67 集い
「パーティーなんて生まれて初めてっす!」
ジャックは大きな尻尾をブンブンと振った。彼の尻尾が風を起こすせいでキャンドルの火が消えてしまう。ちょうど火をつけて回っていたウィリアムは深いため息をついた。
「わかったから尻尾を動かすな。お前が喜ぶたびに火が消えるんだよ」
「だって楽しみじゃないっすか!みんなと会うの一年ぶりっすよ。コリンなんてこんなに大きくなってるんじゃないっすかね?」
ジャックは両手を大きく広げて言った。ウィリアムは彼のはしゃぎぶりに呆れながら、テーブルの装飾や食器の準備を進めていった。
ちらりと壁掛け時計に目を向ければ、針が十九時半をさし示していた。時間がないと焦り始めたその時、奇妙で不自然なリズムで扉が叩かれた。
「来たっす!」と言ってジャックが一目散に玄関へ向かう。ウィリアムも彼の後を追って玄関に向かった。
ジャックが扉を開けると、そこにはカミラとアシュリー、コリンが荷物を持って立っていた。
「待ってたっすよ!どうぞどうぞ!」
「あら、いつからここはジャックの家になったの?」
カミラは目を細めて微笑みを浮かべた。ウィリアムは仲睦まじいやりとりを少し離れたところから見ていた。
不意にコリンと目があったかと思えば、突然彼がウィリアムの元に駆け寄ってきた。コリンは勢いを殺さずに抱きつき、ウィリアムはそれを受け入れた。
「よお、久しぶりだな」
「大丈夫?もう胸に穴に空いてない?」
「空いてるわけないだろ」
間髪入れずに答えたが、コリンはとても心配そうな顔をしていた。どうするべきか悩んだウィリアムは、しゃがんでコリンと視線を合わせ、大きく口を開いた。吸血鬼らしい尖った牙を前にして、コリンの目が輝き始めたのだった。
「どうだ、吸血鬼の牙も悪くないだろ?」
「かっこいい!僕も吸血鬼になりたい!」
コリンは興奮した様子で言った。子供の純粋な反応を笑いながら、ウィリアムは彼の頭を撫でた。髪の毛を乱されて怒るコリンを宥めていると、そこへカミラが歩み寄ってきた。
「元気そうで安心したわ」
「おかげさまで」
「エルマーはキッチンにいるの?」
「いや、なんかテーブルに飾る花を取りに行くって出かけたよ」
「あらそうなの。キッチンを借りてもいいか聞きたかったけど、帰ってくるまで待ってようかしら」
カミラは手に持っているバスケットへ視線を向けた。中には野菜や肉などの食材が入っていた。
「気にせず使ってくれ。エルマーには俺から言っておくよ。ちょうど迎えに行こうと思ってたし」
ウィリアムはそう言ってキッチンにカミラを案内した。広いキッチンを見てカミラは「ここであの美味しいブランデーケーキを作っているのね 。素敵なキッチンだわ」と嬉しそうに笑った。
ウィリアムはチラリと時計を確認し、パーティー開始の時間が刻一刻と迫っていることに気づいた。急いで大広間に戻れば、駆けっこをしているジャックとコリン、まじまじと部屋の中を見ているアシュリーが目に入った。
ウィリアムはまず走り回っているジャックとコリンの首根っこを掴み「遊んでないで手伝え。お前たちはナプキンを折る係だ」と言い放った。
準備を始めるジャックとコリンを見送り、今度はアシュリーに近づいていった。
「アシュリー、ちょっと手伝ってくれないか?カトラリーと皿の準備をして欲しいんだ」
「ウィリアムがやればいいじゃん。僕も一応お客さんなんだけど?」
「もし手伝ってくれたらお前とガルの仲裁役をやってやる」
「……あんたって本当にずる賢いよね」
「なんとでも言え」
無理やり準備を押し付けたウィリアムは「エルマーを迎えにいってくる」と広間を出ていった。駆け足で玄関に向かい、ドアノブに手を伸ばす。
その瞬間、控えめなノックが聞こえてきた。ガルが来たのかと思い扉を開ければ、そこには思わぬ来客がいた。
バスケットを持って立っていたのは、「パーティーには行けない」と言っていたメリッサだった。
「こんばんは。すみません急にお邪魔してしまって」
「お前今日は来れないって言ってなかったか?」
「ええ、パーティーには参加しません。このスコーンを渡しに来ただけです。それじゃあ、私はこれで」
ウィリアムに荷物を押し付けたメリッサは、浅く頭を下げて出て行ってしまった。遠ざかっていく背中を見て、ウィリアムは咄嗟に彼女を呼び止めた。メリッサは立ち止まり、恐る恐ると言った様子で振り返った。
「せっかくここまで来たんだから参加していけよ。一人くらい増えても大丈夫だ。準備の手伝いに人手も欲しかったし」
「私はいけません。亜人を憎んでいた人間に参加する権利はないので」
メリッサは悲しそうに眉尻を下げて言った。生真面目な彼女をどうすれば説得できるか、ウィリアムは頭を悩ませた。
ふとバスケットの中を覗き込めば、歪な形をした木苺のスコーンが並んでいた。彼女の努力が詰め込まれたバスケットを持って、ウィリアムはメリッサに歩み寄って行った。
「手土産を持ってきた奴は誰でも大歓迎だ。堂々とこのスコーンを持って参加すればいい。人間を燃やし尽くそうとした悪魔まで参加するんだぞ?焼きたてのアップルパイを持って。だから気にしなくていい」
「……ウィリアムさんの周りって変わった人しかいませんね」
「そこにお前も含まれてる」
ウィリアムはバスケットを彼女の胸に押しつけた。メリッサは笑いながらそれを受け取り、目尻を拭うような仕草をした。
気を遣って視線逸らしたウィリアムは「俺はエルマーを迎えに行ってくるからまた後で。ちゃんと準備を手伝えよ」と言って歩き始めた。吸血鬼の目を持っている今、夜の森を歩くのにランタンは必要なかった。
だだっ広い草原、川の近くにある草むら、家から随分と離れたところにある花畑、順番にエルマーがいそうな場所を回る。
しかし、どこにも彼の姿はなく、ウィリアムはため息をついた。月明かりに照らされた花畑を見つめながら、他にエルマーが行きそうな場所はあるかと思考を巡らせた。
候補地は思い浮かばず、さらに思考の枝を伸ばしていく。自分だったらどこに行くかと視点を変えた瞬間、ある場所が頭に浮かんだ。彼はすぐに来た道を戻りながら、懐かしい記憶を思い返した。
小さい頃、悲しいことがあると必ずそこに逃げ込んでいた。迎えに来るのはいつもエルマーの役目だった。
逆転した立場に違和感を覚えながら、ウィリアムは思い出の地へと向かったのだった。




