52 覚悟
ウィリアムは躊躇せずに引き金を引いた。撃った弾丸は的の中心を完璧にとらえていた。文句の付け所がない射撃に、周りの人たちが感嘆の声を漏らす。
ウィリアムはなんとなく居心地の悪さを感じ、すぐに銃を置いてその場から離れた。頭をかきながら廊下に出れば、生き生きとした表情で訓練場に向かっていく教徒とすれ違った。
「なあ聞いたか?弾薬庫に大量の火薬が用意されてるんだってよ」
「火薬じゃなくて爆弾だって聞いたぜ。森を一晩で焼き尽くせるくらいの量らしいぞ」
「アーロン様は本気で森を燃やすつもりなんだな」
「あそこは亜人の巣窟だからな。森さえなくなれば亜人は生きていけないだろ」
教徒たちの話し声が耳に入り、ウィリアムは立ち止まった。聞き逃せない貴重な情報に鼓動が速まる。
盗み聞きをするために彼らを追おうとしたが、ちょうど訓練場から出てきたメリッサと鉢合わせてしまった。彼女に怪しまれるわけにはいかないと、ウィリアムは教徒たちを追うのをあきらめ、自然な様子を装いながらメリッサに声をかけた。
「よう、調子はどうだ」
「もちろん絶好調ですよ」
「お前あんまり射撃は得意じゃないんだな。さっき訓練してるところ見てたけど、一回も的に当たってなかった」
「……銃なんて使わなくたって勝てますからね。私はこう見えて体術のほうが得意なんです。武器に頼るなんて卑怯者がすることですよ」
「俺に喧嘩売ってるのか?」
「いいえ。みんなに注目されるくらい射撃が上手なウィリアムさんのことを尊敬してます」
メリッサは小馬鹿にするような笑みを浮かべた。ウィリアムとメリッサは行動を共にすることが多いため、いつの間にか冗談を言い合えるほど打ち解けていた。
訓練場での姿を見られていたことに羞恥心を感じたウィリアムは、すぐにメリッサから逃げ出した。彼女は後をつけてきて、二人は速足で地下から地上階へとやってきた。皆あわただしく荷物を運んだり、訓練場へ向かったり、戦争の準備をしている。
活気のある様子に複雑な心境を抱きつつ、ウィリアムは外へ出て行こうとした。
「どこに行くんですか」
「庭で昼寝でもしてくる」
「堂々とさぼろうとしないでください」
「お前も来るか?俺の監視役だろ」
「行くわけないじゃないですか。まったく、あとで怒られても知りませんよ」
メリッサは呆れた様子で小言を言い、その場を去っていった。ウィリアムはメリッサの背中を見つめながら「あいつは簡単だな」と呟き、一人で外に出た。
ウィリアムは自分の記憶を頼りに弾薬庫へ向かった。密かにアジトについて調べていたため、どこに何の建物があるか記憶していた。教徒が行き交う居住地からは離れた場所に弾薬庫があり、迷うこともなくたどり着いた。
見張りを任されている教徒二人が、弾薬庫の扉を挟むようにして両脇に立っている。二人にばれないよう茂みに身を隠し、近づきたくても近づけない状況に歯痒さを覚える。ウィリアムは茂みを慎重に進み、少しでも距離を詰めようとした。
「先輩、いい加減疲れないですか?俺こんなことやりたくてマヒュー教に入ったんじゃないんですよ」
「これも立派な任務だ。諦めろ」
「みんな強くなってアーロン様の役に立とうと必死になってるのに、突っ立ってるだけなんて」
「人間の強さなんて高が知れてる。俺たちが守ってる爆弾のほうがよっぽど強いんだ。理想の世界を作るために必要なものを守ってる。誇りを持ってそこに突っ立ってろ」
教徒たちの話に聞き耳を立てる。話を聞く限り、一人はとても退屈そうに、一人はとても真面目に見張りをしているようだ。
「くそ、まだ交代まで七時間もある」
「いいや八時間だな。夜勤の奴らはいつも遅刻しやがる」
「八時間も待たないですよ。俺はきっちり七時間仕事して帰ります。先輩も帰りましょうよ。なんで夜勤のやつらのために残らなきゃいけないんですか」
ウィリアムは腕時計を確認して七時間後がいつなのか確認した。警備が手薄になる時間を知った彼は、できるだけ茂みを揺らさないよう細心の注意を払いながら、弾薬庫を離れていった。
どうやって弾薬庫に侵入しようかと、今夜の作戦を考えながら歩みを進める。気づけば女性用宿舎の近くに来ていたが、特に気に留めもせず、考え事に集中していた。
突然、耳元で物音がして立ち止まる。音のした方を見れば、そこには見覚えのある妖精がいた。
「フェリ、お前なんでここに――」
「午後三時、イーストパークで待つ」
フェリが美しい声でそっと耳元に囁く。彼女は伝言を言い残し、一瞬で飛び去っていった。
突然の出来事に驚いたウィリアムは、一体誰からの伝言なのかと疑問に思いつつ、腕時計を確認した。時刻は午後二時十五分であり、早速向かおうと一歩を踏み出した。
その時、今度は頭に強い衝撃が走った。鈍い痛みに顔をしかめながら両手で頭を押さえる。
次から次へとやってくる突然の出来事に苛立ちつつ頭上を見上げた。そこには、開け放った窓から見下ろしてくるメリッサの姿があった。
「お前、何を投げやがった」
「女性の部屋を覗きにきた犯罪者に本を投げただけですよ」
「はあ?誰が覗きなんてするか。自惚れも大概にしろ」
ウィリアムは大きな誤解をされていることに呆れて悪態をついた。蔑むような目で彼を睨みつけたメリッサは、何を思ったか分厚い本を手に取った。何が起こるか察したウィリアムは、次なる攻撃に備えて身を低くしたのだった。
「わかった。俺が悪かったから本を投げるな」
「罪を認めるんですね」
「いや覗きじゃない。昼寝できる場所を探してるうちに迷ったんだ」
必死な訴えを聞いて、メリッサは本を投げつけるのをやめた。じっと疑い深い目でウィリアムを見つめ、ため息をついてから表情を和らげた。
「二回目はありませんからね。次また同じことをしたら容赦しませんよ」
「ああ、煮るなり焼くなり好きにしろ」
ウィリアムはまだ痛む頭を手で押さえたまま、その場を去ろうとした。
しかしメリッサに「これからどうするんですか?」と声をかけられ、足を止める。イーストパークに行くとは言えず、適当な言い訳を考え始めた。
「お前のせいで目が覚めちまったから昼寝はしない。ちょっと外に出てくる」
「不要な外出は認められてませんよ」
「アップルパイを買いに行くんだ。お前の分も買ってきてやるから今回は見逃してくれ」
「物で釣ろうとしたって無駄ですよ。私はこう見えて真面目で――」
「アップルパイ嫌いなのか?」
ウィリアムの問いかけに動揺したのか、メリッサは突然黙り込んでしまった。
長い沈黙のあと彼女は「嫌いというわけではないですけど」と歯切れ悪く答えた。あとひと押しだと悟ったウィリアムは「他に好きなケーキがあれば言ってくれよ」と彼女に擦り寄った。
「……アップルパイじゃなくて木苺のケーキにしてください」
メリッサはひそひそと小声で言って、勢いよく窓を閉めた。
危機を逃れたウィリアムは急いで木登りを始めた。丁度いい高さまで登り、アジトを囲っている石の塀の上に飛び移る。出っ張った石にうまく足先を引っ掛けながら、慎重に塀をおりていく。よく使っている脱出ルートのため無駄な動きはない。
地面に降りたウィリアムはイーストパークへ向かうため、偶然近くを通りかかっていた馬車を捕まえた。金貨をちらつかせて御者を急かし、勢いよく馬車に乗り込んだ。
動き出した馬車の揺れに身を任せながら、先ほどの伝言について思考を巡らせる。誰からの伝言だったのか考えていると、真っ先にエルマーの顔が浮かんだ。そんなはずないと否定しつつ、期待を拭えなかった。
三十分ほどかけてイーストパークに到着し、ウィリアムは御者に金貨を放り投げて馬車を降りた。わざわざ入り口まで回り込むのが面倒で、公園の柵を軽々飛び越えて中に入る。オーブを脱ぎ捨てて身軽になった彼は少し浮かれていた。途中で見つけた水溜りを鏡として利用し、跳ねた髪を直し、内側に入ったシャツの襟を整え、できる限り身だしなみを整えた。
エルマーに会ったら何を言おうかと考えながら一歩ずつ進んでいると、噴水の前に立つ人の姿が目に入った。立っていたのは身綺麗な格好をしたアシュリーだった。
「お前かよ」
「第一声がそれって酷くない?」
期待から大きく外れた人物を前に、ウィリアムは深いため息をついた。ここまで急いで来た疲れがどっと押し寄せ、脱力しながら近くのベンチに座った。
「お前最近見かけなかったけど、マヒュー教を抜けたのか?」
「抜けたよ。今は森に住んでるんだ」
「……亜人に知り合いなんていないだろ」
「カミラさんの家に住まわせてもらってる。コリンも一緒だよ」
「なんでお前が森にいるんだ?」
「最初は罪滅ぼしのために行ったんだ。誰かにゆるして貰ったら楽になれると思って、エルマーさんに会った。でも違った。許して貰えば貰うほど罪悪感で苦しくなった。今も後悔してるよ。どうして亜人を殺してしまったのかって」
「今さら後悔したって遅いな。殺した亜人は生き返らない」
「あんたの言うとおりだ。だから僕は一人でも多く亜人を救わないといけない。罪を背負ったまま戦わないといけないんだ」
アシュリーの力強い声にウィリアムは驚いた。背筋を伸ばして座る凛とした姿は、明らかに以前の彼と異なっていた。まじまじとアシュリーを眺め、その変わりように感心したのだった。
「お前変わったな。強くなったっていうか、成長したっていうか」
「カミラさんのおかげかな。彼女と住んでいると学ぶことがたくさんあるんだ。後ろ向きなことを言うと怒られるし、細かい所作にもうるさいんだ。まさか森でテーブルマナーを覚えさせられるとは思わなかったよ」
アシュリーは困ったように笑った。
ウィリアムは昔の自分を見ているようだと思いつつ、遠くの噴水に視線を移した。マナエルの最期が頭をよぎり、ひどく感傷的になる。憂いを帯びた感情を吹き飛ばそうと、ウィリアムは新しい話題を口にした。
「それで、俺に何のようだ?わざわざこんなところに呼び出したんだ。何かわけがあるんだろ」
「エルマーさんに頼まれたんだ。これを渡して欲しいって」
アシュリーは持っていた鞄からブリキ缶を取り出した。ウィリアムはそれを受け取り開けようとしたが、絶妙なタイミングでアシュリーが話し始めたため、なんとなく手を止めたのだった。
「あんたと情報共有もしておきたかったし丁度よかったよ」
「情報共有?言っておくけどな、俺はお前のこと信用してないぞ」
「先にこっちが情報を出す。それを聞いて価値があると思ったらこっちの質問にも答えて」
「へえ、よっぽど自信があるんだな」
ウィリアムはアシュリーの話を適当にあしらいながら、エルマーからの贈り物を開けようとした。固く閉められているのか、なかなか蓋が開かない。
ウィリアムが蓋を開けようと躍起になっていると、そんな彼を置き去りにしてアシュリーが話し始めてしまった。
「明日の夜から戦争が始まる」
飛び込んできた情報に驚き、ウィリアムは静止した。ブリキ缶からアシュリーへ視線を移せば、真剣な表情をしている彼の姿が目に入った。
「亜人が街を襲撃するんだ。血正軍っていうのが発足して人間の絶滅を目指してる」
「血正軍ってなんだよそれ」
「ガルが指揮を取っている集団だよ。森に住んでる亜人のほとんどが参加してるって聞いた。地底街を壊されて、仲間を殺されて、亜人の怒りはもう抑えられなくなってる。でも正直、亜人に勝ち目はないと思う。どれだけ強い種族でも武器や兵器の前じゃ無力だ」
ウィリアムの頭の中には爆弾について噂する教徒たちの姿が思い浮かんでいた。森が焼き尽くされる情景を想像し絶望感を覚える。
ウィリアムは自分が何をすべきか悟り、その残酷な選択肢に心が揺れた。大きな決断だったが、他に道などなかったため、最初から答えは決まっているようなものだった。
「マヒュー教は何か動きがあった?」
「……さあな」
ウィリアムはブリキ缶をもったまま立ち上がり、アシュリーへ背を向けて歩き出した。「待ってよ」と彼に呼び止められたが、ウィリアムは足を止めなかった。
「お前もまだまだだな。駆け引きの基本ができてない。主導権を握りたかったら相手の出方を見ろ。先に手の内を見せたらその時点で負けだ。お前の話はすぐにアーロン様に報告するよ。俺から情報をもらえなくて残念だったな」
「そんな、あんたは亜人の味方なんだろ」
「最近は街での暮らしも気に入ってるんだ。このまま普通の人間として生きていくのも悪くないと思ってる」
ウィリアムは滑らかな口調で嘘をつき、このまま立ち去ろうと足を進めた。まださっきの馬車は近くを走っているだろうかと、冷静に思考を巡らせていた。
「エルマーさんは戦争を止めようとしてる」
背後から投げつけられた言葉に、ウィリアムは思わず足を止めた。聞き間違いを疑ってしまうほど信じられない言葉であり、彼はゆっくりと振り返ってアシュリーを見た。
「アーロンと会って話をつけるって、敵陣に一人で乗り込もうとしてるんだ。それを聞いてもなんとも思わないわけ?」
必死な様相で語りかけてくるアシュリーの目を見て、聞き間違えではないことを悟る。苦笑を浮かべたウィリアムは、そんなはずないと心の中で否定したが、鼓動はどんどん速くなっていった。
「冗談だろ。あいつはそんなことしない。適当な嘘で俺を動揺させようったってそうはいかないぞ」
「嘘なんてついてないよ」
「あいつは毎日ケーキをを作ることしか考えてないんだ。だから戦争には首を突っ込まない。馬鹿がつくほどのお人好しで、ああ見えて事なかれ主義なんだ。自分の生活が守られてれば満足する卑怯なやつなんだよ。だから絶対に、ありえない」
「嘘をついてるのはあんたのほうだ。エルマーさんは亜人も人間も守ろうとしてるよ。あの人の優しさを一番知ってるのはあんただろ。どうしてそんな嘘をつくんだ」
アシュリーの鋭い指摘に、ウィリアムは何も言えなくなってしまった。溢れ出てきてしまいそうな本音を唾液と共に飲み込む。胸に強い痛みを感じながら、それでも必要な嘘をつき続けた。
「エルマーに伝えてくれ。俺はお前に騙されていた。森にしか居場所がないと思わされていた。でも本当は違った。俺にも真っ当な人間として生きる道があったんだ。あんたと出会わなければ幸せになれたのに」
最後の一言を口にしようとした瞬間、体がそれを否定しているのか、喉が締まり声が出なくなってしまった。ウィリアムは窒息感を覚えつつ、無理やり口を動かし、偽りの言葉を紡いだ。
「もう一生、森には帰らない」
ウィリアムはアシュリーに背を向けて歩き出した。背後から聞こえてくる呼びかけには一切答えず、イーストパークを後にする。目の前の道路には馬車が行き交っていたが、それらを呼び止めることもせず、おもむろに街を駆け出した。いくら息を切らして走っても、頭の中が酷く騒がしい。
感情の整理がつかないままひとけのない路地に飛び込んだウィリアムは、無造作に置かれた木箱に軽く腰掛けた。心臓が張り裂けそうな痛み、呼吸を整えることもできなかった。
ふと、手に持っていたブリキ缶のことを思い出し、ウィリアムはそれを開けた。中には隙間がないほど詰め込まれたクッキーが入っていた。どこか懐かしい紅茶の香りに、ウィリアムは深い後悔に苛まれた。一体どこで間違えたのかと答えのない質問を何度も続けた。
考えれば考えるほど深みにはまっていき、気づけば抜け出せない思考の渦に飲み込まれていたのだった。




