出会い
僕“九重 昴”はいつもの様に図書館で本を読んでいると、自分と同じくらいの年齢であろう少女が僕の目の前に立っていることに気付いた。
「君は眼鏡がよく似合うね。」
彼女はそう言って僕の眼鏡を取り上げた。
一瞬で滲んだ世界に放り出された僕は読んでいた本を閉じて
「返して下さい。」
と彼女を睨んだ。
彼女は僕の眼鏡をいろいろな角度からじろじろと観察しながら
「あら、別にいいじゃない。」
と笑った。
その様子に若干の苛立ちを感じたが、なかなか眼鏡返してくれそうにない彼女を見て、諦めてまた本を開く...が、もちろん僕の滲んだ世界の中で文字など読めるはずがない。
本に顔を近づけてなんとか文字としての認識ができたが、この状態で読むとなると、かなり根気がいるだろう。
本から顔を離し、彼女をまた睨むと、彼女はまだ飽きずに僕の眼鏡を見ていた。
しばらくすると僕の視線に気付いたのか彼女はちらりとこちらを見て
「これかなり度、きついよね。君ってそんなに目が悪いの?」
と尋ねてきた。
僕は幼い頃こそかなり視力がよかったが、だんだん世界が滲み始め、気付けばほとんどのものは輪郭を失っていた。
僕が暗いところで本を読んだのがいけなかったのか、はたまたそういう運命だったのかはわからない。
はじめて眼鏡をかけたときの衝撃は、今でも鮮明に覚えている。
輪郭を取り戻した世界。
滲んだ色はあるべき場所に収まり、人間の瞳でここまで表現できるのかと思うほどの色彩の美しさ。
滲んだ世界の中にいた僕にとって過去に体験しているはずのその世界は、ひどく美しかった。
「悪いですよ。今、あなたの顔がただの化け物にしか見えない程度に...ね。」
と答えると、彼女は
「これをかけたらただの化け物が絶世の美女に見えるかもね。」
と笑いながら眼鏡を机の上に置いた。
やっと眼鏡を見ることに飽きたと思えば、今度は僕が読んでいた本に興味を持ったらしい。
僕が眼鏡を手に取るのとほぼ同時に彼女は僕から本を奪ってぱらぱらとめくりだした。
「返して下さい。」
そう言っても無駄だとはわかっていたが、一応口に出してみる。
「これは君のものじゃないわ。図書館のものよ。」
と彼女は本をめくりながら言う。
僕は本を諦め、周囲を見回した。
レンズ越しに見る世界は、やはり美しい。
絵の具を溶かした水をひっくり返したような世界ではなく、細い筆で様々な色を使って描いた…いや、絵には譬え難いものだ。
窓の外を見るとオレンジや赤などの言葉では足らないほど美しい色をした夕焼け。
風が吹くたびに揺れる木の葉の一枚一枚が生きている。
眼鏡がないと、僕には見ることのできない世界。
ページをめくる音が聞こえなくなったので、気になって前を向くと、もうそこには彼女の姿はなく、本だけが残されていた。