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65 繰り返す

 地下室に続く階段をゆっくりと降りる。酷く静かな空間にウィリアムと刑務官の足音だけが響いている。

 階段を下りた先に現れたのは広い空間と大きな鉄の檻だった。檻の中には男が一人立っており、手足はいかにも頑丈そうな器具で拘束されている。

 檻から一定の距離を挟んだところにぽつんと椅子が置かれていた。


「面会時間は十分間だ。くれぐれも危険な真似はしないように」


 刑務官の忠告に、ウィリアムは浅く頷いた。緊張した面持ちで一歩ずつ檻に近づいていく。彼は今にも倒れてしまいそうな足の細い椅子に座り、顔を上げた。


「よお、元気だったか。すっかり吸血鬼らしくなったじゃねえか」


 檻の中に収容されたダニエルはにっこりと笑顔を浮かべた。ウィリアムは一切表情を崩さずに彼を凝視していた。囚人服に身を包んで屈託なく笑う姿は明らかに異質だった。


「すごい待遇だろ。他の連中は狭い檻に閉じ込められてるっていうのに、俺はこんな広い檻で悠々と過ごしてる。最高の住処だぜ。太陽の光を浴びられないのが残念だけど」

「黙れ。お前と雑談をしに来たわけじゃない」

「じゃあ何しに来たんだ?胸の傷が痛んで俺に会いたくなったのか?おっと傷はもうないんだった。さすが吸血鬼、不老不死なんて羨ましいな」

「俺の質問に答えろ。それ以外は話すな。わかったか?」


 ウィリアムは苛立ちを隠せず、荒々しい口調で言った。ダニエルはつまらなそうに「わかったよ」と言って、檻の中にある椅子に座った。

 向かい合った二人の間に重々しい空気が流れ始めた。


「お前は自分が何をしたかわかってるのか」

「わかってるさ。森で亜人を殺しまわって、街に火をつけて、マヒュー教のアジトを爆破して、もう何人殺したか覚えてない。お前もその一人になるはずだったんだけどな」

「罪のない人を大勢殺した理由はなんだ」

「アーロンの願いを叶えるために必要だったからだよ。父親想いの立派な息子だろう?」

「……お前の出生を調べさせてもらった」


 ウィリアムの言葉に、ダニエルはぴくりと顔を引き攣らせた。一瞬だけ崩れた表情を見逃さなかったウィリアムは、追い打ちをかけるように話し始めた。


「お前とアーロンは血が繋がってない。アーロンが家族を失った後、お前を養子として引き取ったんだ」

「わざわざ調べてきたのか。そんなに俺のことが気になるか?」

「アーロンの望みは吸血鬼に復讐することで、お前はそれを手伝っていた。全てはエルマーを苦しめるための行動だったんだ。街を燃やした罪を亜人に擦りつけて、国が亜人討伐に動くよう仕掛けた。亜人が死んで森がなくなれば、エルマーは仲間も棲家も失う。そういう計画だったんだ」

「概ねあってるよ。うまくいかなかったけどな。まさか亜人の連中が人間を助けようとするなんて思いもしなかった。あの行動のせいで世間は亜人を味方だと思い始めてる。亜人を滅ぼそうとしてた国の奴らも、世間を味方につけるために亜人に友好的な態度をとってやがる。お前がここに来れたのもそのおかげだぞ?吸血鬼が面会を許されるなんて昔なら考えられなかった」


 ダニエルは嘲笑するように口角を釣り上げた。ウィリアムは口を一文字に結び、沸々と込み上げてくる怒りを飲み込んだ。


「ついでにアジトの爆破も亜人のせいにしようと思ってたんだ。もともとマヒュー教の奴らは気に食わなかったし、良い機会だと思ってさ。でも計画は失敗して、俺は全ての罪を償うことになった。これが不思議なもので犯罪も突き抜ければ賞賛されるんだ。俺を崇拝してる奴らが毎日面会にくる。皮肉なもんだよな。壊したはずのマヒュー教がまた俺から始まろうとしてるなんて」


 ダニエルは乾いた笑い声を上げながら立ち上がり、木製の本棚に向かっていった。彼が手に取った本の表紙にはアーロンの名前が刻まれていた。

 愛おしそうに本を撫でるダニエルを見て、ウィリアムの中にある疑問が浮かんできた。


「血が繋がっていないのに、どうしてそこまでアーロンに尽くすんだ」

「血の繋がりが何の意味も持たないことくらいお前が一番よく知ってるだろ?」


 ダニエルの言葉にウィリアムは何も言い返せなかった。エルマーの顔が脳裏をよぎったからだ。

 しばらく黙り込んでいると、ダニエルが本を置いて一歩ずつウィリアムに近づいてきた。檻のすぐ近くまでやってきたダニエルは「聞きたいことはもうないのか?」と問いかけてきた。その姿はまるで主人の命令を待っている犬のようであった。


「いや、もう一つある。正体がばれる危険があったのにどうして俺に近づいたんだ」

「味方のふりをして近づけば情報をくれると思ったんだよ」

「本当にそれだけか?エルマーを苦しめるのが目的なら一番近くにいる俺を真っ先に殺すはずだろ。それなのにお前は俺を何度も助けた。なぜだ?」


 ウィリアムはダニエルを見上げて目を逸さなかった。少しでも目を逸らしたら答えにたどり着けない気がしたからだ。

 ダニエルは困ったような表情で髪をかき、しばらく経ってから口を開いた。


「何度も殺してやろうと思ったよ。でもお前と俺の境遇が似ていたから興味が沸いたんだ。クソみたいな環境に生まれて、もう誰も信じられないって思っていたのに手を差し伸べられて、馬鹿みたいに救われちまってるところがそっくりだろ。違いは人間に救われたか、亜人に救われたか、それだけだ。でも最後は興味よりも殺意が勝ったんだ。仲間に囲まれたお前のほうが幸せそうに見えたからさ、銃で撃っちまったってわけ。お前が死ねば俺の嫉妬心が癒えて、吸血鬼も悲しむ。最善の選択だった」


 ダニエルは両手で檻を掴み、じっとウィリアムを見下ろした。


「俺たちは似たもの同士だ。どっちがこの檻に入っていてもおかしくなった。そうだろう?」


 ダニエルは不敵な笑みを浮かべた。まるで鏡越しに自分の目を見ているようだと、ウィリアムは思った。

 彼の言葉を何度も反芻して自分の中に答えを作っていく。今まで感じていた妙な親近感の正体を知り、ようやく腑に落ちたのだった。


「あと五分です」


 背後から聞こえてきた刑務官の声に、ウィリアムは深く息を吸い込んで吐き出した。深呼吸で落ち着きを取り戻し、冷静な思考のまま口を開いた。


「最後に一応伝えておく。お前の息子のことだ」

「ああ、コリンは元気か?」

「俺の知り合いの家で楽しく暮らしてるよ。素直で賢くて心優しい子だ。本当にお前の子か怪しいくらいな」

「その知り合いの家には誰が住んでるんだ?人間か?亜人か?」

「人間二人と亜人一人だ」

「へえ、ずいぶんと賑やかなこった」


 ダニエルは小馬鹿にするように鼻で笑った。彼の態度からコリンに対する愛情が感じられず、ウィリアムは眉をひそめた。

 しかし、ダニエルが一瞬だけ憂いを帯びた表情をしたため、考えを改めたのだった。

 それからしばらく、重たい沈黙が続いた。ウィリアムは静かにダニエルの言葉を待った。ダニエルは一向に口をつぐんだままで、唐突にウィリアムへ背を向けた。

 凶悪犯の背中はどこか悲しげで小さく見えた。


「コリンに伝えておいてくれ。クソ親父のことは忘れて、好きに生きろってさ」


 ダニエルは場違いなほど明るい声で言った。ウィリアムはとっさに口を開こうとしたが「時間です」と刑務官に遮られてしまった。椅子から立ち上がった彼は、おとなしく刑務官の元へ歩み寄っていった。

 その時、背後から「ウィリアム」と大声で名前を呼ばれた。ウィリアムは足を止めず、振り向きもしなかった。


「これだけは言っておくぞ。お前がどれだけ必死になって戦争を止めても、争いは無くならない。歴史は繰り返すんだ。いつかまた人間と亜人の間で戦争が起きる。この世界から正義が無くならない限り、何度も何度も同じ道を辿るんだ」


 ダニエルはまるで叫ぶように言葉を放った。ウィリアムは刑務官と共に来た道を戻りながら、彼の言葉を聞いていた。

 聞き流すことができなかったのは、彼の言葉に妙な説得力があったからだった。


「亜人を殺そうとするやつが、また必ず現れるぞ。仲間が死んでも、森がなくなっても、お前はもう死ぬこともできない。あの吸血鬼に最悪の呪いをかけられたからだ。永遠にもがき苦しんで生きろ」


 すべての言葉を吐き出したかと思えば、ダニエルは高らかに笑い始めた。けたたましい彼の笑い声は、地上階まで続く階段をすべて登りきるまで聞こえていた。

 ダニエルの言葉を忘れることは一生ないだろうと、ウィリアムは思った。


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