためだった。


「ああ、何の問題もねえ。この様子なら、これからも安心して働いていけそうだぜ」


 部下と合流したネリヤは、先ほどまでのへりくだった態度が嘘だったかのように横柄な態度を取りながら、部下が差し出した短剣を受け取る。それもまた、喪樹で出来たものだった。そして、そのまま自分たちだけのアジトへと、街中を堂々と移動していく。

 見た目には、武器を持っただけの荒くれ者といった風情の一団は、しかし、ヒューズの街で目立つことは無い。元々、東に向けて旅立つ隊商や、逆に東から到着した隊商は、魔物などの対策のため多数の護衛を引き連れている事が多い。街の中には、ネリヤと同じような軽い装備を纏ったままの傭兵の姿が他にも大勢存在していた。


「それよりも、あのリュックサックの持ち主だ」


 普通、盗伐団などがこんな高級装備を身に着ける事はまずない。装備に金をかけるくらいなら、それで遊ぶのがその流儀だ。だが、今回ばかりは違った。何しろ、今度こそ本当に、一生遊んで暮らせるような巨大な金づるが見つかったかもしれないのだ。


「犬はどうだった? どこまで追えた?」


 ネリヤ達は、あのリュックサックの持ち主を、かの有名な盗伐屋『樵』だと確信していた。これまで樵が犯人だとされた事件の数を考えれば、あれだけの枝をため込んでいてもおかしくはない。どんな理由でそれを捨てなければならなかったのかは分からないが、のっぴきならない事情があったのは確かだろう。

 そして、そのミスは、ネリヤ達にとって千載一遇の好機だった。

『樵』は、周辺の裏組織と一切かかわりを持っていないことが知られている。そのことは素性を隠すのに買っていると共に、どこの組織の庇護も受けていない事を示していた。つまり、ネリヤ達がその『樵』を襲っても、それを咎める者は誰もいないという事だった。

 それに成功した時に得られる、『樵』がため込んでいるだろう膨大な金貨の山と、その盗伐ノウハウを考えほくそ笑むネリヤ。上手くすれば、手に知れた金でホールマン商会の下から離脱するのもアリだ。そうすれば、これからは上納金を納める立場じゃなく、逆に納められる立場に付ける……!

 そんな未来を夢想するネリヤに、追跡状況を問われた部下が、『樵』がこのヒューズの街に入ったことは間違いないと答える。


「そこから先は、門番の目の前でにおいを嗅がせるわけにもいかないので分かりませんが、下町の情報屋を使って調査させています」

「あん? どうやってだ、外見もわからんのに」

「外出していた期間で絞っています。『樵』が活動していたタイミングで、街を出ていた奴です」


 その部下の手際の良さに、ネリヤはさらに笑みを深める。いい、いいぞ! これは間違いなく、俺たちにも運が向いてきたってことだ。


「ただ、それよりいいやり方を思いついたんですが……」

「なんだと?」


 普段なら部下の進言など鼻で笑うネリヤだったが、今この時ばかりは、この優秀な部下の話を聞く気になった。


「一体どんな手だ?」

「それは――」


 そして、その案を聞いたネリヤは、即座にそれを採用することを決める。

 盗伐団一同の脳裏には、金貨の海を泳ぐ自分たちの姿が浮かんでいる。そして、この計画に成功すれば、それは現実のものになるはずだった。

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