帰宅
いきなり姿を消した少女のことは気になるが、そろそろ図書館を出なければならない。
家を出る時に弟の“九重 彼方”から5時に学校の前で待っていると言われたのだ。
僕は、本にしおりを挿み図書館を出た。
図書館から弟の通う中学までは近いが、急な坂を上らなくてはならないから面倒だ。
坂を上ると、そこにはもう彼方が待っていた。
「兄貴ーっ!来んのおせーよ!早く帰んねーと海老名に見つかっちまうじゃねーか!!」
どうやら彼方はまた担任から逃げてきたらしい。
グラウンドの方を見ると、彼方の担任“海老名 航平”がきょろきょろと辺りを見回しているのが見えた。
彼方を探しているに違いない。
さて、今日は何をやらかしたのだろうか。
「彼方...今日は何で海老名先生から逃げてんだ?」
僕がそう尋ねると彼方は、自慢げに
「追試サボった!んで、サッカーやってたところを見つかった!」
と答えた。
そんなことを自慢げに言わないで欲しい。
「お前なぁ...今度はちゃんと追試受けるんだぞ?今のうちからちゃんと勉強しとかないと、高校どこも受からないからな?」
と僕は、彼方に少し甘いのかもしれないなと思いつつも、いつもの様に軽めの説教を終えると、彼方の顔が引きつっているのに気が付いた。
彼方の視線の先を見ると、妹の“九重 遥”が立っていた。
何かを企んでいるような不気味な笑みを浮かべている。
きっとまた、彼方をおもちゃにして遊ぶつもりなのだろう。
遥と彼方は双子で、顔はそっくりなのだが、性格がまるで違う。
遥が姉ということもあって、彼方はいつも遥に下僕のような扱いを受けているのだ。
「かーなーたっ!おにーちゃんっ!!今帰り??」
「ああ。遥も一緒に帰るか?」
彼方は顔を引きつらせたままだが、気にせず僕が尋ねると、
「うん!でも、ちょっとまって...海老名せーんせっ!」
やはり遥は、彼方が先生から逃げていたことを知っていたらしい。
遥の顔が満面の笑みなのに対して、彼方は遥を黙らせようと必死になっている。
「ちょ、遥っ!黙れって!見つかっちまうだろーが!!」
彼方がそう言うと、遥は
「あっれー?人に物を頼む時にそんな言い方していいの??」
と、彼方を虐め始めた。
遥は、性格が悪い。というか、いわゆる“ドS”というヤツだ。
彼方は
「ああもうめんどくせえなっ...静かにしてください!お願いします!!...これでいいのか?!」
と、遥の待ち望んでいた、返答を返す。
すると、遥は
「最初の言葉がちょっと気になるけど、まあ良しとしましょう♪」
と、悪戯っぽい笑みを浮かべている。
僕は、この二人のやり取りを、見ていて面白いから好きだ。
...たまに巻き込まれることはあるが。
「遥、もう気は済んだか?帰るぞ。」
と、僕が言うと、二人は
「ういー」「はーいっ!」
と言って付いて来た。
図書館よりも高い所から見る夕焼けは、建物や木などの障害物が視界に入らないので、余計に綺麗に見える。
僕は、この景色を見るたびにまだ幼かった頃のことを思い出す。
今は友達の少ない僕にも、以前には沢山の友達がいた。
その友達の中の一人の女の子は、この夕焼けを見て
「やだな。またひとりぼっちになっちゃうよ。」
と呟いたのだ。
彼女も、図書館で出会った少女と同じ、寂しそうな笑みを浮かべていた。
そのときの僕は、彼女の発言よりも皆と遊ぶことを優先したかったので、どういう意味か気になりはしたが、意味を問いはしなかった。
今となっては彼女の発言の意味が気になってしょうがない。
僕はもう一度彼女と会えたらなと思いながら弟達と帰宅した。