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57 答え

 湿っぽい風が、険しい表情をしているウィリアムの髪を揺らした。雨があがったばかりの空は暗く、太陽は完全に隠れてしまっている。太い木の枝に腰掛けていた彼は、足をぶらぶらと揺らしながら地上に目をやった。

 そこには懐中時計を開いているメリッサの姿があった。


「そろそろ日没ですね」

「……悪かった」

「え、どうしたんですか急に」

「お前を危険な賭けに巻き込んだから」

「なんだ、そんなことですか。気にしないでください。ウィリアムさんに協力することも、アーロン様を説得することも、全て私の選択です。自分で決めたことにはちゃんと責任持ちますよ」


 メリッサは少し困ったように笑った。ウィリアムは彼女の強さに救われながら「ありがとう」と感謝を伝えた。

 慣れた動きで木から塀に乗り移り「そろそろ行ってくる」とメリッサに声をかける。別れの言葉を口にしようとしたが、先に声を発したのは彼女のほうだった。


「どうかご無事で」


 必死に祈るような表情でメリッサが言葉を紡ぐ。ウィリアムは「お前もな」と言って微笑し、マヒュー教のしがらみから飛び出した。

 塀を越えた先では多くの人間が行き交い、日常を過ごしているようだった。ウィリアムは何も知らない人間たちを一瞥し、すぐに近くを通りかかった馬車に乗り込んだ。御者に金を握らせて、急いで森に向かうよう頼み込む。走り出した馬車はものすごい速さで街を駆け抜けていった。

 揺れる車内の中で、ウィリアムはガルの姿を思い浮かべ、頭を抱えた。


「説得なんてできるはずないよな」


 ウィリアムは本音をつぶやいて深いため息をついた。無駄だとわかっていても、わずかな可能性にかけるしかなかった。後ろ向きな考えを払い落とすように、彼は髪をわしわしとかきむしり、清々しい顔で前を向いた。

 はやる気持ちを抑えて到着を待っていると、徐々に街の喧騒が遠ざかっていき、郊外までやってきた。今か今かと馬車が止まるのを待っていると、突然馬の甲高い鳴き声が響いた。馬車が急に止まり、ウィリアムの体が前のめりになる。馬をたしなめようとしているのか、威勢のいい御者の声が聞こえてきたが、馬車が進む気配はなかった。

 おとなしく待っていると扉が開き、御者が顔を出してきた。


「すみませんお客さん、お代は結構なんでここで降りてもらえませんか。馬がどうしても行きたくないみたいで、一歩も動こうとしないんですよ。こんなことは滅多にないのになあ」


 御者の老人が申し訳なさそうに言う。ウィリアムはすぐに馬車から降りて馬に視線を向けた。何かを怖がっているのか、馬は落ち着かない様子でしきりに顔を動かしている。いたわるように馬をなでたウィリアムは、業者にチップを渡して歩き始めた。

 腰につけていたランタンを手に持ち直し、遠くのほうに見えている森に向かって進む。つい先ほどまで雨が降っていたため地面がぬかるんでいる。泥に足を取られつつ森に入ったウィリアムは、何の目印もない森を自身の記憶を頼りに進み始めた。

 木の葉先から落ちてくる水滴を浴びながら、脇目も振らずに進んでいく。露出した木の根を飛び越えたその時、突然背中に強い衝撃が走った。

 鈍い痛みを感じながら振り向くと、幼いエルフの少女が立っていた。少女の白いワンピースには赤黒い汚れがついており、それは血のように見えた。


「あ、あんた、人間でしょ?」


 少女は手に大きな石を持っていた。この石で殴られたのだとすぐに理解したウィリアムは、表情を変えずに少女へ一歩ずつ近づいていった。


「見逃してやるからその石をおろせ」

「やめて、こっちに来ないで」

「家族はどこにいるんだ?はぐれたのか?」

「人間に殺された」


 少女はブルブルと全身を震わせながら叫んだ。目に涙を溜めて睨みつけてくる彼女を前に、ウィリアムは歩みを止めた。


「お母さん、銃で撃たれて死んじゃった」


 少女の目から大粒の涙が落ちる。白いワンピースの汚れが何を意味するのか、ウィリアムは悟った。

 ぼたぼたと流れ落ちていく少女の涙を見て、なんと言葉をかけたらいいか迷っていたその時、生い茂った草から素早い動きで人が現れた。大柄な体型を見るに男のようだった。

 白いオーブを着込んだ男は少女の背後をとり、布で彼女の口を覆った。少女は抵抗する間もなく気絶してしまい、倒れそうになる彼女の体を男が支えた。

 目の前で起きた出来事に驚き固まったウィリアムは、目の前の男に警戒しながら後退りした。


「危なかったな。俺がいなかったらどうなってたか。とりあえずビール一杯分の働きはしただろ?」


 男は馴れ馴れしく話しかけてきた。ウィリアムは声に聞き覚えがあったが、オーブで顔が隠れているため誰なのかわからなかった。「顔を見せろ」とドスの聞いた低声で言うと、男はそれに従った。


「よおウィリアム、助けにきたてやったぞ」


 ダニエルは白い歯を見せてにっかりと笑った。

 男の正体がダニエルだとわかった瞬間、ウィリアムは拍子抜けしてしまった。呆れやら安心やら、さまざまな感情が入り乱れて深いため息をつく。


「なんでお前がここにいるんだ」

「話は歩きながらしようぜ。時間がないんだろ」


 ダニエルはそう言って少女を抱えたまま歩き始めた。全てわかっているような口ぶりに違和感を抱きつつ、ウィリアムはダニエルの隣を歩き始めた。


「はやく質問に答えろ」

「亜人が怪しい動きをしてるって話を聞いたんだ。何が起こるのか確かめるために危険も承知で森に入ったら、偶然お前のピンチに遭遇したってわけだ」

「その子は無事なのか?」

「薬で眠らせてるだけだ。そのうち目を覚ますよ」


 ウィリアムは抱えられたエルフの少女を見た。あどけない寝顔に涙の痕が残っており、それを見て胸を痛めたのだった。


「お前はどうして森にいるんだ?マヒュー教の教徒はアジトの中でおとなしくしてないと駄目だろ」

「俺は教徒じゃない。交換条件で仕方なく入っただけだ」

「やっぱりな。お前が亜人殺しに参加するなんておかしいと思ったんだ。その交換条件ってどんな内容なんだ?」

「お前には関係ない」


 ウィリアムは突き放すように答えたつもりだったが、ダニエルが「教えてくれたっていいだろ」とめげずに追求してきた。何を言っても無駄だと悟った彼は頑なに沈黙を貫いた。

 足場の悪い道を歩き続けていると、二人はエルマーの洋館にたどり着いた。久しぶりに帰ってきた我が家にウィリアムの胸が熱くなる。急いで家に駆け寄りじっと窓を覗き込んだ。閉め切られたカーテンの隙間から照明の灯りは漏れておらず、誰もいないようだった。


「ずいぶんでかい洋館だな」

「お前はここで待ってろ」

「勝手に入るのか?さすがに盗みはどうかと思うぜ」

「自分の家に入って何が悪いんだ」


 ウィリアムは不本意な勘違いをされて声を上げた。ダニエルを放っておいて、肩身離さず持っていた家の鍵で扉を開ける。中に入った瞬間、ここで過ごした日々が走馬灯のように駆け巡ってきた。

 しかし感傷に浸っている時間はないと思い直し、ウィリアムはすぐに二階の自室へ向かった。部屋の中は散らかっていたが、彼はどこに何があるのか完璧に把握していた。

 机の引き出しを開けて、そこに入っていた銃を手に取る。銃を握った瞬間、エルマーを守るために自分の父親を撃った記憶が蘇ってきた。


 ――支配された人間は無条件に吸血鬼を愛してしまう。


 記憶の中でアーロンが恐ろしいことを口にする。彼の言葉を肯定することも否定することもできなかったが、銃を握る手には確かな覚悟が宿っていた。

 武器を調達したウィリアムは、すぐにガルのところへ向かおうと部屋を出た。

 しかし誰かが階段を上がってくる音が聞こえてきたため足を止めた。ダニエルがついてきたのだと思い「外で待ってろって言っただろ」と声をかけた。返事はなく、不気味な足音も止まらない。

 ウィリアムは階段に向かって銃を向けた。勝手に家へ忍び込んできた不届き者を待ち構えていると、よく知った顔が視界に飛び込んできたのだった。


「やっぱりここに帰ってきたのね」

「驚かせないでくれよ、カミラ。入ってくるならノックくらいしろ」

「ノックの仕方を忘れたのよ。たしか変わったリズムで叩かないといけなかったわよね?あなたはちゃんとノックしたの?」

「するわけないだろ。俺は客じゃないんだ」

「もうこの家に住んでいないんだからお客様でしょ」


 カミラの鋭い指摘にウィリアムはぐうの音もでず、悔しさを感じながら銃を下ろした。


「ちょうどよかったわ。あなたに用があったのよ」

「あんまり時間がないから手短に済ませてくれ」

「今夜のことについてエルマーから何か聞いてない?」

「アーロンと話すつもりなんだろ。そんなことしなくても、俺がガルと話をつけて戦争を止めてやるのに。ああ見えて意外と無茶なことするから――」

「それだけ?」


 遮るようにカミラが問いかけてきた。もっと重要なことも知っているかのような反応に、何も知らないウィリアムは不安を抱いた。


「他に何かあるのか」

「実はエルマーに頼まれたの。あなたが私の家に来たらシフォンケーキを振る舞ってあげて欲しいって」

「……俺がカミラの家に?」

「そう、やっぱりおかしいわよね?あなたが帰ってくるのはこの家なのに、エルマーは絶対に私の家へ来るって言ってたのよ。なんだか様子もおかしかったから、心配なの」


 カミラの話を聞いたウィリアムは深く考え込んだが、しばらく会っていないため、エルマーが何を企んでいるのかわからなかった。

 家の中に何か手掛かりがあるかもしれないと、部屋を一つずつ調べていった。二階にめぼしいものはなく、一階へ降りてダイニングの扉を開ける。

 テーブルには置いてあったのは一通の手紙とメモ用紙であり、彼はメモ用紙に書かれた文字をすぐに確認した。


「なんて書いてあったの?」

「この手紙の文字は太陽に透かさないと見えないって」

「え?」

「朝になったら読んで欲しいて書いてある」

「そんな特殊なインク本当にあるのかしら」

「エルマーが言うならあるんだろ。あいつは嘘をつけないから」


 ウィリアムはエルマーを信じる決意をして、手紙を胸ポケットにしまった。朝になれば全てわかると自分に言い聞かせて、込み上げてくる不安を打ち消そうとする。今はとにかく戦争を止めなければいけないと気持ちを切り替えた。


「ガルの居場所を知らないか?あいつと話がしたいんだ」

「話してどうするつもり?」

「戦争を止めるに決まってるだろ」


 ウィリアムの力強い言葉に、カミラは微笑を浮かべた。


「日没までは地底街にいるはずよ。戦争に参加したい亜人がみんなそこに集まってるの。とにかく急いだほうがいいわ。もう出発してるかもしれない」

「わかった。ありがとう」


 ウィリアムはすぐに地底街の跡地へ向かおうと歩き出したが、ふとダニエルの言葉を思い出してすぐに立ち止まった。


「なあダニエルってやつを知ってるか?亜人が好きな変わり者の人間なんだけど、サキュバスに救われたことがあるらしいんだ。そのサキュバスの特徴が紫色の髪と目らしくて、まさかと思うけどあんたじゃないよな?」

「人違いじゃないかしら。私は人間を救ったことなんてないもの」

「そうか、変なこと聞いて悪かった」


 ウィリアムは「あとは任せてくれ」とカミラに伝えて家を飛び出した。

 すぐに出発したいところだったが、外で待っているはずのダニエルが見当たらなかった。エルフの少女も見当たらず、探しに行こうかと頭を悩ませる。

 しかし、ダニエルなら大丈夫だろうと謎の確信を持っていたため、先に地底街へ向かうことを選んだ。息も絶え絶えになりながら、歩き慣れた道を全速力で駆け抜ける。酸素を欲して息を吸い込めば、木が燃えているような独特な臭いが鼻をついた。進めば進むほどそのにおいは強くなっていった。

 ウィリアムは目的地へ辿り着くのと同時に、焦げ臭いにおいの原因にもたどり着いた。地底街へ繋がっている洞窟の入り口に、松明を持った亜人が大勢いたのだ。ドワーフやエルフ、ゴブリン、雪女、獣人、悪魔など様々な種族が集まっていた。


「見ろよあれ、ウィリアムだ」

「最近見なくなったから、てっきり森を捨てて逃げたのかと思ってたよ」

「ねえあの人間は殺さなくていいの?」

「そうだ、あいつも殺せ、火炙りにしてやるんだ」


 ウィリアムを見て亜人たちが騒ぎ出す。森に住み始めたばかりの頃に感じていた疎外感を思い出しながら、ウィリアムは臆せずに一歩前へ出た。


「ガルはどこにいる?」


 ウィリアムの問いかけに答える者はいない。

 もう一度問いかけようと息を吸い込んだ瞬間、近くにいたドワーフが松明を眼前に向けてきた。めらめらと燃える炎の温度を感じて顔つきが険しくなる。


「お前の話なんて誰も聞いてない。どうせここで死ぬんだ。悪く思わないでくれよ、人間は皆殺しにするって決まりなんだ」

「そうだ、人間を根絶やしにしてやるんだ」

「はやくそいつを殺せ」

「さっさとやっちまえ」


 同調する亜人たちの声が重なり大合唱となる。

 凄まじい憎しみを前にして動けずにいると、一人の亜人がウィリアムにとびかかった。それを皮切りに亜人たちが次から次へと襲いかかってきた。とっさに立ち向かったが大人数相手ではどうすることもできず、背後から羽交い絞めにされてしまった。

 群衆の中にスケルトンのライを見つけたウィリアムは、彼に視線を送って助けを求めた。

 しかし、ライはウィリアムを一瞥し、すぐに目をそらしてしまった。ここに味方などいないと悟り、悲しみと怒りがふつふつと湧き上がってきた。


「じゃあな人間、恨みたきゃ自分の汚れた血を恨みな」


 銃を持ったゴブリンがにやりと笑って銃口を向ける。死が目前まで迫っていたが、ウィリアムはそれでもあきらめずにもがき続けた。必死の抵抗もむなしく、ゴブリンは銃の引き金に指をかけた。


「待ちなさい」


 凛とした声がどこからか聞こえてきて、群衆は一斉に頭上を仰ぎ見た。羽交い絞めにする亜人の力が弱まっていくのを感じたウィリアムは、すぐに隙をついて逃げ出した。彼も頭上を見上げれば、黒い翼を優雅に動かして浮遊しているガルの姿が目に入った。


「君の答えを聞きにきた」


 ガルは地面に降り立ち、微笑を浮かべて言った。翼を閉じて静かに答えを待っている姿は余裕に満ちているようだった。

 強者の風格に圧倒されつつ、ウィリアムは伝える言葉を選び始めた。彼の脳内にはこれまでの印象的な出来事が思い浮かんでいた。もう彼の中に迷いはなく、まっすぐガルを見つめて答えたのだった。


「俺は戦争を止めにきた。だから亜人の味方にも人間の味方にもなれない」


 ウィリアムははっきりと断言した。彼の答えが反感をかったのか、周りの亜人が怒号を浴びせ始める。ひどい暴言が飛び交う中、ウィリアムとガルは何も言わずに見つめあった。先に目を逸らしたのはガルのほうで、彼女は困ったように目を伏せて苦笑した。


「それが君の答えか」

「ああ、そうだ」

「今さら私を止められると思っているのかい?」

「正直に言うと無理だと思ってる。でもマナエルなら最後までお前を説得していたはずだ。だから俺は彼女の意思を引き継ぐ」

「……君の言うとおりだよ。彼女は誰よりも平和を願っていた。亜人と人間の戦争なんて望んでいないだろう」

「わかってるなら、どうして――」

「マナエルの死に意味が欲しいんだ。彼女の死がきっかけで戦争が起きて、亜人は人間に勝利し自由を手に入れた。尊い犠牲としてマナエルの名前が後世に語り継がれる。そうすれば彼女の死がとても意味のあるものになる」


 ガルの言葉を聞いてウィリアムは怒りを抱いた。腹の底から湧き上がってくる怒りを必死に抑えるために、きつく拳を握った。


「そんな理由で戦争を始めたのか」

「君も同じ立場になったら私の気持ちがわかるはずだ。私たちは似たもの同士だろう?君がここに立っている可能性だってあったんじゃないか?」

「お前の気持ちなんてさっぱりわからない。さっきから復讐を正当化するために理屈を捏ねてるだけだろ」

「……じゃあ教えてくれ。マナエルの死にはどんな意味があったんだ。彼女はどうして死ななくてはいけなかった?ただの無駄死にだとでも言うのか?清く正しく生きてきた天使がなんの意味もなく殺された。それも運命だから仕方がないと?冗談じゃない。私はそんな不条理な世界を絶対に許さない」


 ガルの声色に怒りが滲む。いつも冷静なガルが珍しく感情を露わにしている姿に、ウィリアムは言葉を失った。


「そろそろ行くよ。君はここで戦いの行末を見守っていればいい」


 ガルは大きく翼を広げながら言った。逃がすわけにはいかないと、ウィリアムはとっさに彼女を腕をつかんだ。

 それを見て、周りの亜人が一斉に武器を構える。息苦しさを感じるほどの殺気を向けられたウィリアムだったが、それでもガルの手を離しはしなかった。


「これ以上君に構っている時間はないんだ。離してくれ」

「死んでも離すもんか」

「今すぐにこの手を離せ。最後の忠告だ」


 ガルが低声で脅しをかける。ウィリアムは歯向かうようにガルの腕をさらに強く握った。

 鋭い目つきで睨み合う二人の間に張り詰めた空気が流れる。沈黙を破ったのは、ガルの冷ややかな声だった


「そうか、残念だよ」


 ガルはウィリアムの頭部に手をかざした。

 次の瞬間、紫色の炎がウィリアムの体を包み込んだ。全身が軋むような酷い苦痛に襲われて叫び声を上げる。それでも歯を食いしばり、目をひん剥き、ガルを離すまいと必死になる。

 しつこい彼に嫌気がさしたのか「早く手を離せ」と周りの亜人が松明で殴りかかってきた。体を八つ裂きにされるような痛みに晒されたが、それでもガルの手だけは離さなかった。


「……すまない」


 ガルは酷く悲しげな表情で謝罪の言葉を口にした。彼女の目からは一滴の涙もこぼれ落ちていなかったが、ウィリアムには一粒の涙が見えた気がした。何か言わなくてはと、どんどん固くこわばっていく筋肉を無理やり動かして口を開ける。

 その時、ガルが翼をはためかせた。目を開けていられないほどの強風が吹き付け、強い衝撃を受けたウィリアムは後方に吹き飛ばされた。彼はついにガルの手を離してしまった。

 ウィリアムが地面に叩きつけられた瞬間、まとっていた炎も消えた。意識が遠ざかっていくのを感じながら、それでも必死に手を伸ばした。ぼんやりと霞んだ世界の中で見えたのは、黒い翼で飛び立っていく悪魔の姿だった。

 悪魔を捕まえようと動かした指先が空を切る。ウィリアムは自分の無力さに嘆きながら意識を手放したのだった。


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