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だいロクわ★どうでもいいと捨てた物ほど後で必要になる場面が人生においては何度かある!

「……無いぞ」


 机の下を覗くために屈めていた小さな体を元に戻しながらクソガキ改めバラムが苛立たしげに呟く。

 俺もイスに座りながらモヤモヤした物を吐き出すようにそれに答える。


「無いな」


 そんな俺らの声に気付いたようで、今しがたまで押入れに頭を突っ込んでいたメイルさんも体を出しながら困った風に言う。


「無いですね~」


 ん? 俺らが今どこで何をしているか説明しろって? メンドくせぇ……。

 あ、はい。ごめんなさい。調子になりました。

 少し前から俺とクソガキとそれからメイルさんの三人で、俺の部屋に集まって探し物をしていた。いったい三人で何を探しているかというと、まあうん、ほら、あれだよ。あの~、やべ何だっけ。……あ、思い出した。本だよ。このクソガキを喚び出した時に読んだあの変な本を探してるんだった。

 なんで突然思い出したかのように本を探しているかというと、事の始まりはこうだ。

 俺が今日の夕方、学校から帰ってくるとクソガキから、


「儂を召喚した時に何か道具を使わなかったか?」


 と、訊かれたんで俺が、


「変な本を読んだら煙が噴出(ふきだ)して、そうしたらお前が出てきたぞ」


 って言ったら、急に嬉しそうにそれを見せろって言ってきたんだよ。

 で、俺が最後に置いた記憶のあるベッドの横の辺りを探したんだが見つからなかったので、クソガキの命令でメイルさんも探索に加わり、その後全く見つかる気配が無かったのでクソガキまでいつの間にか加わり、俺の部屋をひっくり返す勢いで探す羽目になった。

 途中で危うく俺の秘蔵本が見つかりそうになるアクシデントがあったがギリギリ回避に成功した。危ないところだった。

 部屋の中を粗方探したが一向に見つかる気配がなく、クソガキが手を止めたのを機に小休止をする事になり、それで今に至るってわけだ。

 いつの間にか日課になったメイルさんの淹れてくれるお茶を啜りながらクソガキが呟く。


「本当に本だったのか? 貴様の勘違いではないのか?」


 クソガキはそう言ってガン飛ばすような顔で俺を見てくる。いや、勘違いで本に見間違えるって勘違い以前の話ですよねソレ。


「確かに本だったぜ。なんかこう変な模様とか文字がビッシリで題名は分かんねーけど……」


 俺が本についてどんな外見か思い出そうとしていると、クソガキの湯呑みが空になったのを見たメイルさんがお茶を注ぎ足そうとする。


「ふーーん」


 訊いといて興味の無さそうな生返事。一発ジャーマンスープレックスを掛けてやりたい。出来ないけど。


「バラムさま、おかわりは如何ですか」


「もういらん。これ苦くて不味いぞ」


 メイルさんが急須を軽く持ちながらクソガキに薦めるが断られる。

 ウチには紅茶とか洒落たのがないので、主に緑茶の茶葉缶からメイルさんがお茶を淹れてくれている。メイルさんはお茶の味に満更でもないらしく結構頻繁に飲んでいるが、クソガキはあまり好きじゃないらしい。と、いうか露骨に嫌っている。へっ、ざまぁ。

 クソガキは不味そうに舌を出しながら、一応飲み干したらしい湯呑みを盆に戻してから言う。


「むうー。これでは埒が明かん。貴様、よもや無くしたとかほざいてくれるなよ。お前の言うソレが無ければ困るのは結局お前なのだからな」


 ほざくなって言われてもなあ。どこからどう見ても今の状況は本を無くしているわけで、この部屋に無い以上俺には何とも言えないわけで……。

 こいつを呼び出してしまった時以来弄ったりしていないので、探せば見つかると思っていた。が、小一時間三人で広くは無い部屋を探しても見つからなかった。これはどう考えてもオカシイが、考えられる可能性なんて幾つも無いし、そのどれもが有り得ない。

 悩んだ結果、俺は嫌々口を開く。


「う、う~ん……き、き」


「き?」


「消え、た?」


「……」


 とても静かな間だった。


「アホか! 言いよったわ! 何が「消えた?」だヴォケ! しかもなんで疑問形なんだ貴様! よりにもよって! 貴様はっ! きっ……ハァーーーー、頭が痛くなってきた」


「バラムさま、お飲み物を」


「うむ……ウグッ、苦い……」


「あ、あ! 申し訳ありません! 直ぐに違うものを!」


 メイルさんが慌てて渡してしまったお茶を飲んで唯でさえ苦い顔がさらに苦くなっていく。メイルさんは急いで他の飲み物を取りに部屋を出て行ってしまった。クソガキは力尽きたようにベッドに倒れこんで動かなくなる。

 それにしても、なんでこんなにムキになってあの本を探してんだこいつ?


「おい、バラム」


「うっさい黙れ」


「いや、でもさ」


「喋るな『ズキューン』『パァン』野郎」


「…………」


 その瞬間、俺の中で何かが砕け散る音がした気がした。どう考えても俺に落ち度がある。だが、それを踏まえてもこんな事を言われる筋合いはない。いや、ここはひとつ落ち着こう。

 よし。俺は今すぐコイツを窓の外へと放り投げる事を決意した。

 ガラララ――。

 窓を開けて鳥の声を聴く。チュンチュンだかカァーカァーだか意味は不明だが、今の俺にはとても爽やかな鳴き声に聴こえて来る。父さん、母さん、あなた達の息子はこんなに大きく育ちましたが、男の子としての尊厳は踏みにじられっぱなしです。そんな僕だからこそ、怒っていいですよね?


「なぁバラムさんよ……」


「……ふん」


「おぉらぁぁ! ちょっと空飛んでみるかクソガキぃぃぃぃ!!」


「うむ? ぬおおぉぉぉぉ!? 急になんだおまぁぁぁ!?」


 クソガキの胴を掴み思い切り持ち上げ、そのまま勢いで窓の方へと放り投げる。狙うは遠くを流れるあの丸型の雲! 悪魔だしこのくらい問題ないだろう!


「いっけぇぇぇぇ!」


「ちょっ! ばか者! いくら何でもっ! 落ち着けぇぇぇぇぇ――」


 俺が思い切りクソガキを放る。クソガキは綺麗な放物線を描きながら窓の外へと飛び出……さなかった。


「――ぇぇぇぇぇぶがっ!!」


 飛んで行くかと思いきや窓から出た辺りで奇声を挙げてピタリと空中で静止したのだ。そしてその場でずり落ちる様に窓の枠に垂れる形で落ちた。あれ? 空中で止まった……よね?

 俺は確認する為に恐る恐る窓の外を確認しよう頭を出した。


「む! この気配はっ!」


「おぐふっ!!」


「へぶっ!!」


 いってぇーー! 超痛ぇ! 

 突然ガバッと頭を上げたクソガキの頭突きが俺の顎に完璧なタイミングで激突した。完全に予想してなかった痛撃に俺の脆い涙腺は堪えられなかったようで、なんか……今一瞬意識が無かったかも。

 予想していなかったのはクソガキも同じだったようで、二人してぶつけた部分を手で押さえながらその場にうずくまる。


「「うぐぐぐぐ……」」


「き、貴様、あ、後でか、覚悟しておけよ……」


 打ち付けた部位が頭だったクソガキの方が復帰が早かった。が、思い切りぶつけた所為でまだ声が多少震えていた。

 顎を強打された俺は間接が外れているんじゃないかと思うような激痛に耐えながらも反論しておく。


「ぶひゅかっへきはのあおまいぇだお!(ぶつかって来たのはお前だろ!)」


「ぐぬぅ……まだ言い足りんが、それよりも話は後だ。今はこちらが先だっ」


 クソガキがキッと窓を見るのと同時に窓が光った。

 いや、正確には窓の直ぐ傍に光が在った。

 眩しくてとても直視できるもんじゃない。手で前を遮りつつ薄目を開けて足元を確認すると光はいつの間にか部屋中に充満しているような勢いになっていた。

 訳がわからないのでとりあえずクソガキの方を見ると、こんな眩しい空間で真っ直ぐに光を見ながらいつもの皮肉ったらしい口調で光に向かって話しかけていた。


「神の使いっ走りが何の用だ?」


 クソガキはいつもの生意気な口調のまま喋る。

 1人で何を言ってるのかと思って見てみると、今まで光っていた物の輪郭がはっきりしてきて、クソガキはソレに話しかけているらしかった。

 光は徐々に人の形におさまっていき、段々とその輪郭をあらわにし出した。

 スラリと細長い四肢にけしからん程ふくよかな胸と続いて腰まであろうかという金の長髪は三編みのように後ろに垂れ下がって、モデルのように整った顔もぼんやりと見えてきた。どこか優しげな表情で俺たちを真っ直ぐと見つめながら、最後に光を固めたような一対の純白の翼を一羽ばたきして窓の傍に降り立った。

 一目で人間ではないのは判ったが、どうも前にどこかで見た覚えがあるなぁ。

 しかし、俺に全身光る知り合いは居ないので、こういうのに関係してそうなクソガキに小声で尋ねてみる。


「あれ、誰だ?」


「どうせ神の使いっ走り共の1人だろう。あの見た目では雑魚だな。あー、お前にわかり易く言うなら天使だ」


 あー、なるほど。天使なんかに知り合いは居ないや。やっぱり俺の勘違いだった。


「へー、それにしても」


 神々しさ溢れるその立ち姿に、俺は半ば見とれつつ先ほどから男の子として目が離せない部分がある。思わず心の声が口に出る。


「でけぇ……」


「確かにの……」


 クソガキもうぅん、と唸りを上げる大きさだ。跳びつきたいっ。そして挟まれたい!

 光の収束はようやく落ち着いたようで、今まで伏せられていた瞼をあげてこちらを確認するようにゆっくりと俺たちを見てくる。


「あら、やはり悪魔の方でしたか。(よこしま)な気配を感じたので来てみれば案の定、でしたね」


 これも見た目のイメージを裏切らない、心の底から安心できるような声でゆっくり、だがはっきりとした調子で天使は言う。

 天使は背中の翼を畳みゆっくりと部屋の中を見渡すと、さっきの調子のままおもむろに尋ねてくる。


「あの、立ち話も何ですし少々腰を下ろしても宜しいでしょうか?」


「あ、え? まぁ、どうぞ」


 神々しい雰囲気をそのままに言葉使いも丁寧だったが、突然あまりにも軽い申し出をされて混乱し、俺はそのまま許可を出した。

 隣でクソガキが舌打ちをしたのがはっきりと聞こえた。


「ふぅ~、よっこいしょ。ありがとうございます」


 天使はさっきまで俺が座っていたイスを手を使わずに自分の傍に持ってきて座る。やっぱり天使ともなると何か見えないパワーを駆使できるっぽい。俺もあんな能力欲しい。


「あ、いえいえ」


 なんとも謙虚な言葉に俺もついつい恐縮してしまった。

 もうなんか、やっぱ違うわ~。雰囲気とか全部クソガキなんかとは全然違うわ~。やっぱ悪魔なんかより天使だよな~。色々な部分で。あ、メイルさんは保留で。

 イスは取られてしまったので、俺は仕方なく自分のベッドに座り、クソガキも納得いかない様子だったが諦めて俺の隣に座る。必然と向き合う形になり、どうせなら天使の人とクソガキの位置をチェンジしてほしくて堪らなかったが、ここは大人しく黙っておこう。

 一分くらい経ってもなかなか話し出さない天使に痺れを切らしたクソガキから話を切り出した。


「同じことを何度も繰り返す趣味は無いが、もう一度訊いてやる。何・の・用・だ?」


「……ふぅ」


 天使が軽い溜め息をして時計を見る。それから俺たちに向き直る。

 喋りだす気配はゼロっ!


「ぐっ。おいお前こいつを殴れ」


「なんで俺!?」


 クソガキが前に座る天使を指差しながら俺に指図してきた。なんで自分でやらないのか俺はこいつに訊きたくてしょうがないんだけど。

 天使はそんな明らかに敵意むき出しのクソガキを微笑みながら見続けている。

 そんな彼女に意味の判らない絡みをするクソガキ。


「さっさと用件を話さんか! 貴様は何が面白くてそんなニヤニヤしておる! その顔をやめんか!」


「そんなに怒らないでくださいませ。もう直ぐですから」


「はぁ? 何を訳のわからん事を……」


 1人で元気よくはしゃいでいるが、ここで予期せぬ闖入者がやってきた。いや、むしろ短い間とはいえ忘れていた俺が悪いんだけど。


「なにやら騒がしいですね。本が見つかった、んで、す……か?」


 お盆にオレンジジュースを載せて戻ってきたメイルさんは天使を見て固まった。

 そんなメイルさんを確認すると天使はやっと話す気になったらしい。ニコニコとした目を開いて喋りだした。


「さて、では皆さん揃った所で私からお話を始めさせてもらいますね」


 両の手の平を合わせながら優しい表情を崩さずに天使はとんでもない事を言ってくれた。


「皆さんには消えていただきます」


 ……………………は?

 え? なんだろう、俺の聴き間違いかな? 今天使の口から出たとは思えないような凄い物騒なセリフが目の前の巨乳さんの口から飛び出たような気がしたよ?


「えっと、今なんて?」


 信じられないのでワンモアプリーズする。

 それに対してまるで可愛い教え子に教える教師のようにもう一度丁寧に天使は言う。


「はい。ですから、私の権限において貴女方には消滅していただきます」


 先ほどから変わらない慈愛に満ちた瞳でクソガキとメイルさんをみてニッコリと告げる。

 クソガキの方を見てみると、苦虫を噛み潰した上に舌の上で転がしているような……あー、つまり凄い嫌そうな顔をしているという事だ。メイルさんもお盆の上のジュースを波立たせて、むしろ見てるこっちが不安になるほど震えている。


「あの……」


 ちょっと急なことで思考が纏まらないのが、俺はそれよりも最初からずっと気になっている事があった。

 手を挙げながら天使に向かって訊いてみると、案外素直に先を促される。


「はい」


「キミはだ、誰なんですか?」


 若干変な言い方になってしまった。こんな時までボロボロとは、つくづく自分の対人スキルを恨めしく思う限りです。


「あーなるほど、先ずはそこからでしたね。これは失礼いたしました。コホン、(わたくし)の名はエリナーセと申します。天界の方で禁書回収隊・第二十三班に所属し、魔術書や禁書と言われる書物の流通、所持を未然に防ぐ任に就いております。以後お見知りおきお願いいたします」


 丁寧に膝に頭をくっつけるように深々としたお辞儀を返される。


「あ」


 何かを思い出したようにエリナーセは頭を上げる。


「そちらで探している『小さき鍵』は既にこちらで回収済みですので。あしからず」


「「はっ……」」


 この時、俺とクソガキは出会ってから初めてであろう完璧なシンクロを実現させた。


「「はいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」」

2012/07/23

 微量の加筆と確認した誤字・脱字を修正いたしました。

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