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63 心臓の音

「ウィリアム、目を開けてよ、ウィリアムってば」


 コリンが涙声でウィリアムに呼びかける。カミラはウィリアムの胸に耳を当てて心音を聞こうとした。心臓が動いていないのか、鼓動は聞こえてこなかった。

 カミラは脳の片隅にあった知識を頼りに、ウィリアムの胸に両手を重ねて置いた。一定の間隔で強く胸を押し、心臓の収縮を真似る。助かる見込みがないことは薄々気づいていたが、それでも手を止めることはできなかった。


「もう諦めればいいのに」


 群衆の一人がポツリと呟いた。怒りを抑えきれなかったのか、アシュリーは「黙れ」と怒鳴った。彼は傷を押さえながら言葉を発した女を睨みつけた。


「ウィリアムがいなかったらこの街は全部燃やされてたんだ。あんたも、あんたの家族もみんな焼け死んでた。この人が戦争を止めたんだ。それなのに、誰も助けようとしないのかよ」


 アシュリーは必至な様相で叫んだ。その言葉に答える者はいなかったが、多くの人たちが目を逸らさずに彼を見つめていた。

 群衆の間に立ち込めていた怒りが悲しみや後悔に変わっていくのを、カミラはひしひしと感じていた。亜人と人間の間にわずかな希望が差し込んだが、すでに手遅れだった。

 いくら心臓を動かそうとしてもウィリアムが蘇生することはなく、カミラはいったん動きを止めた。胸にそっと耳を押し当てて心臓が動いていないことを確認する。

 カミラはウィリアムの死を悟り、アシュリーに視線を向けた。救いを求めるような彼の目を見ているといたたまれない気持ちになった。


「……嘘だ」


 カミラの目を見て全てを察したのか、アシュリーの表情が絶望に染まる。コリンも肩をしゃくりあげて泣き始め、カミラはそっと寄り添った。小さな背中を摩りながら、ぴくりとも動かなくなってしまったアシュリーを見つめる。

 声をかけようとした矢先、アシュリーがウィリアムの胸に手を当てた。カミラの動きを真似るように、強く押し込んで心臓を動かそうとする。必死にウィリアムを助けようとするアシュリーを前に、カミラの胸はひどく痛んだ。


「アシュリー、やめなさい」

「嫌だ」

「もうウィリアムは――」

「嫌だ!」


 カミラの言葉を遮ってアシュリーが声を張り上げる。動かない心臓に何度も何度も力を加える。ウィリアムの体は無抵抗のまま揺れるばかりで、まるで砂の入った人形のようだった。


「こいつはこんなところで死んでいいやつじゃない!」


 アシュリーの悲痛な叫びが響き渡る。健気な姿をカミラはこれ以上見ていられなかった。アシュリーの腕を掴み、彼をまっすぐ見つめたまま首を横に振った。アシュリーは動きを止めてしばらくカミラと見つめ合った。

 数秒の沈黙が訪れた後、アシュリーの眼から大粒の涙がこぼれ落ちた。緊張の糸が切れたのか、次から次へと涙が落ちていく。カミラはアシュリーとコリンをきつく抱きしめた。抱きしめることしかできない自分を、心の中で何度も責めた。

 二人の涙を黙って受け止めていると、遠くの空に何かが飛んでいるのが見えた。目を凝らして見えたのは、黒い翼で飛んでいるエルマーの姿だった。


「……ごめんなさい。あなたの大切なもの、守れなかった」


 カミラはエルマーに向かって謝罪した。彼女の細い声が、はるか上空を飛ぶエルマーに届くはずがない。それでもカミラは言葉を紡がずにはいられなかった。

 だんだんと地上へ近づいてくる黒い翼を見上げたまま、カミラは深い罪悪感に苛まれていた。


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