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走る手首

作者: 高橋志歩
掲載日:2026/03/31

 私は数珠を持った手で握り拳を作り、欠伸を噛み殺した。眠い。寒い。正座している足が痛い。喪服のスカートのウエストがきつい。


 今日は祖父の何回忌だかの法事で、親族一同が揃い、大きな寺のだだっぴろい本堂に並んで正座している。

 子供の頃に亡くなった祖父の記憶などほぼ全然無いし、正直会社を休んでまで堅苦しい法要なんぞに出たくなかった。が、「法要の後に超豪華な仕出し弁当が出るから! あんたには1個余分に上げるから!」と母親に説得されて仕方なく参列した。デカいお寺は寒いかも、とタンスの奥から引っ張り出した喪服の下にシャツを着込み、分厚い黒タイツを履いて防寒は完全である。しかし寒さは何とか耐えられても、眠い。キンキラの袈裟を着たお坊さん3人組の長い読経と木魚の音はさながらヒーリングミュージック……しかし居眠りなどしたら、口うるさい親戚連中に何を言われるかわかったもんではない……。


 頑張って目を見開きながら視線をさ迷わせると、私より少し離れた前方に座っている姉の背中が見えた。隣の親戚のおあばさんと、何やら頭を寄せて小声で話している。髪につけたシンプルだけど、洒落たバレッタが揺れる。私は姉と仲が良いし、今日はいないけど義兄とも仲良しだ。優しく穏やかだけど力持ちな人で、姉とは結婚して数年になるのにベタ惚れ状態が続いている。素晴らしい。ただ、なかなか子供が授からないので夫婦で悩んでいる。私だって姉の子供、甥っ子か姪っ子が出現してくれたら最高に嬉しいけど、こればっかりはなあ……。


 やがて、姉が親戚のおばさんと一緒にそっと立ち上がり、列の間をかがんで歩いて2人で本堂を出て行った。業者から仕出し弁当が届いたのかもしれない。忘れずに2個確保せねば。


 ようやく長いお経も終わりが近づいたかなー、と高い天井を見上げた時、何かが素早く通り過ぎた。


 ん? 疲れ目かな? と目をぱちぱちさせると、天井を移動する手首が見えた。


 はい? 手首?


 しかしどう見ても手首である。手首と手のひらと指。謎の物体か、怪奇現象か。それが5本指をしゃかしゃかと動かして天井を走り回っている。


 呆気にとられて見ていると、移動する手首は天井からぽーーーんと飛び降り、お経をあげているお坊さんの頭にくっついた。うわ! と思ったけどお坊さんはそのままだし、親戚連中の誰も騒がない。手首はお坊さんの頭からすすすと動いて、肩の辺りでぴょんぴょん飛び跳ね始めた。もしや見えているのは私だけか、と思った時、手首が増えた。今度のは、お坊さんの横の畳の上をのったりのったり移動している。指の動かし方を見ていると、モデル歩きをしているようである。


 害は無さそうだし、何だか楽しくなってきた時、また手首が出現した。正面に鎮座するでっかい仏像の裏から飛び出して、物凄いスピードで居並ぶこちらに走ってくる。私にしか見えていないけど、少々びびっていたら上手く列の間をくぐり抜ける感じで、走り回っている。おもちゃのスポーツカーか。指のしゃかしゃか動きで、良くあんだけスピードが出せるもんだと感心して見ていると、姉が戻って来た。


 すると、走る手首は速度を上げた。もう目で追うのが難しいレベル、びゅーん! と音がしそうなスピードで、そのまま立っている姉の体にぶつかった……。


 さすがに「うわ!」と声が出てしまい、同時に木魚や鐘やらが鳴らされ、姉は心配そうな顔で私を見ている。


 母親に小言を言われて我に返ると、3体の動き回る手首は消えていた……。


 眠気を我慢するあまり目を開けたまま夢でも見たのかもだし、姉も何も感じていないようなので手首の事は何も言わずにおいた。その後、お重に入った仕出し弁当をもりもり食べ、きっちりもう1個を風呂敷に包んで持ち帰り、変な手首の事はすぐに忘れた。


 ――1か月後、姉から連絡があった。幸福いっぱいの声で妊娠した事を告げられ、私も大喜びした。


 義兄は有頂天状態で、妊娠出産育児について張り切って勉強している。双方の両親は、競うように孫の迎え入れ準備を始めた。私も出産祝いなどを考え、やはり現金だよね? とウキウキしてから、ふと考えた。


 もしかして、法事の時に見た走る手首。あの走り回る手首が姉に赤ちゃんを連れて来てくれたのかも……祖父の法事だったし、ご先祖があんな変な形で出現したのかもしれない。ご先祖なら姉と赤ちゃんに心配は無いだろう……いやでも油断大敵だ。出産が無事に終わるまで私がしっかり見張ろう、と握り拳を握って誓った。


 やがて、姉は無事に元気な男の子を産んだ。


 安産御利益の神社を巡り、こっそり祖父の墓参りまでしていた私は安堵した。姉は産後も順調に回復し、父親になった義兄が張り切って姉と赤ちゃんを世話している。私はこれから先は心配せずに、甥っ子を可愛がるのに集中する事にした。

 しかし。思い切り手足を動かす元気いっぱいの甥っ子を見るたびに、あの猛スピードで走る手首を思い出す。


 もしかしたら、甥っ子はものすごく駆け足の速い子に成長するかもしれないなあ。


 <了>

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