『季節の織り糸と、バカの勲章』
十月五日、秋の日。
刈り取られて間もないあぜ道には、火の粉を散らしたような曼珠沙華が、真っ赤な列をなして咲き誇っていた。死人花、あるいは幽霊花。物騒な名で呼ばれながらも、秋の風に揺れるその姿は、この世とあの世のあわいを燃え立たせるようにどこまでも鮮やかだ。
遠くの田んぼからは、脱穀した籾殻を燻しているのだろう、青みがかった白い煙が細くたなびいていた。
「燻炭でも作ってるのかな」
タイトなジーンズのポケットに両手を突っ込み、志乃はその白い煙をジーッと見つめていた。乾いた風が吹き抜けるたび、稲藁を焼く懐かしい匂いが鼻腔をくすぐる。空は抜けるように青く、つるべ落としの夕暮れを前に、日差しはやわらかな金色の粉を撒き散らしていた。
スマホの画面には、純三さんから届いたアマゾンギフトの通知が表示されている。
無骨で、どこかぎこちないメッセージ。
『さっきはありがとう。またお願いします。お礼の気持ちばかりですが、アマゾンギフトを贈ります。笑納して下さい』
画面を眺めながら、志乃はふうっと息を吐き出した。
正直なところ、どうお返しをすればいいのか、志乃にはまるで見当がつかなかった。じっくり机に向かって順序立てて考える習慣なんて、昔から持ち合わせていない。いつも頭より先に身体が唐突に動き出してしまう。
「突拍子もない子だねえ」
幼い頃から、何度そう言われてきただろう。
思い立ったらブレーキが利かず、まっすぐ突き進んでは壁にぶつかり、境界線を見失って迷子になる。そんな壊れかけの自分が今日までなんとか生きてこられたのは、きっと、呆れながらも手を差し伸べ、支え続けてくれた誰かがいたからだ。
純三さんのあのお礼に、物で返すなんて柄じゃない。
私にできるのは、やっぱり身体を動かすことだけだ。
「この前は雑草に米ぬかを混ぜて堆肥にしたんだから……次は、落ち葉だ!」
思いついた瞬間、志乃の顔にパッと灯りが点った。
秋の華麗なるショータイムは、すでに始まっている。
山々はあたかも、神が色とりどりの美しい衣を着せたかのように、日ごとにその表情を変えていく。澄み切った秋の風の中で、木々が冬を生き延びるために手放した、無数の誇り高き葉たち。あれを集めて、極上の腐葉土を作ればいい。
純三さんのあの軽トラの荷台いっぱいに、黄金の土の素をプレゼントするのだ。
志乃は大きな麻袋と竹熊手を両手に抱え、雑木林の斜面へと迷わず飛び込んでいった。
ガサゴソと落ち葉をかき分けるたび、クヌギやコナラの枯れ葉が小気味よい音を立てる。芒が銀色の穂を波打たせ、頭上からは皀莢の平たい実がからからと風に鳴っていた。
夢中になって熊手を振るい、うずたかく積もった落ち葉を麻袋へ詰め込んでいく。
斜面を滑り落ちそうになり、木の幹にしがみつき、斜面を這い上がる。ふと気がつけば、穿き古したジーンズの引き締まったお尻には、またしてもトゲのある草の種——「バカ」がびっしりとくっついていた。
「あはは、また勲章つけちゃった」
志乃はお尻をぷりぷりと振って、手のひらで景気よくバカを払い落とした。取っても取ってもキリがないけれど、そんな些細なこと、この秋の広大さに比べたらどうだっていい。
ふもとの納屋の前に、集めた落ち葉の山を築き上げる。
そこへ、持参した米ぬかと油かすを惜しげもなく振りかけ、ジョウロで水をたっぷりと打ち水のように回しかける。シャベルを力いっぱいに突き立て、空気を含ませるようにざっくりと切り返していく。
「こうやってね、しっかり踏んで寝かせておくの。冬の間に微生物がせっせと発酵させて、春にはふっかふかの、黒くて甘い匂いのする立派な腐葉土になるんだから」
額の汗を腕まくりした袖でぬぐい、志乃は湯気の立つ落ち葉の山に満足そうに笑いかけた。
純三さんが、この土地で、穏やかなスローライフを楽しめますように。
妻に出て行かれ、一人ぼっちで草を刈っていたあの背中が、春になったらこの土を使って、ピカピカの夏野菜を育てられますように。
つるべ落としの陽が西の山並みに沈むと、山あいの空気はたちまち鋭い冷気を帯び始めた。
どこかの家から、夕餉の柚子味噌を練る甘酸っぱい香りがふわりと漂ってくる。川の浅瀬には、北の国から渡ってきた鴨の群れが羽を休め、秋の風が水面を細かく震わせていた。
中稲の刈り入れを終えた静かな田園の向こうから、夜が静かに降りてくる。
今夜あたり、純三さんは障子でも貼り替えているだろうか。それとも、遠い川へ根釣りにでも出かけているだろうか。
見上げれば、澄み切った空に冴え冴えとした月明かりが灯り、あぜ道の曼珠沙華を幽玄な銀色で照らし出していた。
お尻にバカをいっぱいつけたまま、志乃は軽トラの停まる道へと駆け戻っていく。
季語がひとつ、またひとつと季節の織り糸となって、深まりゆく秋を静かに織り成していた。




