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異形、異質  作者: 魚の涙


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4/9

塩胡椒

 昨晩幽霊(仮)を撃退した道を四十キロの冷凍鶏肉を持って通る。

 本日三往復目になる。

 終日人気の無い道で、西側がブロック塀、東側が竹林になっている。

 西側には寺があり、東側が山なのだ。

 寺に鮫島の墓は無いが、山には鮫島が埋まっている。

 今日は夕方までする事も無いのでひたすら肉を買い込む作業だ。

 そうやって今日買い込んだ肉は今持っている分で百キロを超える。

 一人暮らし用の小さな冷蔵庫を埋め尽くす量だ。

 大量の肉を買い込んだが、恐らく半月も経たずに無くなる。

 迷惑な同居人羽村が食べ尽くすのだ。

 そう言えば、羽村と初めて会ったのはそこの山の中だった。

 その日、俺は鮫島を殺した。

 首の骨を折って殺した。

 当然鮫島から抵抗は無かった。

 埋める穴は掘ってあったので、後は埋めるだけで鮫島の依頼は完遂できる状態だった。

 掘る時は鮫島と二人だったが、埋めるのは俺一人だ。

 面倒臭いな。そう思って少しの間何もせずに鮫島の死体を眺めていた。

 まだ死体らしさは無く、触ってみるとほんのり温かくも少し冷めた感じだった。

 埋めるか。と気合を入れて立ち上がると、少し離れた場所にある木の根元から顔が生えていた。

 羽村の顔は遠くからでも良く見えた。

 鼻筋が通った美麗な顔だった。

 昼間だったので目は青味を帯びていた。

 青味を帯びた目は左右別々に動いていた。

 この時点で人間では無いと断定俺を誰が責めようか。実際人間であるかどうかは怪しい所だが。

 羽村は俺と鮫島に対して同時に視線を巡らせ、黒い革手袋を出した。

 黒い皮手袋が出て来た、と思ったのは細い木の後ろに身体を隠せるなんて思ってもいなかったからだ。

 結果的に全身が木の陰から這い出て来て、俺は羽村がどうにかして木の後ろに隠れていたのだと考える事も出来る様になっていた。

 羽村の肩の関節がどうなっているのかは今でも良く分からないが、その時の羽村は蜥蜴の様なスタイルで俺の足元に這い寄って来た。

 見た目を形容するならば這い寄るが適当なのだが、速度は走る人のそれだ。

 擬音を充てるならばカサカサやガサガサが適当だろう。

 しかし実際は無音だった。

 腹が地面すれすれを滑っていた。

 肩や手首の関節の動きも不可解だが、足首の構造も不可解である。

 どうやったら腹部を地面から数センチ程浮かせた状態を保ちながら、足の裏と手の平のみを接地させて走る事が出来るのだろうか。

 そんな事を考えても仕方ない。現実は目の前にある。どれだけ現実離れしていても。どれだけ現実逃避したくても。

 狂おしい程の未知への恐怖を感じながらも、俺の体は現実逃避を選んだ。ある意味では現状維持であった。

 即ち、全く動けなかったのである。

 想像を絶する恐怖とはこの事である。

 この経験があったから幽霊(仮)に冷静に対応出来るのだが、羽村に感謝する気は無い。

 一瞬で俺の足元まで来た羽村は死体の匂いを嗅いだと思うと飛び起きた。

 映画等でキョンシーが棺桶から立ち上がる姿を見た事があるだろうか。あれの唐突さがその時抱いた印象に一番近い。

 だが実際は引き出しの隙間から出た紙の端を上向きに引っ張り出す様な動きだった。

 関節どころか骨格すら無視した動き。体の構造が根本から人間離れしている。

 羽村が二本の足で立った結果、その顔が俺の目の前にあった。

 立ち方は非常に良い姿勢だった。身体の中心に棒があるかのような綺麗な立位だった。

 その顔は普通の人間だった。その目も普通の人間だった。

 羽村の顔は至って正常な人間のそれだった。

 読み取れる感情は怒りか苛立ち。

 ひょっとしたら正義感が強い人間なのかも知れない。

 そんな事を考えるくらい、この一瞬だけ俺は羽村に普遍的な人間を感じていた。

「ふざけるなよ貴様」

 声は想像していたより低く通らない声だった。

 発音は綺麗だし、イントネーションは標準語、極端に小さくも大きくも無い声量だった。その完璧な発声を奇妙なノイズが完膚なきまでに壊していた。

「人殺しの現場を俺に見せつけやがって、弱みを握らせてどうするつもりだ」

 人は見掛けによらないとは言うものの、ここまでちぐはぐで出鱈目な人間に出会った経験は俺には無かった。

 そもそも人なのかこいつは。その疑問は今に至るまでずっと持ち続けている。

 余りの突拍子の無さに呆れたその瞬間、羽村は怒りを明確な殺意に切り替えて俺の顔に手を伸ばして来た。

 怖かった。実際少し漏らした。漏らした瞬間は鮮明に覚えている。情けないとは思わない。当然の反応だ。

 紆余曲折あって、俺は生き残った。

 実を言うとその紆余曲折を俺は覚えていない。

 後から羽村に聞いた所「楽しい殺し合いだった」との感想を頂いた。

 俺は奮戦した様だ。

 羽村真。

 その日、俺の携帯電話の連絡帳に追加された忌々しい名前である。

 驚くべき事に、羽村は携帯電話を持っているのだ。

 その時は羽村にせっせと肉を買い与える日が来るとは思っていなかった。

 嫌な思い出を振り返りながら道を通り抜けると、残酷荘はすぐそこだ。

「あ」

 重大な事実に気付いた俺は思わず声を出した。

「塩胡椒買うの忘れた」

 忘れたのは本日三度目である。鳥頭か俺はと、冷凍鶏肉の重みを感じながら思った。

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