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だいイチわ★甘党の主張を取り入れると惨事が起きる!

 俺の名前は葉白 輪太朗。今はワケあって少女を目の前に正座している(正確には“させられている”)。

 さっきはすいませんでした。ちょっと気が滅入ってたんでタメ口になっちゃいました。滅入ってるって点は変わんないんだけどね。

 さっきから延々と続いた謎の説教が終わったと思ったら、今度は何も言わずに手を差し出してきた。子供らしい愛らしさを残した手の平が、謎の催促を促している。ように思える。


「んっ」


「………はぁ?」


 ワケが分からない。どう考えても正体不明の(本人曰く悪魔らしい)クソガキに渡す物なぞ持っていないし、持っていたとしても渡したくない。

 しばらく差し出された手を眺めていると、クソガキは焦れったそうに催促するような動きまで付けてきた。太々しいそはこの事だな。


「ちっ、ったく。ほれ、こういう時はアレだろう。流石の貴様でも判ろう」


 ふと考える。仮にもし、コイツが本当に悪魔だとする。俺は人間でコイツは悪魔だ。悪魔が人間に催促している。つまりは……。


「解ったぞ!」


「ん?」


 クイクイ動いていた手の平へ丸めた左手を乗せた。


「…………」


「…………」


 つまりこういう事だったのだ。

 悪魔であるこの少女と、人間である俺の格差を知らしめる儀式! それは『お手』。この儀式によってどちらが上かをハッキリさせる言わば通過儀礼(イニシエーション)

 自分のあまりの名推理に酔いしれ、目の前で驚きに目を丸くする少女に渾身のドヤ顔をキメる。自分がどれほど情けない事をしているかなど、この時の俺は気付いていなかった。

 華麗過ぎる謎解きにワナワナと震えだす少女。どうだ。俺の方が一枚上手だぜ。


「アホかっ!」


 ええぇ!?あ、そうか、お手は右手だったっけ?

 すかさず左手を引っ込め、改めて右手を乗せた。まてよ? やっぱ左で合ってたんじゃないか?


「貴様……っ!」


 ふっ。どうやら正解だったらしい。言葉も出まい。

 今度こそ渾身のキメ顔で悪魔少女を威嚇する。俺が、人間だ!


「バカかっ!!」


 あ、あるぇー?

 何が間違っていたんだ!?

 世紀の名探偵が一転。見事に犯人よろしく追い詰められる俺。


「儂は供物を要求しとるのだ! 貴様のような『バキューン』に躯を捧げられたところで嬉しくも何ともないわっ!」


 伏字!? 健全な少年少女には不適切と判断されるような単語!?

 というか、そんな言葉をいきなりぶつけられた俺も焦る!


「お、おれ、俺はべべ、別にど、『バキューン』じゃにゃいしっ!」


 くっ、噛んだ。ここ一番というところで噛んでしまうとはすごい恥ずかしいじゃないか。

 俺が冷静を取り繕う間も与えず、クソガキが追い討ちを掛けるかのように罵倒してくる。


「黙れ『バキューン』! 貴様のような小物が『バキューン』じゃなかったら全世界の男は産まれながらに『ズキューン』だわっ!」


 ぐはぁ! そこまで言わなくても、しかも嘘だってバレてるしぃ。

 心に傷を負わされ、床に伏せる俺に尚も浴びせられる罵詈雑言の数々。


「ふんっ、この『バキューン』が。どうせその歳にもなって経験無しなのだろう? 哀れだな! このっ、『ドキューン』『バキューン』!」


 く、こいつ……相手が子供だと油断してれば、いい気に乗りやがって。いくら紳士な俺でもあそこまで馬鹿にされれば堪忍袋が破裂する。いくら悪魔だからといったって所詮は子供だ。腕力なら俺だっていくらなんでも小さな女の子に負けはしない!

 捕まえてさっきからの失言を謝るまで、(くすぐ)りまくってやる!

 意を決し、床に伏せた体勢から一気に少女の方へダッシュする。驚いているのが一瞬見える。流石に強行手段に出てくるのは予想外だったらしい。このまま地獄を見せてやるぜ!


「うおりゃあああああぁぁぁ……うおっ!?」


 突然すごい力に足を(すく)われる感覚に襲われた。気づくと床が上で天井が下にあった。世界が全く逆様になっている。果敢に床を蹴っていた足が虚しく宙を掻く。


「なんだぁ!?」


 呆然としていたが、ハッと我に返って少女を探す。目的の人物はすぐ近くにいた。と、いってもやはり上下逆様なのは彼女も同様だ。

 悪魔少女はひどく不機嫌な態度で腕を組んで言う。


「はぁ~、人間如きが儂に適うと思い違いしおって……」


 少し冷静になって辺りを見回してみると、逆様になっているのは部屋でも悪魔少女でもなく自分自身なのに気づく。今、俺は部屋の真ん中で宙にう、浮いている!?

 訳が分からず悪魔少女を見やる。あ、パンツ見えそう。黙っておこう。じゃなくて!


「なんだよこりゃ?」


「儂を誰だと思っておる。彼の英傑バラムであるぞ! 40の軍団を従え、数々の武勇を馳せる、力の王とは儂のことだ!」


 見たか! と、小さい胸を張って鼻息荒く自己紹介してくださった。

 ぐぅ、意外にピンクか。あ、いや、そうじゃない!


「とと、とにかく、降ろしてくれっ。頭に、血が……」


 逆様にされているせいで重力に従って頭に血が昇って、正確には下がってきた。軽い眩暈がしてきた。

 ふん、と魔王(?)がそっぽを向くと、俺は上下が180°違う状態でそのまま落とされた。

 もちろん頭からだ。床に頭を勢いよく打ちつけ、その場にうずくまる


「いっ! つー……もっと優しくお願いします!」


「ふむぅ。とりあえず主よ。貴様の名を聞こう」


 今更かよ! てか謝れよ! しかも「とりあえず」なんですね! 俺としては係わり合いになるのももうイヤなんですけどね!


「俺は、葉白 輪太郎っていう名前……です」


 普通に言ったらすんごい睨まれた。なんで敬語使ってんだ俺。いくら相手が本物の悪魔っぽいとはいえ、自分の小心ぶりにはつくづく悲しくなる。


「あ? はしらどけい?」


「いつの時代の漫才みたいな聞き違いだよ!」


「貴様の紛らわしい名が悪いのであろう!」


 紛らわしいって、いやいや問題はそこじゃない!


「マジで間違えてたのかよ!」


「儂はいつもマジだ!」


 またも無い胸を張る悪魔少女。いや、そこで強気に出られても……。

 一旦落ち着こう。ここは小さい子供をあやす感じでいけばいいんだ。


「ふぅー。はしら りんたろう。は・し・ら・り・た・ろ・う! 憶えたか?」


「……よーし憶えたぞー。その名を儂の中の抹殺予定リストにしっかと焼き付けたぞー」


「おいぃ! 教えた俺が大損じゃねぇかよー! 何それー! 怖いぃ!」


「冗談だ。わはは」


 本物の悪魔ならそういう冗談はやめろよ! 俺の心臓が潰れるだろうが!


「で、だ。(あるじ)よ」


 ツッコミを入れた勢いのまま悶絶してると急に話を振られた。

 もうさっさと帰ってくんないかなぁ。なんでこうなったんだろう。別に俺は悪いことなんかしない善良な一般市民だったのに、良い事もあんまりしてないから天罰でも下ったか?


「おい、聞いているのか」


「はいはい、なんでございましょう」


「そう不貞腐れるな。契約は為った。今日から貴様は儂の主だ。何が望みか言ってみろ」


「けいやくぅ~? なんの事だよ。俺はお前と契約した覚えは無いぞ?」


 ぬっふっふ~と、得意顔のバラムは、人指し指を振りふり説明しだす。


「先ほど儂の手に両の手を置いたであろう?」


 思い返す。あぁ、俺の“迷”推理のお手か。よく考えてみればなんて情けないことをしていたんだろう。

 ため息が漏れる。目の前の少女を見てもう一発ため息をする。あれは俺の人生の新たな黒歴史になるだろう。


「なんだ? ため息をすると幸運が逃げてゆくというぞ」


 知らんがな。もう今の俺に幸運なんて残ってないだろ。

 っていうか元凶はお前だから!


「で、さっきのお手がどうしたんだよ」


 さっさと話を終わらせて帰ってもらおう。

 適当に聞き流して話を進める事にする。


「供物とは儂に力を借りる為の謂わば贄なのだ。そして人が悪魔の手に両の手を置くという事は、その命を差し出し永遠の隷属の意味を持つ。よってー~……」


 一見子供のようだが、そこは本物の悪魔らしい。なんだか契約だかの説明をつらつらと流暢に始めた。なんだか怪しい単語を連発してるんですけど。


「ん? ……ちょっとまて。って事はさっきの俺のお手は――」


 いくら何でもそこまで言われれば察しも付く。

 おいおい、まさか、嘘ですよね?


「そうだ。お前は儂との契約で既に儂のモノなのだー!」


「うそーーん!!」


 今日だけで何度目かの膝折姿勢。なんてこった!

 これ以上の事は生涯起きようが無いって事の連続じゃないか!


「わはは。そんなに喜ばれると儂も照れるな」


「喜んでねぇよ! 苦悶してんだよ! こっちは今、人生終わったんだよ! 察しろよ!」


 あ、なんか泣きたい気分。

 今までいい事なかったし、小学生の頃から今に至るまでクラスの窓際族で過ごして来た。青春とは全く縁遠い十代を生き、無難に日々を過ごす毎日。正直どうにでもなってしまえと思っていた節もあった。まあ、こんな人生でも一応未練はあったんだな。と、考えながら一筋の光を頬に走らせる。ふふ、グッバイ俺。


「いっそ……このまま消えてしまいたい」


 消えてしまっては結局意味がないのに、言ってから気付く。


「ははは……」


「まぁまぁ、人生悪いことばかりでは無いぞ。もっと前を見ろ」


 俺なんでコイツに励まされてんだろ。

 コイツが本から出てこなければ、こんな事にはならなかったのに。


「そもそもお前のせいで俺の人生終わろうとしてるんだが?」


「うむ?」


 とぼけたように首を傾げる悪魔。他人事だと思いやがって。


「どうせあれだろ、今から地獄へ俺を連れてって延々とコキ使う気なんだろ! ちくしょう!」


「…………ふむ、それもいいかもしれんな」


 やっぱりぃ、皆さん聞きましたかぁ。今、「ふむ、それもいいかもしれんな」って言いましたよぉぉぉ!


「ぐああぁぁぁぁ! もう俺はおしまいだぁ!」


「おいおい落ち着け。なにも今すぐ貴様の魂を持ち帰るわけではない」


 少女ボイスでそんな事言われても、今の俺には説得力皆無なんだけどぉ!


「そもそも貴様の魂に見合っただけの願いを叶えなければならん。……でないと天使どもがうるさいからな」


 ふざけんよー、もうー、なんか吹っ切れた……え?

 後半なに言ってるか分からなかったが、一つ良い事を聞いた気がする。魂に見合った願い? なんぞそれ?


「え、なに? つまり今から冥界に送られたり、地獄の釜に放り込まれたりするわけじゃないのか?」


「最初からそう言ってた(気がする)であろうが。ヒトの話はちゃんと聞けい。そもそもなんだ、その釜に放り込むとか、どんな鬼畜だ。儂ですら恐いわそんな奴」


 あれ、途中で一瞬止まってませんでした? 気のせい?

 いや、いやいや、そんな事よりこれは、キタかも知れないぞ! 連れて行かれない? しかも願いが叶う? 嘘だろ!?


「え? 本当にいますぐ死ぬわけじゃないの? しかも願いを叶えてくれるのか?」


「魂に見合った、な。その為に儂を呼んだのだろう?」


 悪魔っ娘はワケが分からないといった風で聞き返してくる。

 うわ、事故でした。なんて言ったらまた何を言われるかわかったもんじゃない。とりあえずここは話を合わせて……


「おほん! じゃ――」


 適当に話を繋ごうとしたらバラムが割って入ってくる。


「おい!」


「な、なんだよ。今からその願いごとを……」


「最初の反応でなんとなく察しは付いていたが、貴様。もしや手違いで儂を呼んだな?」


 もうバレてる!さっきまでの俺さようならー。


「……」

「……」


 ここは、どうしたらいいか分からない。

 とりあえず……黙っておこう。

 バラムは、黙る俺を見て目を伏せ、胸の前で腕を組むと黙り込んでしまった。


「……」


 それっきりバラムは動かず、壁掛けの時計が秒針が刻む音だけが部屋を埋め尽くす。

 溜まらず俺が話しかける。


「おい」


「はぁ~~~~~~――」


 しばらくの沈黙の後、長~いため息を吐いて、バラムは気だるそうに頬杖をついてこっちを見た。

 なんていうか、こう、道端のゴミを見るような眼差しなんですが。

 え、なにこれ? 俺なんかした?


「道理でな……」


 おもむろに出た言葉は納得したような、それでいてガッカリしたような一言だった。

 別にガッカリさせたくてさせたんじゃないんだから俺は悪く無いよな。そもそも何もしていないのに、何故そんな目で見られなきゃいけないんだ。

 そんな事を考えながらバラムの様子を窺う。何を考えているのか、今はまた目を瞑り何事かを考えているようだった。

 一見すると寝ているようにも見えるが、流石にそれはないだろ。……ないよね?


「やはりこれっぽっちも見当たらん」


 違うようだった。少なくとも寝ようとしてたわけじゃないようでした。


「おい、貴様」


「なんだ、ですか?」


 睨まれたので訂正。


「貴様は……あー、名前なんだっけ?」


「覚えてねぇじゃん!」


「あん?」


 どこから出しているのかすごいドスの聞いた声が返ってきたので、俺は素直に自己紹介を始めた。


「葉白 輪太郎。葉っぱの葉に色の白、輪っかのりんに普通の太郎です」


「そうか。では輪太郎よ。貴様に一つ言っておかなければならぬ事柄がある」


 なんだ、急に畏まってきたぞ。これは何かの作戦か? あれだな。油断させといて結局俺を地獄送りにする気だな。そうは問屋が卸さねえぜ。来るなら来い!

 もう油断はしない。俺の全力を以って相手をする!


「実は、……何をやっている?」


 バラムは俺の見事な鳳凰の型に気づいたようで、明らかに畏怖に歪んだ目を向けてくる。

 ふふふ。さぁ、このカンフー映画を見て研究した究極の拳法で相手してやるわ!


「話を続けていいのか?」


「あ、はい。どうぞ続けてください」


 早くも肩が疲れてきたので鳳凰の型を解く。しかし、一瞬たりとも気は抜かない!

 では。と、話を続けるバラム。


「今の儂には魔力と呼べるモノが全く……無い」


 へぇ~。


「ん?」


「今言った通りだ。輪太郎の願いを叶える事は今の儂には、あー……む、難しい! そう、難しいのだ」


 え? どういう事? は? わけワカメですよ?

 一体何のことを言っているんだ。


「あ~、なんの話しだ?」


「残念だが、貴様の“未熟”な力では儂のような“高位”の悪魔を呼ぶ際になにかしらの制約があるようだ」


「ぐっ」


 なんか、途中やけに強調され、多少ムカッときたが正直どうでもいいのでスルーする。


「えっと~、つまり?」


「つまりだな。今の儂は見た目のままの存在だという事だ。脆弱でひ弱な人間の童そのものに近い存在だ」


「え? じゃあ俺の願いは叶えられないの?」


「まぁ……そういう事になる」


「……」


「……」


 黙る俺に合わせてバラムも黙る。

 なんだろう、なんの力も無い少女にビクビクしていたと考えたら、なんだかイラっときたんだけど。

 あれ? これ、ひょっとして俺のターン来たんじゃね?


「おいおいおいおい、おいぃ~、どういう事ですか~? エライ悪魔さんなんですよねー?」


 これは確実に形成逆転したと思って間違いない。さっきまで太々しい態度が、今は若干畏まっているように見えるのがいい証拠だろう。


「ぐっ……」


 ここで主導権を握っておけば後々有利になるはずだ。なにより魔力が無いって事はあれでしょ? なんか凄い力も使えないんだろ? ファンタジー本で読んだ。

 黙って聞いているバラムを他所に、更に強気に出る。


「あーあー、なんだよー、ただのクソガキかよー、マジねぇわー」


「くっ……」


「ホントふざけんなよなー」


 頭をペチペチと叩く。

 へっへっへ。ざまぁみろ。


「う、うるさぁーいっ!!」


「あべしっ」


 思い切り背中から部屋の壁に叩きつけられた。なんか凄い勢いで突き飛ばされたような感覚がする。宙に星が舞っている。右の頬がズキズキするので、殴られたんだろうと辛うじて分かった。


「いってぇ~。いきなり殴る事ないだろ!?」


 後半涙声になってしまうが、痛いものは仕方ない。親父にも殴られたことないのに!

 バラムがイスの上で仁王立ちになり、殺気を飛ばしてくる。小さいのに妙な迫力だ。怖い、かも。


「いい気になるのも大概にしておけよ! 第一に貴様、笑っていられる状況では無いのだぞ」


「はい?」


「貴様はバカそうだから簡潔に説明してやる。このままでは儂と貴様、双方共に死ぬぞ」


 バカそうって、いくらなんでもこの悪魔さん失礼過ぎじゃね。

 いや、それよりも、死ぬ? 俺が?


「え……なんで俺がお前と死ななきゃなんないんだよ?」


「だはぁ~。だから、このまま何もせずにクッチャッベっておると、儂も貴様も死ぬと、これ以上簡単な説明は儂にはできん!」


 そう言うとバラムはムスッとなってそっぽを向いてしまった。その仕草が可愛かったのだが、今それを楽しむ余裕は俺には無い。そもそも何故俺とコイツが死ななければならないんだ。


「どういうことだよ。なんで俺とお前が死ぬんだよ?」


 バラムはそっぽ向いたままで、自分でも意味の無い事だと思ったのだろう。すぐに呆れ声で説明を始めた。


「先にも言ったように、今の儂には魔力が、あ~、霊力?」


 ここに来ていきなりそんな所に拘られてもどうしようもないんですけど。


「どっちでもいいよ」


 流石に焦る。そんな下らない事に拘られても困るので流す。


「オホン。簡単に話すとだな。悪魔、つまり異界の住人である儂をこの世界に維持するためには、魔力と云われる力が必要なのだ。そしてその魔力とは本来、自らで生成できるものなのだが、魔力の生成自体にまた魔力が必要なのだ」


「で、それと俺が死ぬのと何が関係してるんだ……ですか?」


 横目で睨まれたので訂正。


「まぁ、どんなバカでも今の説明で、魔力が無い状態では魔力が手に入らない事くらいは解るだろう」


 なんだコイツ。人が黙ってりゃ調子に乗りやがって。

 後で絶対見返してやる。


「で、ここから本題なのだが、自らを維持できなくなった者の末路は“消滅”だ。消滅とは即ち、人間でいう処の死を意味する。そして悪魔にとって異世界での消滅は究極の、……恥だ」


「……はあ」


 悔しそうに拳をわななかせながら苦い顔で語るバラム。

 コイツの恥とか超どうでもいいんですけど。


「あ、どうぞ、続けてください」


 何を察したのかいきなり睨んできた。コイツ割と勘が鋭いのかもしれん。


「そしてこれは貴様に関係することだが――」


 きたぞ! メインパートキタコレ!

 恐らく一番重要な部分であろう話になってきたので、さっきよりも真剣に聞く。


「……貴様、人の話はもう少し真面目に聞くものだぞ」


「なに言ってんだよ。俺今超聞いてるし。ヤバイね。学校の授業の倍は聞いてるね」


「現金なやつめ。もういい。わかったから。で、本題に戻るが」


 俺がどれだけ真剣かをアピールしていると、シッシッと犬を追い払うような手で止められた。

 いちいち行動がムカツクのはもはや言及する事じゃないな、コイツの場合は。


「先に言ったな? 契約は成立した、と」


 そういえば最初そんな話をしていた気がする。無言で促す。


「儂のような異界の者と契約した際の契約主である者は、契約の証として供物を差し出す。その供物の質で儂ら悪魔は対価として力を貸すのだが、魂を捧げられた場合は少し違ってくる。

 魂、それも生きた者の魂を捧げられた場合は、その者と魂の約定を結ぶ事になるのだ。魂の約定を結んだ者には、その者の魂と引き換えにその者が望む力を与えなくてはならない」


「なにか違うのか?」


「はぁ、力を“貸す”のと“与える”のとでは雲泥の差がある。他にも色々と違うのだが、貴様のようなバカには解らんだろうから説明は省く」


「いつかゼッテェ殴る(ボソリ)」


「何か言ったか?」


「いえ、どうぞお構いなく。つか話長いんだけど。もっと短く纏められない?」


「いちいちうっさいのう。つまり、魂の約定を結んだ者と悪魔は一心同体になり、生と死を分かち合うのだ!」


 はは~ん、最後のわかり易い説明で理解できた。

 ようは、俺が死ぬとコイツも消滅してしまい、コイツが消滅すると俺が死ぬわけね。


「最初からそう言えば長い説明要らなかったじゃん」


「もうよい。儂は頭が痛くなってきたわ」


「つまり、ヤバくないか?」


「……さっきからそう言っとるだろうが」


 魔力が無いと消滅してしまうというバラムと、現在バラムが消滅すると自分まで巻き添えを喰う俺、そして肝心の魔力が無いバラム。

 詰んでるじゃん! これ、確実に詰んでんじゃん! RPGでいうと後戻りできない所で鍵取り忘れた状態だよ!

 え、俺の人生ここまで? 流石に短すぎるでしょ! なんてツいてない人生だったんだぁ!

 こんな事ならもっとハメを外しておくべきだったぁぁぁぁ!!


「どっちにしろダメじゃん! もう終わりだぁ~」


「情け無い声を上げるな。打開策が無いことも無い」


「あ~、俺の人生なんだったんだよ~」


「ええい、聞け!」


「……はい」


 バラムはピシャリと俺を叱り付けると、イスから降り床の上で仁王立ちした。

 腰に手を充て一括する様は頼れる姐貴のようだ。ちっちゃいけど。


「儂にもただ手を拱いて死を待つ気は無い。かくなる上は泥を啜ってでもあちらに帰る!」


「おお、方法があるのか!?」


「……うむ。ある事にはある……のだが」


 ここにきて急に焦らしてくる。

 俺だってこんなところで死ぬ気なんか全然無い!


「どんな方法なんだ!? 早く言えよ!」


「うむ……一つは魂の吸収だ。これについては穢れがないほど良い。高潔な魂からは時に大量の魔力が採れる。もうひとつは人間の精気を取り込む事で魔力を生成する……しかし、なぁ」


 バラムは非常に残念そうに自分の身体を見下ろし一度区切る。


「こんな貧弱な身体では魂を刈ることも、精気を吸うこともままならん」


「はぁ……物騒な方は置いといて、精気を吸うって……その……ど、どうするんですか?」


 別に変な妄想とかしてませんよ。だって魂刈るなんてやりたくないし? だったらもう一つのまだ安全そうな方法選ぶに決まってるじゃん? 別に全然全く、そんないやらしい事なんてこれっぽっちも想像してないしー!


「おい、全部聞こえているぞ」


「す、すいませんでしたー!」


「別に謝る必要は無いぞ。概ね正解だからな」


 マジで!? え、じゃあ俺もあんな事やこんな事が出来ちゃうわけですか!?

 でもまだ心の準備が出来てないから、突然そういうのは……ってかこんなガキとにゃんにゃんしても俺的には全く燃えないんだが……。


「おい……全部聞こえているぞ」


「すいませんでした」


「まず一つ言っておこう」


 またイスに胡坐を掻いて座り、胸の前で腕を組む。もしやまた何か条件とか、面倒な問題があるのか?


「貴様とイチャイチャする様な真似はぜっっっっっっったい! に無い。断じて無いから安心しろ」


 ガシャーン。俺の中で何かが粉々に砕け散った。


「んだよ! 俺の桃色ライフ返せよ!」


「ほざけ、貴様の桃色ライフなど端から無いわ! 悪魔だって相手を選ぶし、第一こんな身体では儂が楽しめん! 嫌だ!」


「普通! めっちゃ普通! もっと重大な理由で断ってくれればまだ俺の傷は浅かった!」


 ちくしょう! いいですよ! 変な期待した俺が悪かったんですね!

 もうコイツに期待するのはやめます俺!


「まぁ落ち着け。気持ち悪いから、とりあえず落ち着け」


 悪魔のくせに聖母のような優しい声音で、そこらの小学生だって言いやしないヒドい言葉を浴びせられた。

 今まで生きてきてこんなヒドい仕打ちは初めてかも……しれなくない。アイツがいつもこんな調子だったな……。

 思い出しただけで、イライラしてくるぜ。


「別段ヤラシイ事をする必要は無い」


「え?」


 そうなの? だって某少年マンガだって悪魔っ娘がキスして「お腹いっぱい♪」とか言ってたし、ゲームでも悪魔っ娘系はやたら絡んでくる(もちろん物理的な意味で)じゃん。え? 違うの?


「そんな意外そうな顔をされても困るのだが……。まぁよい。何もそんな事せずとも精気は吸える」


「そうなのか」


「貴様は儂をあんな淫夢魔どもと同列だと思っていたのか」


「いんむま?」


「サキュバスだ。あやつらは生きてる相手ならばなんでもいいのだろう。見境ない奴らは、儂は好かん」


「いや~、健全な高校男児としてはサキュバス大歓迎ですけど……」


「ああ、いぃ、もう喋るな、頭が痛くなってくる」


 こめかみを指で揉みながら手で制された。


「とりあえず、だ。儂ほどの“高位”の悪魔なら人の近くに居るだけで精気は吸えるのだ」


「じゃあこのまま放っといても大丈夫じゃねえか。驚かせんなよ」


 心配して損した。全然大丈夫じゃないっすかぁー!

 あぁーよかった助かるー。


「このまま俺の近くに居れば全然OKって事だろ?」


「それがなぁ、そんな楽な話ではないのだ。人間が外部に精気を放出する瞬間というものがある。その時に儂が近くに居る必要がある。どこまで都合の良い技術ではないのだ」


 ですよねー。俺の考えが甘いのなんかさっきからなんとなく自覚してましたよー。


「はぁ……で、その時って具体的にいつなんだよ」


「人間とは普段、感情を隠して生活しているだろう。そしてふとした拍子で感情が爆発する事がある。そういう時は大抵自らの精気を外部へ放出しているものなのだ」


「はあ、そんなものか?」


 バラムは当然だと言わんばかりに鼻が高くなっている。


「そんなものだ。そこで貴様の出番だ!」


「え、俺何かするの?」


「死にたくなければ協力するのが筋だろう!」


「はぃぃっ」


 普通に怒られて情けない声が漏れてしまった。

 まずいぞ。コイツの事だから絶対に後でからかわれる。


「貴様の役目だが、周囲の人間の感情の引き金になるのが、主な役目だ。喜べ、儂の役に立てるのだぞ!」


「感情の引き金? 具体的にどうすりゃいいんだよ。まさか不良に喧嘩でも売って来いってか? そういうのはごめんだぜ。痛いのは嫌だね」


 そうだ。痛いのなんかまっぴら御免だ!

 痛い思いをしたって、どうせ何もならないし、何より痛いだけ損だ。そういう事を進んでするのは、馬鹿だけだ。


「そんな情け無いことを威張って言う奴は初めて見たぞ……。勘違いしているようだから教えておいてやるが、感情とは喜怒哀楽なんでもよい。要は、その者の感情が高ぶれば良いのだ」


「えっと、つまり?」


「貴様はつくづく物分りが悪い部類だな。なんでもいいから行動しろという事だ!」


「あうちっ」


 なんで足を蹴られるんだ?

 しかも(すね)だし! 痛いし!


「貴様の物分りが悪い所為だ」


「勝手にヒトの心読まないでくれるかなっ?」


「ふんっ。とにかく、これからよろしくな」


 そう言うとバラムは、ぷいっとそっぽを向いて右手を出してきた。

 ん、まあ、どちらも命が危ないのだ。ここは協力するしかないのか……やだなぁ。


「さっさと終わらせて帰れよ」


「言われなくてもそのつもりだ」


 二人で手を握り、言う。


「「契約成立だ!」」




 ――その夜。


「……おい」


「なんだ?」


 ここは俺の部屋。

 そして俺のベッドの上には俺じゃない奴が居座っていた。


「なんでお前がここに居るんだよ」


 そう。なぜかバラムがあの熱い展開のまま、ずっとここに居座っているのだ。普通なら、「また明日な!」みたいな流れだろ?


「……」


「……」


「ふっ、この魔王バラム様に床で寝ろと? 馬鹿も休み休み言う事だな。当然この部屋のベッドで儂が寝て、貴様が従者部屋に移るのだろう?」


「ちっげぇよ! もっと根本的な問題だよ! なんでお前が“俺の家に居る”んだよ!」


「はっ?」


 目を丸くして唖然とするバラム。いやいや、そんな顔されても俺が驚きます。

 そもそもなんでコイツがここに居座っているんだ。俺の部屋の俺のベッドとかいう超神聖域に踏み込むとか、いくらガキとはいえデリカシーに欠けるのではないだろうか。


「儂を追い出す気か!?」


 追い出す気かと言われても、ここは俺の家、というか部屋なので他に行ってもらいたいのだが、どうやらコイツにその気は無いようだ。


「当たり前だろ。ここは俺の家で、しかもこの部屋は俺の部屋だ!」


「なんという……!」


 信じられないという顔をされても、この事実は変わらない。ここは俺のホーム! 絶対譲れん!


「し、しかし、それだと儂はどこに行けばいいのだ?」


「そんなのどこにだってあるだろうが。悪魔なんだからこう、パッと消えたりして自分の空間みたいなところに引っ込んでろよ」


「残念だが今の儂には魔力が無いのでな。そういう芸当は全くできん!」


「あ~……」


 そういえば今のコイツは魔力が無いのか……ただの人間の子供同然だって言ってたしなぁ。

 まさかこんな問題が残っていたとは、どうしようか。


「と、いうわけでおやすみ」


「おいぃー! 早いぃ!」


 俺の返事も待たずにサッと掛け布団に包まり寝息を立てだすバラム。


「ぐぅー……」


「嘘だろぉ!? もう寝てんの?」


 試しにバカとかアホとか言ってみる。近づいただけで怒りそうなコイツが微動だにしないなんて、これはマジ寝だろう……。のび君もびっくりの早寝である。


「ふぅ、マジかよ。しゃあない、のか?」


 なんだか今日は疲れてしまった。とりあえず今日は寝よう。今後のことは明日また考えることにしよう。色々と文句を言いたいところだが、寝ている子供を起こすほど俺も鬼じゃあない。うん。

 ベッドを取られたのは納得いかないが、寝ているバラムを見ていると退かすのも可哀相な気がして、結局無理やりベッドは獲られてしまった。こうして無防備に寝ている姿は可愛いのに、勿体無い限りだ。

 疲れている所為か、俺の健全なライフスタイルの為せるものなのか、俺は寝転がった瞬間に意識を手放していた。


 床、硬いなぁ。

2011.8.7

 一部加筆と誤字脱字を修正しました。

2011.8.8

 「とちあえず~」→「とりあえず~」 修正しました。

 とちあえず落ち着け自分。

2011.9.29

 全般の文章を加筆いたしました。

 一部誤字&脱字を修正いたしました。

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