だいヨンわ★気になった事柄は事前に確認しておけ!
「じゃあ留守番は任せましたからね!」
バタン。
月曜日の朝――。
週の始まりである。鳥は歌い、花は踊り、人々は一日の始まりに胸を高鳴らせ、
「はぁ~~~~……」
希望に満ちた精気溢れる瞳には……
「……だりぃ」
ナレーションガン無視のテンションで、俺は重い瞼を半開きにしながら学校へと登校していた。
家の塀には数羽で遊ぶ雀共、道には出社途中のサラリーマンやOL、俺とは違う方向へ向かっていく他校の学生、犬を散歩させている干からびた爺さん。実に色々な人が行き交っているが、恐らく、今現在、この時間に俺よりもネガティブな人間は居ないだろう。
4月ももう終わりそうな月曜の早朝。先月までの寒さはどこかへ行ってしまったかのような、それでもまだ申し訳程度な暖かさしかない今日この頃。俺の住むここ里丘市は日本海に面した場所にあり、2月頃まで雪があったくらいに北に位置する。手が冷えないように制服のポケットに手を突っ込みながら学校を目指す。そんな感じで歩きながら昨日のメイルさんとの会話を思い出す。
『恐らく、バラムさまの言う通りにすれば、少ないながら魔素は、手に入るでしょう』
『まそ? 魔力じゃなくて?』
『は、はい。えっとですね、本来魔力とは、魔素を元に生成される、んー、燃料のようなモノ、なんですよ』
『へー』
『ワタクシ達の世界の住民は、生まれた時から魔力を持ち、魔力は自然と魔素を、引き込む性質を持つんです、が』
『え、何か問題でもあるんですか?』
『あ、はい。それで、ワタクシでも分かる程、こちらには、この世界には魔素が、少ない……いえ、全く無いようです』
『な、無いってその魔素がって事ですか?』
『はい。例えバラムさまの言う方法で、一定の魔力を貯めたとしても、魔力は消費され続けるだけで、自然回復する事は、ありません』
『え、え? つまり』
『つまり、このままではいずれ、確実に御二人とも……』
『で、でも。じゃあなんでク、バラムは大丈夫とかなんとか言ってるんですか』
『恐らく一時的とはいえ、全く魔力が無い状態なので、感知能力も鈍っている可能性が……』
『そんな……』
ぼーっと歩いていると、いつの間にか校舎の時計塔が見えてきていた。無駄に高くて、校舎内のグラウンドからは逆に見辛くなっているという、なんともマヌケな時計塔だ。それ以上でも、以下でもない。
校門では日直の教師が行きかう生徒と挨拶しながら持ち物検査っぽい事をしている。見たこと無いから多分二年か三年の担任だな。
校門からグラウンドを挟んだ校舎まで、俺の他にも登校してきている生徒でいっぱいだった。それぞれに朝の挨拶や休日の感想、今日の予定などを楽しそうに話している。まだまだ緊張が抜けない一年生も、流石に朝からこんなに絶望した奴なんか居ないだろう。
昇降口で上履きに履き替え、コの字型の校舎の二階の行き当たり、一年A組の教室へ向かう。
教室に入って真っ先に自分の席に着き、鞄を下ろして一息吐く。クラスにはすでに半分以上のクラスメイトが揃っており、既に出来ているのであろう2,3人かのグループがちらほら。何人か名前も覚えてはいるが、俺はその輪に入らず、一人でぼーっと始業のチャイムを待つ。
程なくして担任が入ってきて、教壇の前で名簿を開いて眺めはじめた。大方まだ覚えてない奴の名前でも確かめているんだろうな。
チャイムが鳴るのと同時に朝のHRが始まり、出席を確認して終了。俺のクラスの担任、北原 宗治はこのアッサリ感に定評のある先生のようだ。余計な報告も助言も無い。ツマラナさ過ぎるのを除けば、割と楽な相手だ。
HRが終わると、茶髪の軽い雰囲気の男子が近寄ってきた。
「お~いハ~シラ~ぁ」
「……どうした?」
「お? どうしたんだよ。今日はヤケに暗いじゃ~ん」
「いや……別に」
「やっぱ暗いじゃんかよ~。そだ! なあ葉白。100円持ってね? オレ喉乾いちゃってさ~、へへへ」
このウザいくらい軽いのは草だ。間違えた。名前はたしか草田 圭とかいったはず。何かと集ってくる集り魔だ。名前を覚えた奴には誰彼構わず片っ端から集っている。本人曰く、挨拶のようなもの、らしい。先週女子に集った結果アッパーを見舞われ宙に浮いているのを見た気がする。高校生活最初から飛ばしているようだ。俺も入学2日目に一度、自販機の『ゴックン!! みるく抹茶ラテ』とかいうのを奢らされた。
「知らん。自分で買え」
「ちぇー、ツレナイ奴だよなー。で、どうしたんだよ、今日は?」
「どうしたって……だから何が?」
心当たりが無いこともないが、こいつは関係ないので違うだろう。そうなると別に話すような事は無い。しつこいのにちょっとイラついてきた。
「おいお~い。それぐらい見れば判るぜ~。何か、酷い事があったんだろ?」
そこで俺はハッとなる。こいつ、まさかクソガキの事を知ってるのか!? 予想外の急展開に焦った。知っているという事は、もしかしたらこいつがあの本を俺に投げたのかもしれん。もしかしたらこいつは、最初から俺がこうなると踏んでいたのかもしれない! この学校に来たのも実は俺をハメるためか!?
そこで俺はある事を思い出した。あれ、そういえば、あの変な本ドコ置いたっけ?
すっかり忘れていた本の行方に別の意味で焦る。しかし、俺の二重の焦りを嘲笑うかのように草田が囁く。
「もしかして、秘蔵のH本を親にでも見つかったのか?」
周りに聞こえないように配慮したのか、口の横に手の甲を立てている。
「……」
何言ってんだこいつ。
「あー! 言わなくても分かっている! お前のそのブロウクンハートはよ~~っく分かる! 大丈夫だ友よ! 俺は何があろうといつまでもお前の親友だぞ!」
どうやらコイツの中では、既に俺はコイツの親友らしい。凄いメンドクサイのだが、このまま放っておくと、こちらが傷を負う可能性が出てくる。その前にこいつを黙らせるべきだな。
「いや、全然違うから」
「もしかして! 見つかるだけではなく、捨てられたとでもいうのかー!?」
「だから、そもそもそういう話しじゃねぇ!」
「えっ、なんだよ心配させんなよ~。なははは。というわけで110円」
どういうわけだ。なんでそんな自然に金を催促してくるんだ。何気に10円アップしてやがる。
心の中で散々言ってると、校内放送の拡張機からチャイムが聞こえてきた。おかげで草田は自分の席へと戻っていったが、また一人の所を見つかると危なそうだ。いつもなら相手をしないでもないが、今日は残念ながらそんな気分じゃない。
こんな感じで今日もまただるい学校生活が始まり、授業のチャイムが鳴り止む頃に机の中に入れっぱなしの国語の教科書とノートを引っ張り出した。それと同時にハゲのオッサン、国語の教科担任の五十嵐先生が入ってきて授業が始まった。
授業の間はツマらないので、軽くこの学校を紹介しよう。
俺の通うこの学校は、里岡高校といって里丘市にある唯一の市立校だ。はっきりいって特徴が無いのが特徴のような高校だ。特に有名な部活も施設もカリキュラムも無く、建築様式も特殊でないし階数も4階と決して凄くはない。あ、何故か市と学校の漢字が一字違うというのは、ある意味特徴かもしれない。
自慢できる事といえば交通の便が異常(非常ではない。異常にだ)に良いらしい事くらいだろう。家から徒歩20分という俺にはあまり関係はないのだが、話しに聞く限り異常らしい。『らしい』ばかりなのは、さっき俺が言った話に加え、遅刻者が歴代を通して50件無いとか、校長が朝会で自慢しているのを一度聞いた事があるので、恐らく本当なんだと思う。50件とかさり気無い数がある辺り驚けないのだが。
特徴が無いといってもそれはつまり悪い点も無いって事だ。別段自慢は出来ないが、他人から不評を貰うほど悪くもない。いわば3流とか言われる学校で、成績が特別抜きん出ている訳でもなく、グレなきゃやってられないほど悪くもない、そんな生徒達の受け皿的な位置づけなんだと、俺は認識している。
斯く言う俺もそんな受け皿に助けてもらった側なんだけどな。
一時限目の国語を軽く流し次の理科も流し、結局気付いたら昼休みに入っていた。授業の内容は全然覚えてなかったが、今の俺には正直どうでもよかった。
「はぁーー……」
なんだか溜息が出ちゃうぜ。
俺が何もせずに座っていると、誰かが近づいてきた。草田、では無かった。この学校の制服を着ているから生徒なのは確かだが、草田の着ているものと違う、つまり男子の制服とは違う。男子の物よりも少々飾りっ気のあるブレザーに胸元には学年色のリボンタイ、腰から膝丈までのチェックのスカートを穿いている。つまり女子だ。横目で誰なのか確認してまた溜息。どうやら今、俺が一番絡みたくない奴みたいだ。
その女子生徒はズカズカと俺の座る席の前まで来ると、そこで腕を組んで仁王立ちになった。ああ思い出した。クソガキに初めイラッとしたのはコイツに雰囲気が似てたからか。
俺はそんなことを考えながら、俺を見下しているであろう目の前の女子の顔を見上げる。
「ちょっとリンタ。なんか元気無いみたいじゃない?」
面白い話をするときのような、楽しげな調子で声を掛けてくる。
絶対に元気のない奴に接するテンションんじゃねえ。どこから仕入れた情報なのか、大体想像はできるがコイツに訊いても無駄だな。俺は諦めて口を開いた。
「別に。お前には関係無いだろ」
「おやおや~? 葉白くんはとっても不機嫌なようですね~? どうしたのかな~?」
ニヤニヤと意地悪な笑いを浮かべながらショートボブの先を楽しそうに揺らすコイツは、俺のこの学校での唯一の女子の知り合いであり、天敵であり、残念なことに幼馴染的なポジションである。
「はいはい。用が無いならほっといてくれ」
「このカナエさんがアンタを励ましてあげてるんだから、ちゃちゃっと元気になりなさいよ」
かなり無茶苦茶な要求をしてきたこいつは空雲 夏苗。全然品が無いが、俺の家の近くにある水守神社の神主の娘だ。何の因縁なのか幼稚園から現在までの長い腐れ縁だ。恥ずかしい思い出の一つや二つを共有しているが、俺の中では、マンガの主人公のように幼馴染と惚れただのなんだのとか正直ありえないと思っている。コイツなら尚更だ。
そんなカナエさんのありがた~い(?)お言葉を聴いて俺はますます気分が沈む。
「うっせーなー。別に俺が元気だろうと元気じゃなかろうとお前には何の関係もないだろー」
顎を机に置きながら目だけを向けてぼやく。
「ど、どうしたのよ。ホントに元気ないじゃない。何かあったの?」
「だから何もねーよ。そんな心配そうにしたって俺は引っ掛らないからな。用が済んだんならどっか行け。しっしっ」
そう言いながら手で払う仕草をすると、夏苗が肩を怒らせながら怒鳴った。
「あっそ! 馬っ鹿じゃないの? アンタの心配なんて誰がしますかってーの! アンタなんか車に撥ねられて病院で包帯グルグル巻きになってればいーのよ!」
「死なないだけマシだな」
「ふん!」
夏苗は踵を返してズカズカと廊下へ出て行ってしまった。
用が済んだのかは分からんが、これで一先ずは無用な相手をする必要は無くなったはずだ。
「ハ~シラ~。今のはちょーっと非道いんじゃねー? カナエちゃんすっごい怒ってたぜー」
どこから現れたのかいつの間にか草田が横に立っていた。
「……」
まぁアイツとは腐れ縁だが、別にいつも仲が良いわけではないので特に焦ったりはしない。むしろ変な言い掛かりを付けられなくて、俺個人としてはメリットの方が大きいかもしれないな。
「早く仲直りしといた方がいいぜ? 女の怒りは国をも沈めるっていうからなー」
途方も無いな。どうやってもアイツには無理な気がするけど。
そんな事よりも。
「なぁ」
「ん? 恋の相談か? 残念だが俺は男の恋愛事情に興味は無いぜ☆」
うぜぇ……。
「そうじゃなくてだな」
「なんだよ? 言ってみろよ。俺たち親友だろ」
「違う。そうじゃなくて。お前はいつまで俺の隣で立ってるんだ。俺は今ブレイクハートなんだが」
「おーっとすまんすまん。じゃあ俺はここらで退散しときましょーかっ」
「そうしてくれ」
草田は言うが早いかクルッと方向転換してフラ~ッとどこかへ消えていった。相変わらず言動というか行動というか、存在が軽い奴だ。
その後の5、6時限目の授業も全然集中できなかった。ちなみに科目は世界史と……なんだったかな。まぁいいか。どうせ長くない命だ。授業なんて聞くだけ無駄か。
そんな事を考えながら家に向かって足を動かす。HRが終わればもう学校に用はない。帰宅部暫定エースの俺に死角は無かった。
学校から徒歩20分、どんなにゆっくり歩いても1時間と掛からない。見慣れた道をただ黙々と歩いてると、丁度中間地点の辺りで前の方に見慣れない人を見つけた。
地面に届きそうなやたら長い髪が印象的で、綺麗な栗毛色をしていたせいもあってか、不思議な雰囲気を感じた。
こっちに背を向けているから分からないが、どうやら何かを探しているらしい。手元を見て周りをキョロキョロと何度も繰り返している。
俺は声を掛けられないように道の反対側へ移動して無視しようとした。しかし、通り過ぎたところで声を掛けられてしまった。
「そこの方、少々お尋ねしたいのですが宜しいでしょうか?」
女の人の、甘く囁くような声で話しかけられ、一瞬だが驚いてしまった。なんという美人ボイス! それと、どこかで聞いた事のあるような声だったのに若干戸惑ってもいた。俺の知り合いにこんな美人さん(仮)は居ないはずだ。
「な、なんですか?」
やや緊張しながら振り向いてみると、予想は裏切られなかった。見たこともない美人の、パッと見だと外人のような綺麗な顔立ちの女の人が立っていた。しかも胸がで、でかい……! 袖長のセーターにタイトスカートという簡素な服装なものの、それでも十分に純情な青少年には刺激が強すぎる代物だった。いや、むしろイイ! が、眼福だぁ……。
「この地図の場所を探しているのですが、お心当たりは御座いませんでしょうか?」
女の人はそう言って手に持った地図らしき紙を差し出してきた。
目的地らしき目印の付いた四角とその周りの簡単な地形しか描かれていなかった。……どこから来たか知らないが、少なくともコレを描いた奴はかなりの面倒臭がりだな。
そう思いながら目的地を見てみると、よく知る名前が書かれていた。
「ああ、ここですか。それならここを真っ直ぐ行って……」
地図に書かれていたのは『水守神社』。俺の大っ嫌いな奴の家の仕事場だ。
一番覚えやすそうな道を教えると、彼女はとても嬉しそうに礼を言って教えた道を歩いていった。
「大変お世話になりました。あなたのその正しき行いは、必ずや神のお慈悲に授かるでしょう」
「は、はあ」
「では、私はこれにて行かせて貰います。どうかあなたの進む道を天上の光が照らさん事を――」
歩く女の人の背中を見ながら、少しぼーっとした後、ハッと我に返って家路を急ぐ。なんだか宗教的な言い回しだったな。多分なにかそっち系の人かもしれない。それに神様が本当に居るんなら、きっとあのクソガキとの変な契約もスパッと切ってくれるんだろうなぁ。
「はぁ……」
知らず知らず溜息が出た。今日だけで一生分の溜息は出たな。はぁ……。
憂鬱な気持ちをそのままに、俺は家の留守番をしているであろうメイルさん(+クソガキ)を呼び出す為に、いつもは鳴らさないインターホンを鳴らした。家の住人がインターホン鳴らすのも変だが、俺としてはメイルさん達がちゃんと留守番出来ているかのチェックの意味も込めてのインターホンだ。
ボタンを押すとお馴染みの電子音が鳴り、次に「はーい」とメイルさんあるいはクソガキの声が聞こえてくるはずである。
しばらく待ってみたけど、全く応答が無い。念の為にもう一度インターホンを鳴らすが、10秒待っても応答なし。心配になった俺はドアに鍵を挿して回す。普通ならこれで開くのだが、逆に閉まった。
おいおい、まさか開きっぱなしかよ……。確か二人には留守番を頼んでいたはずなのに。
不安になりながら再度鍵を回す、今度はドアを開ける為に。
極力音を消して中に入りドアを閉める。最悪空き巣とバッタリ、なんて事も有り得るからな。
静かにリビングの方に行くと、中から物音が聞こえてきた。マジかよ。本当に居るのかよ! 俺は中に居るであろう空き巣に気付かれないように覗き込んだ。するとそこには――。
「メイ! 気を付けろ! どこから敵が来るかもわからんぞ!」
「は、はい! ワタクシの命に代えましてもバラムさまの身はお守りさせていただきます!」
クソガキとメイルさんがテーブルとソファの影に隠れて真剣に“何か”をやっていた。
「ちょっと、二人とも」
「む、貴様か! 気を付けろ、今し方獣の鳴き声がした! 今は見えないがすぐそこに潜んでいる可能性があるぞ!」
「リンタロウさま! お気を付けを!」
はぁー……、そういえばインターホンの使い方を教えてなかったな。
俺は完全警戒態勢の二人に問題ないことを説明した。理解してもらうのに夜まで掛かってしまったのは、正直予想外だった。