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だいゴわ★油断した途端にくるアクシデントは大抵大きい!

 あっという間に5日が過ぎてしまった。結局未だに解決策は無いまま、今日は土曜日。なんとかしなきゃと思うものの、正直な話本当に俺が死ぬかどうかという実感が湧かないもちろん学校は休みで、健全な学生(異論は認めない)であるところの俺は家にいるわけだ。そんな俺は今、テレビで流れている流行の店の紹介を眺めてた。

 俺の家は親が共働きで両親ともに滅多に帰ってこないので、今までは基本的に俺が一人でだらだらと暮らしているだけだったのだが、今は訳あって二人の居候がいるのだ。のだ、……「のだ」って最後に付けると頭良く見える気がする。

 チラッと時計を見ると、もう昼に差し掛かる時間になっていた。道理で腹も減ってきたわけだ。何もしなくても腹が減るなんて、いやはや燃費の悪い体を持ったもんだぜ。面倒だしテキトーに済ますか。

 なんて、一人で下らない事を考えていたら二階に続く階段を降りて来る足音が聞こえた。そして顔も見えないうちに足音の主が声を発してくる。


「おい、腹が減ったぞ」


 これですよ。出だしでいきなりこの太々しさ。クソガキことバラムが不機嫌そうにリビングへとやってきた。後ろにはクソガキの従者(下僕)のメイルさんが静かに後に続いてくる。

 なんだかんだでこの一週間でコイツの性格に対して耐性みたいなのが出来た自分に嫌になりながら返事を返す。


「冷凍庫の中のやつ(あった)めて食えよ」


「ぬぅ。飽きたと言った」


 お聴きいただけただろうか? 俺は料理は殆ど出来ないから大体の場合、冷凍食品で食事は済ませていた。そんな奴がいきなり料理なんて作れるようになる訳でもなく、ここ一週間は今までと同じように冷凍物で我慢してもらっていたが、最初はウマいウマい言っていたくせに今朝、突然クソガキが「飽きた!」とか言ってきた。それからは手作りがいいだの、城の食事が恋しいだのしきりにほざいていた。最初はメイルさんがそこそこ経験があるからと台所に立った(勿論機器の説明などに俺同伴)のだが、やはり住む世界が違う所為かまともな物は作れなかった。簡単に説明すると、甘辛しょっぱいチャーハンみたいな茶色い料理(?)が出てきた、と言えば想像は難しくないと思う。食えなくは無いが、俺には二口目を食べるのは無理だった。

 そして今に至るんだが、俺にどうしろっていうんだよこのクソガキは。自慢じゃないが料理は本当に全くできないぞ俺は。


「何かこう、ウマい物は無いのかこの世界には」


 どこか遠くを見ながらクソガキが呟いた。


「少なくともウチにはお前の望む物は無いな。それと、俺の家がこっちの世界代表みたいな言い方はやめてくれ。残念だが俺の家の食事事情は一般家庭の底辺に位置するくらい酷いと言っとく」


「ふん。(はな)から貴様になぞ期待はしておらんわ。むぅ……」


 そう言うとクソガキは考え込んでしまった。俺も良い案が浮かばないので自然と黙る形になる。俺とクソガキが黙ると、今までクソガキの後ろにいたメイルさんが申し訳なさそうに前に出てきた。相変わらず男が苦手らしいので、俺が居る所為なのかつっかえながら喋り出した。


「あ、あの~。もしよければワタクシを、こ、この世界の市場に連れていっても、もらえませんでしょうか?」


 その言葉を聞いたクソガキがガバッと顔を上げてポンと手を打った。


「む、それだ! メイが自ら食材を仕入れてきて作る! なんと合理的な方法だ。でかしたぞメイ!」


「あ、いえ、あの、ありがとうございます」


 ……これはあれか、俺に突っ込み担当をやれって振りなのか。

 明らかにツッコミ不足な二人のやり取りを眺めていると、不意にクソガキが俺を指差して言った。


「そういう訳だ。貴様の役割も重要だぞ!」


「は?」


「「は?」ではない! なにをマヌケな面をしておる。貴様には買出しの道案内という大任をやる。感謝しながら(まっと)うするのだぞ」


「道案内くらいで俺そんなに感動しなきゃなんないのかよ」


 いきなり指差されたから何事かと思ったけどそういう事ね。まぁ道案内くらいならするけど。それにしてもこいつらを外に出すのは少し気が重いなぁ。

 クソガキは当初のまま際どい布切れみたいな服を着ている。そのままじゃとてもじゃないが俺が見てられなかったので、とりあえず俺のシャツを着せてある。ブカブカでどっちかっていうと羽織ってる感じに近いけど、うん、あっちのエロコスみたいな薄着よりは大分マシだ。メイルさんにはあのびしょ濡れ事件から俺の母親の服をちょくちょく借している。といっても元のメイド服を洗濯して乾かす間だけなので、普段着はあくまでもあの西洋のメイド風の服だ。

 メイルさんはともかく、間違ってもクソガキは外に出せない。出したが最後俺に前歴が一つ出来るのは確実だ。


「では()くぞ!」


 言ってる側から出ようとしてるしいぃぃ!

 俺は全力で玄関側に回りこんで二人を通せんぼする。


「待った! 買い物には俺とメイルさんだけで十分だ! お前は留守番しててくれ!」


 必死に止める俺を怪訝な顔で睨むや、やたら不機嫌そうな顔でクソガキが言った。


「なんだ貴様、(わし)の邪魔をするとはいい度胸だな。儂は今、腹が減って気が立っているぞ」


「知るか! お前はここに残れ! 頼むからお前は外に出ないでくれ!」


「嫌だー! 儂も共に行くー! こんな牢獄のような小屋に一日中閉じこもっていたら気が狂ってしまうわ! むしろもう一歩手前ぐらいだボケ!」


「それでも退けねえ!」


 ボケってお前。俺の必死の頼みも聞いてもらえそうにない。どうすればいいんだ。このままじゃ俺が牢獄そのものに入れられて気が狂っちまうのは確実に間違いない。 

 どうしようか頭をフル回転させていると閃いた。そうだ、こんな時はメイルさんだ! この一週間みていて気付いたが、クソガキはメイルさんにデレデレっぽい。ここでメイルさんから何か言って貰えれば形勢は逆転できる!

 チラッ。

 俺はメイルさんに視線を送って助けを求めた。2、3度チラ見していると流石に気付いたらしい。メイルさんは一瞬小首を傾げたが、直ぐに「あぁ」と合点がいった表情で浅く頷く。俺の必死のメッセージが届いたようだ。神様ありがとう!


「バラムさま。まだこちらの世界がどのような状況なのか分かりません。どんな危険があるか分からないので、バラムさまはここでお待ちになっていてくださいまし」


 俺と話す時みたく噛んだりつっかえたりが無い流暢な喋りだ。いつか俺もあんな風に喋ってもらいたいもんだなぁ。

 メイルさんの言葉を聞いたクソガキが不貞腐れたように渋々頷く。


「むぅ、メイがそこまで言うなら儂も無理は言うまい……」


「それでこそ聡明なる王でございますね」


「ふはは、褒めてもぉ何もやらんぞぉ」


「まぁバラムさまったら。ふふ」


「ふはははは」


 おお、やった! 案外すんなりと成功したぞ! なんか凄いムカツクのは見なかった事にしておこう!

 俺はクソガキにバレないように小さくガッツポーズをしながら出かける準備に取り掛かり、クソガキに戸締りとかチャイムの確認をしてメイルさんと家を出た。


「いいか! メイに掠り傷一つ付けてみろ! 貴様の命が掠り傷の数だけ減ってゆくからな!」


 それって一つでも付いたら終わりじゃ……。

 いつまでも喚くクソガキを置いてメイルさんと家から逃げるように出発した。

 いや~、なんか久しぶりにゆっくりしてるかも、俺。しかも隣にメイルさんみたいな可愛い子連れてるなんて、今日はツいてるな~。はぁ、もう、この時よ、永遠なれ!

 久々に上機嫌でステップでも踏みたいところだが、そんな事を公衆の面前でするほど俺は度胸は無いんでやらない。するとメイルさんの方からポツリと話し出した。


「すいません、輪太郎さま、バラムさまはあれで、なかなか寂しがり屋でして」


 メイルさんは相変わらずこっちを見ずにもじもじとした喋りで話しかけてくる。男が苦手らしく、メイルさんが俺と話す時は未だにつっかえながらの会話だ。ぶっちゃけ超を付けてもいいくらい可愛い。


「いや~、でもあんなに素直に言う事聞くとは思わなかったですよ」


 俺の軽いノリに小さく笑いながらメイルさんも続ける。


「ふふ。ええ、そうですね。あの方はああ見えて、素直な方ですから。もっと、輪太郎さまも、優しい言葉を掛けてあげれば、あっ、べっ別に普段輪太郎さまが普段意地悪を仰っているなんて事では、そそそんなっワタクシは何をっす、すす、すいません! こんなクズで申し訳ありませぇん!」


「ちょ、ちょっと」


 突然スイッチが入ったように一人で慌て出すメイルさん。俺もなんか少し落ち込みたい気分だが、そこは俺のなけなしの気合で我慢しとく。こういう時どうすればいいのか勝手が分からないので大丈夫ですよ~とかいって機嫌をとっとく。

 それにしても、どこだ? どこが地雷だったんだ。


「そんな事ないですって。べ、別にメイルさんは何も悪くないですからっ。ねっ」


「あぁ~、もう、ワタクシはなんて事を……」


 萎んだ風船みたいにしょんぼりしてしまったメイルさんを俺は落ち着けながら一緒に歩く。いきなりこれじゃ先が思いやられるなぁ。

 それからも、途中で自転車に驚いたり、車に腰を抜かしたり、営業回りのサラリーマンに怯えるメイルさんをフォローしながら歩いていると、家から一番近くにある百貨店の看板『サトー・トーカドウ』が見えてきた。今回の目的地だ。衣料品からちょっとした家具、勿論一般的な食材まで扱うこの周辺だと最大の百貨店だ。5階建てという事で少し遠くても見える。普段ならここまで10分と掛からないが、今日は家からここに来るまでに30分掛かっている。もう疲れた。

 なかなか立ち直ってくれないメイルさんに話題の転換も兼ねて百貨店の看板を指差して報せる。


「あ、見えてきましたよ。ほら、あそこが今回の目的地です」


「うぅ……?」


 俺の指す方向に目を向けてすっかり気力が萎えていたメイルさんがパッと目を輝かせる。


「わぁ大きい建物ですね。バラムさまの別邸のような大きさですっ」


「あ、ああそう」


 嘘だろ。クソガキの別邸どんだけだよ……。本邸は城だとか言ってたから割とマジかもしれない。

 ここを曲がれば後は真っ直ぐ進んで車道を挟めばもう百貨店、というところで全く予想しない奴にばったり会ってしまった。


「あれ、リンタ?」


「ん、あ。夏苗?」


「?」


 驚く俺と俺の幼馴染である夏苗、それとそんな二人を見て不思議そうに首を傾げるメイルさん。

 俺とメイルさんを交互に見ながらわなわなと指を震わせて口を覆う夏苗。な、なんか勘違いしてるぞ! 絶対!


「違う! まずは話しをっ」


「な、何が違うのよ!? アタシはまだ何も言ってないわよ!」


「これには深いようで浅い事情が!」


「浅いの!?」


「あ、あのぉ?」


「「黙ってて」」


「ひうっ!? はいぃ……」


 かくかくしかじか。とりあえず親戚という事で、俺の考えうる限りの親戚的な情報を並べて必死に説明した。途中からやや怪しむような視線が痛かったが、最後にはなんとか納得してくれたようだ。危なかった。こいつは家の関係の所為か結構鋭いところがあるから気を付けなくては。


「ふ~ん。なるほどね~。で、あなた名前は?」


「メイルと申し――」


「メイ! メイって言うの! ね、ねー?」


 親戚とはいえ外国風の名前じゃ怪しさバリバリだ。見た目はもう半分諦めて、せめて名前だけでもそれっぽくしとおかなければ!


「は、はい? メイと、お呼び、ください?」


 分からないまでも察してくれたのかメイルさんは俺の言ったように自己紹介をした。本当にこの人にはさっきから苦労掛けてばかりでちょっと申し訳ない。


「? ふーん、まぁいいや。アタシは空雲 夏苗(からくも かなえ)っていうの。カナエでいいわよ。何を隠そうこいつのライバルよ」


 俺を一指し指で乱暴に指しながら自己紹介を終える夏苗。いつお前が俺のライバルになった。

 意外と社交性が高いらしく、メイルさんと直ぐに女子トーク的なもので盛り上がっていた。なんか気に食わんが、そのまま夏苗も加えて百貨店に向かう事になった。


「何? もしかしてリンタが料理作るの? あんた出来たっけ?」


 どんだけ俺は信用されてないんだ。実際その心配は当たっているのが悔しい。メイルさんの前なので夏苗へ言い返すのを抑えつつ教える。


「俺じゃねえよ。メイルっ、……メイさんが作るから、その手伝いとか諸々で俺がついてるの。というかだな。なんでお前まで着いて来てんだよ」


「へぇ~」


 華麗にスルーですか。そうですか。


「1へぇ~頂きましたー。いて、お前はそうやってすぐに人を殴るのか!」


 お返しにちょっとボケたら脇に一撃貰った。


「アタシの拳はこの世の葉白 輪太郎が滅ぶまで振るわれるわ」


 (ぜん)俺の命が危ないっ!!

 そして百貨店に着き早速材料選びに掛かる。メイルさんの希望で、食材選びはメイルさん自信でする事になった。

 買い物籠を持つ俺、その横でブラブラと何をするでもない夏苗。前を行くメイルさんは今、必死に食材を見定めようと野菜コーナーのキュウリと睨めっこしている。あんなに必死にキュウリを見つめても何も分からないと俺は思う。タイミングを見てレトルトでもオススメしとくか。なんて考えていると夏苗がヒソヒソとメイルさんい聞こえないくらいの声で話しかけてきた。


「ねえ、メイちゃんて料理できんの? さっきから凄い悩んでるみたいだけど」


 ですよねー。俺も今そんな事思ってましたー。

 実は最初から薄々感じていたけど、メイルさんが料理が出来るってのは嘘かもしれない。いや、昨日の微妙なチャーハンモドキから察するに嘘では無いが真でも無いっていう感じか。どちらにしてもこのまま放っておいても昨日の二の舞だな。俺は今考えてた事をさり気無く夏苗に伝える。


「知らん。てかもうレトルトでいいよ。あれなら温めるだけじゃん?」


 俺が半ば投げやりに言うと、夏苗が物凄い勢いで反対された。


「ダメだよ! 日々の栄養管理は大事なんだよ。どうせ今もリンタは冷凍食品とか即席麺で済ませてるんでしょ。ダメだよそんなの!」


「お、おぅ?」


 な、なんだ急に。この幼馴染は時々急にうるさい事を言い出すから困る。いつもからかってたと思ったら突然コロッと態度を変えて心配しだしたりするし、年頃なのか喜怒哀楽が激しくて対応が大変だ。……俺もかもしれないけど。


「仕方ないわね。こうなったら、今日はアタシがリンタのご飯作ってあげる!」


「え? えぇ! なんでそうなるんだよ」


 予想外の提案に俺は焦る。いや、だってさ、一体全体どういう思考回路を通るとコイツが俺の食事にを作る事になるんだ? 別にこいつとはそこまで仲が良いというほど馴れ合っているわけじゃないし、そもそも今は喧嘩中だった気がする。

 夏苗の急な提案に混乱して対応に困っている間に、夏苗は果物コーナーで唸っているメイルさんの方へと小走りに向かっていく。何故だ、どうしてこなった。俺の記憶では、この間喧嘩したっきりで口も利かない状態だったはずなのに、なんでこんな優しいんだ……なんか怖いぞ。

 夏苗が食材選びに参加するとあっという間に買い物は終わった。どうやらメイルさんは勝手が分からないので、食材選びを夏苗に丸投げしてしまったようだ。夏苗に何を作るのか聞いてみたが教えてもらえなかったので袋の中身を確認、ジャガイモ、ニンジン、タマネギに豚肉とカレールーの元。材料を見る限りカレー以外ありえない。困った時の庶民の味方はこういう時に活躍するんだな。うんうん。

 夏苗は一旦家に戻ってから出直してくるらしく、会計を終わらせて外に出た所で直ぐに分かれた。俺とメイルさんはまた二人っきりで俺の家に戻る事になった。


「本当に、ありがとう、ございます。ワタクシの代わりに、荷物を持ってもらって」


「いやいや、これくらい男として当然ですよ」


 最初食材が入った袋はメイルさんが持っていたのだが、流石に女の子であるメイルさんに荷物を持たせて、男の俺が手ぶらで帰るのも後味が悪い。何故か頑なに買い物袋を手放そうとしないメイルさんをなんとか説得して俺が持って帰っているというわけだ。

 もと来た道を、来た時よりは和やかな雰囲気で帰ることができた。


「遅ーーーーい! 何をしておったー!」


 家に着くやいなやドアを開けて早々そんな叱責を頂戴した。クソガキは明らかにイライラとした顔で腕を組んで仁王立ちで俺らを迎えてくれた。折角のいい気分が台無しになった。


「買ってきたんだから文句言うんじゃねえよ」


「なんだとぉ? 貴様はあれか。結果がよければ全て良しとする人間か! なんと愚かな奴だ! その過程にこそ真に得る物があるとも知らずに!」


 どんだけのスケールで買い物を語るんだよ。


「何言ってんだ」


「申し訳ありません。バラムさまはあの、ご機嫌が優れないと、少々、饒舌になってしまうので」


 凄いスキルだな。悪い意味で。

 相手するのも面倒なんでいい加減に流して、キッチンに買って来た材料を置きに行く。目ざとく袋に目を付けたのか、クソガキがすかさず俺の後ろを着いて来ながら訊いてきた。


「それが今回の食事か! 何を作ってくれるのだ? 勿論肉はあるだろうな!?」


 帰ってきた時とは態度を180度変えて目を輝かせながら訊いて来る。さっきの態度はなんだったんだ。現金な奴め。テーブルに袋を置きながら教えてやる。


「今回はカレーだ。肉は、あー、豚だ」


「カレー? なんだ、それは?」


 クソガキは始めて聞く単語のように呟きながらメイルさんを見た。聞かれたメイルさん自信も恐らく知らないであろう。案の定顎に指を当て首を傾げている。


「まあ待ってろ。その内来るから」


「は? 来る? 何が?」


 意味が分からないといった風にクソガキが俺に詰め寄る。


「メイルさんはカレー知らないし、俺は料理は全くした事無いからな。不本意だがスケットを呼んだ」


「ま、まさかそのスケットとかいうのが来るまで、このまま待つのか?」


「当たり前だ。俺が作れるんならとっくの昔に作ってたわ」


 俺は出来ないから呼んだに決まってんのに何言ってんだ。


「くぉぁぁぁぁっーーー!!」


「ば、バラムさま」


 突然頭を抱えてブリッジのような体勢で奇妙な叫び声を上げる出したクソガキ、それに慌てて駆け寄るメイルさん。冷静に実況してるように見えるけど俺も結構驚いてる。むしろ若干引いてる。何、どうしたの?


「これだけ待っているのにまぁだ食べられんのかぁぁぁぁ! もう儂は限界だー!!」


 ただの癇癪だった。手足をバタつかせながら床をゴロゴロ転がっている。


「ああ、バラムさま……なんてお労しい……ワタクシが、ワタクシが未熟なばかりに……こんなクズでもうしわけありま゛ぜん゛~」


 え、えぇー……。こうなるのか。こいつ放っておくとこうなるのか。ちょっといくらなんでもこいつが王様とか嘘だろ? しかもメイルさんまでそんなマジ泣きするほどなのか!?


「直ぐ来るはずだから大人しく待ってろよ。メイルさんもそんな、泣かなくてもいいじゃないですか」


 俺は二人を落ち着けようとしたその時、ピンポーンと軽い音で家のチャイムが鳴る。俺は半分縋る思いでインターホンに飛びつく。そこには紛れも無い待ち人、スケットの夏苗が立っているのが見えた。心の中で夏苗に感謝しながら家に上がってもらう為に玄関へと急ぐ。勿論二人は放置だ。最早俺では止められそうな気がしなかった。こうなったら一刻も早く食べ物を作ってもらわなければ!

 俺はドアを思い切り開けて夏苗を引っ張り込んだ。


「あ、リンタ、来た――て、ちょっと、えっ?」


 髪の先を弄りながら恥ずかしそうにしてる夏苗を無理矢理上がらせる。


「早く早く! 急いでくれ」


「な、何なのっ? どうしたの?」


 俺が強引に引き入れた所為か、夏苗はかなり焦っていた。何が起こっているのか分からないといった顔で困惑している風だった。俺は早口で最低限言いたい事を言った。


「訳を説明する時間も惜しいんだ! 急いで作ってくれ頼む!」


「え、あ、うん。それはいいけど、どうしたの?」


「いいから! 急げ!」


 戸惑う夏苗の背中を押すようにキッチンへ向かうべくリビングへ入る。その入り口で今までされるがままだった夏苗の背中が止まった。当然だろう。そこにはさっき放置したままの光景が広がっているんだから。

 クソガキが世にも恐ろしい生き物のように床を転げ周り、メイルさんがそれを止めようと泣きながら追っている。軽い地獄絵図状態にバージョンアップしてた。


「んがぁぁぁぁ!」


「バラムざまあ゛あ゛あぁぁ~~」


「な、な、な……」


「ええーいメンドクサイ! こっちだー!」


 二人を完全スルーして固まる夏苗を無理矢理キッチンに押し込む。

 キッチンにまで突破したのはいいが、まだ向こうの地獄の雄叫びが聞こえてくる。もうこれ以上は目を瞑って無視するしか対処法は無い。奇妙な悲鳴をBGMに少々放心状態の夏苗に話しかける。


「はぁはぁ。よし、夏苗」


「ひっ」


 俺が呼びかけるとまるで通り魔にでも会ったような悲鳴を上げられた。いつもなら地面に倒れるくらいのオーバーアクションをしたいところだが今はそれどころじゃない。何故だか怯えている夏苗を怖がらせないように落ち着いて話す。


「実はアレが現状なんだ。頼むから早く飯を作ってくれ。いや作ってくださいお願いします!」


 俺が手を合わせて頭を下げる姿勢をとって大体10秒。何も返事が無いから不安になって顔を上げてみると、夏苗はこめかみに指を当てて黙っていた。まさかここに来てやっぱ帰るわーとか言わないだろうな?


「はー……」


「お、おい?」


 俺が不安になってもう一度声を掛けるとゆっくりと動き出した。

 よかった生きてた。


「……わかったわ。とりあえずアタシに任せて」


 キター! さっすが夏苗さんだぜ! 俺のできない事を平然と引き受けちまう! そこに痺れる! 憧れるぅ~!


「アンタはメイちゃんとえっと、あの変な子を止めてきなさいよ」


「お、おう。ここは任せたからな! とにかく急いでくれ! そこら辺のやつは何でも使ってくれて構わんから!」


「急いだって急がなくたって大して変わらないわよ。まったく」


 夏苗をキッチンに残して俺は再びリビングに戻る。やはりそこにはさっきと変わらない光景が広がっていた。いや若干変わっていた。クソガキはまだ転がっているが、メイルさんは力尽きて座り込んですすり泣いていた。

 この状況を収めるには、やはり先ずはクソガキを止めるのが先だな。メイルさんにはハンカチか何かでも渡せば問題ないだろう。そうと決めた俺は廊下の物置から縄を出した。俺が小学生の頃、俺の父親がアウトドア用に買った割と頑丈なやつだ。買ったっきりだったんだが、まさかこんな事で初使用とはな。

 転がる謎の生物Xと化したクソガキを蹴り飛ばして端に追いやる。んがぁとか叫んでいたが問題は無いだろう。四苦八苦しながらなんとか縛り上げたクソガキをソファの上に放り投げる。軽そうで案外重いのにはちょっと驚いた。


「ぬぅぅぅぅ……」


「おい」


「うぐぅぅぅぅ……」


「おい、バラム!」


「うぅぅぅぅ……う、む?」


「おい」


「……ん? なんだ、貴様か。儂に何か用か? む? なんだこれは!?」


 ようやく自分を取り戻したらしい。クソガキは縛られている自分を見下ろして心底ビックリしたように飛び上がる。俺は溜息を()きながら言った。


「お前が暴走してたから止めてやったんだよ」


「儂が、暴走ぉ? 何を言っているんだ貴様」


 嘘だろ、まさか全然覚えてないのか? あんだけ派手に暴れていたクセにいざ正気に戻ったら何も覚えて無いとか、迷惑も甚だしい事この上ないな。


「まさか、本当に何も覚えてないのか?」


「覚えてないも何も、儂はずっとメイの帰りを待っていただけだが……、あ、そういえば」


 何か心当たりがあるような言い方で止まる。いやいや、腹が減って癇癪を起こしただけじゃねえの?


「むう? 確か貴様らが帰ってきてそれから……。ぬぅ、思い出せん。突然頭が真っ白になってしまって」


 もしかしたら腹が減ると常時あの状態になる危険性があるのかもしれない。これはとんでもない地雷を発見してしまったかもしれない。よりにもよってなんで腹が減ると暴走するような奴が、全く料理できない俺の所に来るような事になるんだよ。あれか、これは神様の意地悪か。全然神様を信じてこなかった俺に対するあてつけですね! ちくしょう!

 どこからか沸いてきた怒りに頭を抱えながら悶絶していたら視界の端に小さくなったメイルさんが移った。クソガキを捕獲した達成感と見えない敵への怒りですっかり忘れてた。俺はメイルさんにもう大丈夫ですよと言って壁際に置いてある物入れからハンカチを出して渡すと、さっきよりかは落ち着いたのかようやく泣き止んでくれた。


「ぐすん、申し訳ありません……」


 なんとか二人を落ち着けたところでいつの間にか食欲を誘う良い匂いが漂っていた。どうやら、というか絶対キッチンの方からしかありえないが、そこからする匂いからやっぱり俺の予想通りカレーのようで合っているみたいだ。タマネギやニンジンを煮込んだ時の甘くて豊かな香りが部屋中を満たす。

 その匂いを嗅いだクソガキが、おお! とか驚いたような声を上げた。


「この香ばしい香りが「カレー」というヤツか! これは食欲をそそられるぞお!」


「確かに……これは楽しみですね。バラムさま」


 すっかり立ち直ったようでメイルさんもクソガキの言葉に頷く。さっきまでの暴走特急ぶりを遠い地平線に投げ捨ててきたかのような変わり身の速さだ。

 なんか凄い疲れた。この一週間で1年分の歳をとった気がする。本当に、改めて早くクソガキとの契約とやらを……ん? んん?


「なあ」


「なんだ? あ、それはそうと、この縄はなんだ? 早く解け!」


「……後でな」


 俺は気になったのでクソガキに訊いてみた。


「契約って果さなくても切れるのか?」


 今思い出したんだけど、最初に聞いた契約の内容だと、完遂したら俺死ぬんじゃなかったでしたっけ? 緊張を隠しながら遠まわしに訊いてみたが、実際「無理だ」とか言われたら俺、盗んだバイクで走り出すかもしれない!


「今その話しをするのか? ふ~~~む」


 俺の質問にたっぷり間を取るクソガキ。そして言葉を選ぶ……ような事をこのクソガキがする訳がなかった。


「無理だ」


 ぐわぁー! 俺は撃たれてもいない胸を押さえて(うずくま)った。


「というのは嘘だ」


「嘘かよ!」


 すかさずツッコミを入れる俺を見て、心配そうに俺らを見守っていたらしいメイルさんもほっとした様子だ。

 クソガキがニヤニヤしながら言う。


「突然そんなことを訊いてくるなど、外で何かあったか?」


「いや、ふと思い出しちまって……大体俺はまだ死ぬ気は無いからな。お前の道連れなんて真っ平ゴメンだぜ」


「はっ、ならば働きでそれを示すのだな。未だに進展が無いのは作戦か何かか?」


「うっせ! お前だって何もしてねぇだろうが」


「しないのではない、出来ないのだ」


「ぐぅぅぅ……」


「ぬぅぅぅ……」


 俺らはどっちも反撃しづらい状況になり、お互いに威嚇しながらにらみ合ってた。今まで傍観していたメイルさんも心配そうな表情をしている。冷戦状態になった俺らの間に、突然夏苗の声が割り込んできた。


「おーい、ごはん出来たよー」


 ようやく飯が出来上がったようだ。視線をキッチンからクソガキに戻す。


「だ、そうだ。続きは後にしようではないか」


 クソガキの方からの停戦交渉。このまま引き下がる気は無いが別に断る理由も無い。


「はぁ、今やりあってもしょうがねえしな」


「そうと決まればすぐ食すぞ! さっさとこれを解け!」


 待ちきれないのか忙しなくもがくクソガキの縄を解くや一目散にダイニングの方へと走っていった。それに続くようにメイルさんも歩いて続く。


「輪太郎さまも行きましょう」


「ん、ああ。すぐ行きます」


「? そうですか、ではお先に行かせて頂きますね」


 先に二人を行かせて考える。確かに、この一週間俺は何もしてない。そもそも感情の爆発って言われてもピンとくるモノなんか無い。一体どうすりゃいいんだよ。

 俺が一人で考えに没頭してると、横から声が掛かってきた。


「ちょっと、出来たって言ってんでしょ」


 夏苗だった。なんか怒ったような調子で言ってきたんで思考を中断する。


「わるい、ちょっと考え事して……て……」


 慌てて夏苗の方を見ると、またいつもとは違う姿が目に入った。そこには淡い黄色のエプロンを着けた夏苗が立っていた。なんていうか、その、凄い可愛いと思っちまった。いつもの制服はともかく、さっきの買い物での私服もそんなに意識しなかったけど、今目の前にしている夏苗のエプロン姿を見て、なんだか無償に可愛いと感じた。


「な、なによ? 人の事ジロジロ見て」


「えっ?」


 しまった、つい見入ってた! 俺とした事がコイツの事を可愛いと思うなんてありえない!


「い、いやいや別に何も考えてねえよ!」


「ふーん?」


「いやー腹減ったなー、何作ってくれたんだ?」


 気恥ずかしさを隠そうと話題を変える。まったく、なんでこんなヤツのエプロン姿になんかトキメイてんだ俺は! こんな毒舌暴力女なんかに可愛いなど思うなんて有り得ない! 絶対に!


「ん……カレーよ」


「そ、そっかーいやー楽しみだぜ。ははっ」


 俺はそのまま夏苗の横を通ってクソガキたちの居るダイニングへと向かう。夏苗はそのまま立ちっぱなしだった。


「おい、どうしたんだよ」


「あ、あのさ、リンタはさ……」


「? 俺がなんだよ?」


 いつもとは違う感じで言い難そうにモジモジとする夏苗。コイツがこんな態度をとるなんて珍しいな。俺は何を言うのか予想が付かず、夏苗の次の言葉を待った。


「リンタはさ、い、いい今――」


「おーい、これはウマイぞ! 全部イケそうだ!」


 な、これはヤバイ!? こんな事してる場合じゃねえ。


「ちょちょ、ちょっとたんま! 先に飯食わせてくれ! 早くしねーと全部食われちまう」


 俺も腹が減ってるので、夏苗が作った物とはいえどうせなら食べたい。


「じゃ俺食ってくるわ!」


「あっ……」


 返事も待たずにダイニングへ急ぐ。大事な話しなら後でまたしてくるだろう。

 俺が来た頃には、恐らく鍋いっぱいだったであろうカレーが鍋の半分より下にあった。なんとか一人前は確保できたがもう少し遅れていたら危なかったかもしれん。それもこれもクソガキの食べるスピードが尋常じゃない所為だ。大食い選手権みたいな飲み込むような食い方で、どんどん口に掻き込んでは溜まった物を一気に飲み込むとかいう荒業を凄い速さでやってるのだ。一方メイルさんは、自分も食べながらクソガキが零した米やらルーを直ぐに拭取るという、これまた器用な技を見せながら食べている。俺も早速食べてみたが、これぞ家庭の味ってやつだなぁ。久しぶりに手作りの味に軽い感動を感じつつ二口目に手を伸ばした。


「おかわりだメイ!」


「はい、バラムさま」


「それにしてもウマいのー」


「そうですね~」


「どこかの怠け者とは違うな!」


「…………」


 皿の3分の2くらいを平らげたところで今回の功労者である夏苗が入ってきた。


「どう、アタシのカレーは?」


「うむ、初めて(しょく)すがなかなかウマいぞ! 褒めて遣わす!」


「それはどうも。てか初めてなのねカレー。珍し~」


 やや苦笑い気味に答える夏苗。

 メイルさんも、とても美味しいですと笑いながら言う。それに満足そうに頷きながら俺の方を向く。


「リンタは?」


「ん、おう、悪くねーな。意外だったわ」


 コイツの事を認めるのはなんか癪な気がするが、作ってくれた借りもあるのでここは素直に言っておく。


「ふっ。まっ、アタシに掛かればカレーくらい余裕よ」


 自慢げに余裕風を吹かせて夏苗が言った。そこにおずおずとメイルさんが訊いて行く。


「あの、ワタクシにもコレ、この作り方を教えて、もらえませんか?」


「え、ええ……いいわよ」


「あ、ありがとうございます」


 若干夏苗が戸惑っているのを横目で見ながら俺は最後の一口を飲み込んだ。


「ごっそさーん」


「後片付けは自分でやってね」


「おう」


「じゃあアタシはこれで帰るから」


 そう言ってそそくさとエプロンを畳んでバッグに仕舞う夏苗。どこか急いでるようにも見えたんで軽く声を掛けた。


「そんな急がなくても追い出したりなんかしねーよ」


「いやいや別に急いでなんかないわよ? ちょっと、ほら、野暮用を思い出したのよ」


「はあ、それなら無理に引きとめたりはしねーけど」


 靴を履きドアを開けて出て行く夏苗に最後に声を掛ける。


「今日は、その、あんがとな」


 喧嘩していた事も無かったかのように助けてもらった。今日の夏苗に対する素直な気持ちを言っておく。


「ん。……じゃあ、また」


「おう」


 バタン。と、ドアが閉まると同時にドッと疲れがきた。これから食器を片して、きっと夕食で駄々を捏ねるクソガキをどうやって黙らせようか、考えるだけで溜息が自然と出てくる。これからどんだけあの二人が居座る事になるか分からないので、俺も少しは何か作れるようになっとかねーとな。ついでに夏苗にでも教わる……いや、無いな。そんなことしたら後でどんな要求を突きつけられるか分からない。むしろ今日の事で明日、学校で会ったら何か言われるかもしれない。そう考えると俺のテンションはダダ下がりだった。

 俺はとりあえず目の前にある問題から片す為にキッチンへと向かった。キッチンではメイルさんが食器を洗っていてくれたのが、俺の今日の最大の癒しポイントだったかもしれない。

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