四度目の襲来
幽霊(仮)は今日も鮫島繭が死んだ時と同じ見た目で現れた。
服装は白いワンピースに赤いハイヒール。
髪型はショートボブ。
生前に本人から聞いた話だと鮫島はパーマがかからない髪質だそうで、そのショートボブにふわりとした感じは無く、鮫島の過剰なまでに白い肌と相まって日本人形の様な印象があった。
一方でアーモンド形のくりくりした目は生前の印象と打って変わって狂気に満ちていた。
幽霊(仮)は俺と目が合うと口角を吊り上げて笑った。
なんとも殺伐とした笑いだ。生前の鮫島と同じなのは姿形だけである。
あの風鈴が鳴る様な涼しげな笑いでは無い。
俺は幽霊等存在しないと固く信じている。根拠もある。
しかし今回で四回目の遭遇を果たした鮫島の姿形をしたモノを表現するのは、幽霊と呼ぶのが一番適切だとも思っている。
宙に浮いて寄って来る様等まさにぴったりと言った感じだ。
そう言った経緯で俺はソレを幽霊(仮)と名付ける事にした。
幽霊(仮)は宙を滑る様に俺に迫って来る。
俺は右手に持っていたビニール袋を思いっきり振るった。
ビニール袋には八百軒のロゴがプリントされている。
八百軒は近所にある業務用スーパーだ。
袋の中身は羽村の為に買った冷凍鶏肉二十キロ。
幽霊(仮)が面白いくらい吹き飛んだ。
だが、その程度でめげる幽霊(仮)ではない。
壁にぶつかった幽霊(仮)は何事も無かったかの様に復活して俺に向かって来る。
再び冷凍鶏肉二十キロを幽霊(仮)に打ち付ける。
吹き飛ぶ幽霊(仮)。
ふむ、使えるなこれ。持ち歩くには重すぎるのが難点だが。
そこから先は不毛なルーチンワークだった。
迫る幽霊(仮)、唸る冷凍鶏肉二十キロ。
三十回程それを繰り返しただろうか、ようやく幽霊は消えた。
俺は全身汗だくだった。
大半は冷凍鶏肉二十キロを振り回した事によるものだが、冷や汗も幾分か混ざっている。
二回目の遭遇の際、好奇心から幽霊(仮)に何もしなかった時のアレを思い出して、俺は身震いした。
あの痛み。痛みだろうか?いや、痛みと表現するしか無いだろう。あの痛みは二度と味わいたくない。
幽霊(仮)は何なのだろうか?
幽霊と言うモノが存在しないと俺は固く信じている。証拠もある。
そして幽霊(仮)は鮫島でもない。
鮫島を埋めた山に行って鮫島の死体を掘り返したが、そこにはちゃんと腐敗した遺体があったからだ。
鮫島の白い肌は周囲の土と同じ深い黒に染まっていて、それは俺が土に埋めたせいだと思うとなんだか少し嬉しかった。
蟹股で膝に手をついて、肩で息をしていたら少し呼吸が落ち着いてきた。
幽霊(仮)は数日の内にはまた俺を襲うだろう。
これまでのパターンから考えれば恐らくはそうなのだ。
「なんとかしないとなあ」
月を見上げて、俺は力無く呟いた。
うじうじしていても仕方ない。帰ろう。
迷惑な同居人羽村に餌を提供しなければならない。




