光と影
少女と出会った次の日、僕はまたあの図書館に来た。
図書館は、土曜日だというのに、人が全くいない。
不思議に思いつつも、昨日の少女のことが気になり、図書館中を隈なく探してみたが、見当らなかった。
少女はいなかったが、せっかく来たのだからゆっくり本を読もう。
僕が本を探しに席を立とうとした時、図書館の入口付近で僕に笑顔で手を振る少女がいた。
そして、僕の方へ歩み寄り、隣の席に座った。
彼女は
「今日も来てたんだ。」
と言うと、僕の方を見て破顔した。
その時、幼い頃に出会った少女と、目の前にいる少女の顔が重なった。
(ありえない。そんなことあるはずない。)
とは思いつつも、僕が彼女の顔をまじまじと見ていると、彼女は
「どうしたの?」
と尋ねてきた。
しかし、僕はそれに対しての受け答えはせず、すぐに彼女に問いかけた。
「あ、あの...僕達、まだ小さかった頃に出会ってますよね?」
すると、彼女は少し考えてから
「そ、そうなの…?...ごめんね...覚えてないんだ...」
と答えた。
僕は、そんな彼女の表情に影がある様に思えた。
彼女のことは気になったが、
(人違いだったのかも知れないな)
と、自分に言い聞かせた。
僕は、彼女に
「すみません。人違いだった様です。」
と言うと、彼女は
「ううん。大丈夫だよ。あとさ、その、敬語で喋るのやめてくれないかな?」
と、返してきた。
そういえば僕はずっと敬語で話していたな。
友達がいないので、弟達と喋る時以外は、ほとんど敬語で喋っているのだ。
いわゆる、コミュ障というやつだ。
いくら直そうと思ってもこればかりは直らないから困る。
今度、コミュニケーション論の本でも読もう。
「わかりまし...わかった。気を付けるよ。」
と、敬語を使いそうになったので、慌てて訂正すると、彼女は
「よろしい!以後気を付けるようにっ!」
と返してきた。
そんな彼女がとても可愛く思え、僕は不覚にもときめいてしまった。
女の子と交流したのも5、6年ぶりだからしょうがないのかもしれない。
そう考えつつも僕は、彼女に疑問に思っていたことを尋ねた。
「あのさ、昨日、いきなりいなくなったけど、どうしたんだ?」
と聞くと、彼女は
「ああ、それね。君がぼーっとしてたから、つまんなくって先に帰っちゃったの。ごめんね。」
と答えた。
あの時の自分はそんなにぼーっとしていたのだろうか。
確かに彼女の方を見ずに窓の外ばかり見ていた気はするが。
色々考えていると、今度は彼女から話を振ってきた。
「あ、そだ、名前まだ聞いてなかったね。私は伊万里 葵。君は?」
僕は名前を聞かれたので、色々考えてはいたが頭を切り替えた。
「九重 昴。」
と、名前だけ告げると、彼女は
「じゃ、昴、ちょっと散歩しない?せっかくいい天気なんだし。」
と、言って僕の腕を引っ張ってきた。
僕の腕を引っ張る彼女の姿は、幼い頃の彼方と遥を見ている様で、とても懐かしく思えた。
まだ昼過ぎということもあって、空は夕方とはまた違った美しさが見られる。
ガラスを通して見たような淡い水色の空には、絹のようにやわらかな雲が浮かんでいた。
僕は彼女に手を引かれて、薄暗い図書館から明るい空の下へ出た。